第11話 武の祭典『ドラグ・マグナ』

「ティア様とセイラ様ですね。アラン様より事前に参加は承っておりますので、この書類に必要事項を記入してください」


 ヴァナハイム王との謁見から一夜明けた今日。


 私とセイラは武の祭典『ドラグ・マグナ』に出場するため、闘技会場の受付がある帝都のとある教会まで足を運んでいた。


 ちなみにルイは同行していない。


 彼には別の要件を与えた。


 本来騎士であるルイは私の傍らを一時も離れてはいけないのだけど、どうせ観戦しているだけで暇なんだから、それだったら仕事をしてもらおうと思ってとある依頼を投げておいた。


 「職務を放棄するなど!」とかめんどくさいこと言ってたけど無視。


 基本私のほうが強いんだから、ルイに守ってもらわなくても自分の身は自分で守れる。ここは時間を無駄にせず、それぞれが責務を果たす動きをするほうが合理的だ。


「はぁ。わたくし別に『ドラグ・マグナ』なんて本当は参加したくないのですけど……」


 ため息をつきながら、大会受付の書類に必要事項をゆっくりと記入するセイラ。


「まぁいいじゃない。セイラも結構強いんだし、私と当たらなければ優勝できるわよ」


「ほんと……癇にさわる魔女ですわね。わたくしが優勝したら、約束は必ず守ってもらいますわよ」


「わかってるって!魔法書とゼノビアの宝物庫にある財宝、交換してあげるから」


 セイラは私がのどから手が出るほど欲しがっているヴァナハイムの魔法書には興味がない。


 なのでもし彼女が優勝したら、ゼノビアの財宝1つと魔法書を交換することを条件に大会への出場を促した。


 まぁ私が優勝しないことなんてありえないんだけど、万が一の波乱は常に考えておいた方がいいよね。


 確率は、高いに越したことはない。


「もう優勝した気でいるなんて。相変わらず、自信過剰なお姫様ね」


 受付用紙に高速で名前や出身国などを書いていると、後ろからなにやら聞いたことのある声色の主が私に話しかけてきた。


 記載する手を休め、振り返ってみる。


 ……えっ?


 聞き覚えある声だとは思ったけど、まさか、ほんとに?


「ア、アリア!」


「久しぶり……でもないわね。いや、話すのは久しぶりかな」


「アンタ、身体大丈夫なの?ていうか、今実家大変……」


 疑問に思ったことを立て続けに聞こうと思ったけど、アリアの事情を察して口をつむいだ。


 さすがに色々ありすぎて、彼女には心底同情している。


「気にしなくていいわ。むしろアンタのおかげで私、なんとか生き永らえてるんだから……。感謝してるわ」


 いきなり礼を言われるものだから、背中がこそばゆくなる。


 こういう時、どんな顔をするのが正解なのかわからない。


「わたくしも活躍したのですけどね。ていうかアリアさん、今日はどうしてこんなところに来ているのです?貴女の国、今それどころじゃないですわよね?まさか大会に参加するつもりじゃありませんよね?」


 私が聞こうとして聞かなかったことを、なにも悪びれる様子もなくズケズケと質問し始めるセイラ。


 アンタ、ほんとに聖女なの?


 もうちょっと空気読んであげようよ。


「……お兄様たちが、息抜きして来いって」


「えっ?」


「大会には参加できないけど、『ドラグ・マグナ』はお祭りみたいなものだから、行って来いって……」


「そう……」


「アリア様ぁ!ヴァナハイム名物のドラゴン饅頭、買ってきましたよ!……ってお前達はっ!」


 少ししんみりし始めた空気を払しょくしてくれたのは、アリアの騎士フェリスだった。両手にドラゴンを模した可愛らしいお菓子を携えながら、小走りでこちらに近づいていたところ、私たちの存在に気付く。


「魔女姉妹!」


「ちょっと!失礼な騎士ですわね!わたくしは魔女ではありませんわ!魔女はこの女だけ……むぐっ!」


「(馬鹿!アリア達は私の正体知らないんだから、不用意にしゃべらないでよっ!私たちが強すぎたから魔女って言ってるだけなんだから……たぶん)」


「いや失敬。アリア様を救ってもらった恩人に対して言う言葉ではなかった。あまりにもあの戦場で貴女達が強すぎたものでな。誉め言葉として受け取ってもらえるとありがたい」


 そんな誉め言葉ないわよ!!


 例え悪すぎだし!アホ騎士!!


「ってことで、私とフェリスはコレでも食べながらゆっくり観戦してるから。無様にやられて拍子抜けさせないでよね、ティア」


 フェリスの買ってきた饅頭の袋を振りかざしながら、得意の皮肉を口走るアリア。


 思ったより元気そうな感じで安心した。空元気な気もする。


 でもいつも通り接してあげる方が、たぶん彼女にとっては気がまぎれるだろう。


 余計な気を使うほうが、精神衛生上よくないことは往々にしてあるのだから。


「私の雄姿を目に焼き付けて、シルメリアで伝説として語り継ぐといいわ」


「ふふ、期待してるわ。それじゃあね」


 苦笑だろうけど、ちょっと笑った顔を見せてくれたアリア。そのままフェリスと一緒にこの場を去っていった。


 つまらない試合は見せられないわね。


 アリアにスカッとしてもらうためにも、無双して大会の歴史に名を刻むような活躍を……!?


「……なんですの?アナタたちは」


 セイラが無言で私の後ろで立ちすくむ2人の人物に対して物申した。


 アリアとの話に夢中で後ろを気にしてはいなかったけど、それにしてもこれほど近距離に迫られるまで気配を感じなかったなんて……。



 ……いったい何者、なの?



「えっ?仮面?」


 振り返り存在確認をした2人は、素顔を隠していた。


 黒装束のような服を身にまとい、灰色に近い白を基調とした面に十字の赤ラインをデザインした異様な仮面をかぶっている。


 背丈はまるで大人と子供くらい違うので、おそらく小さいほうが大会に出場する選手なのだろうけど……。


「……」


 背の高い、黒装束でも体型がにじみ出ているほうの男がスッと右手を掲げ、無言で受付のほうを指さす。


 あ、私たちが邪魔で受付できなかったんだね。


 それは申し訳ないことをした。


「ごめんあそばせ」


 私とセイラはなんだかんだ必要書類を書き込んでいたのですぐに提出し、受付が受理されたのを確認してから、そそくさとその場を立ち去った。


「セイラ、あの2人……」


「ええ。この大会、一筋縄ではいかないかもしれないわね……」


 実践なら、気配を察知できずに背後をとられた時点でほぼアウトだ。


 ある意味、私たちは一度やられていると考えたほうがいい。


「気合、入れなおさないといけませんわね」


「そうね」


 世界は広い。


 私の知らない規格外の才能を持った実力者というのは、案外どこにでもいるのかもしれない。

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転生の魔女~せっかく王女に生まれ変わったのに、無双しすぎてまた魔女って言われちゃいそうです~ 十森メメ @takechiyo7777

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