第10話 謁見

 ヴァナハイム城謁見の間。


 雰囲気や造りはゼノビア城のそれと大きな違いはない。


 だだっ広い空間の中央に玉座があり、床には高級な赤い絨毯が敷かれている。


 取り囲むように護衛の兵士たちがいて、高い天井には巨大なシャンデリア。


 特質すべきところは特にない。


 ただ、鎮座する王の威厳は私の父、ゼノビア王とはまた違った異質さと威圧感を放っていた。


「ご苦労だったな、アラン」


「ええ。ちょっと大変でした」


 苦笑しながらそう答えるアランの態度は、おそらく世界で最も権力を持つヴァナハイムの王への態度としてはとても軽々しい。


 それほどの信頼関係があるということなのかな。


 王は意に介していない。


 アランは畏怖を感じていないように思う。


「ティア王女とその騎士ルイ、ヘスペリデウスの聖女セイラ。遠路はるばるご足労だった。ゼノビア王から事前に話は聞いておるよ」


「あ、いえ」


 とても怖ろしい顔つきをしているのに、意外と丁寧な物言いをするので一瞬気が緩む。


 父は基本厳しいだけで感謝の言葉とかほとんどない。


 余裕があるのか。大国の主はやはり違う。


「あの、これが父……ゼノビア王から預かった書簡です」


「アラン」


「はいはい」


 私は懐から取り出した書簡をアランに渡し、彼は王へその書簡を手渡した。


 少し難しい表情で書簡を開き、書いてある文字を追い始めるヴァナハイムの王。


 中にはゼノビア古代図書館地下2階への承諾を嘆願する内容が書かれている、はず。


 中を見てないので予測になるけど、おそらく父はヴァナハイムの単独決定で許可を即断してほしいと書いてくれている、と信じている。


 5大国に許可をもらって周れるほど、時間に余裕なんかないからね。


「……」


 一読は終わった様子だけど無言のまま何かを考えている様子のヴァナハイム王。

 

 事前に根回しされているなら、思考はある程度まとまっているはずなんだけど……


「……あの、どうでしょうか?」


 沈黙だと間が持たない。


 催促したわけではないけど、不遜にも思わず問いかけてしまった。


「……どう思う?アラン」


 書簡をアランに差し戻し、彼が中に書かれた文章に目を通し始める。


 すごいスピードで眼球が動いている。


 あっという間に中身を理解し、彼はこう言った。


「あー……なるほど。そういうことですか……」


「自信がある、ということか」


「確信に近いかもしれませんね」


 ちょっと。2人で勝手に話進め出ないでよ。


 父は何を書いてたの。私にも教えてよ。


「ティア様」


「あ、はい」


 アランに名を呼ばれて思わず覇気のない返事をしてしまう。


 しまった。不快感が出てしまっていたかもしれない。


「王女はゼノビアの古代図書館地下2階が、現在謎の封印術が施されていて誰も中に入れない状態になっているという事実をご存じですか?」


「……えっ?」


「その様子だと父君、あるいは貴方の騎士からお話は聞いていないのですね」


 聞いてないですね。なにそれ?どういう事?


「ルイ」


「はい」


「はい、じゃないわよ。どういう事よ」


「そういう事です。王はティア様なら必ずや彼の地の封印術を解除できると信じて、今回の書簡を書かれたのです」


「え?アンタ書簡の中身も知ってたの??」


「はい」


「はい、じゃないわよ……もう」


 特に悪びれる様子もないルイ。


 ここが謁見の間でなれば1000%ぶっ飛ばしているところだった。


 命拾いしたわね、ルイ。


「書簡にはこう書かれております。『ヴァナハイムの単独決定によるゼノビア古代図書館地下2階への入室許可を嘆願する。これは愛娘のわがままに付き合わされただけの、哀れな父の嘆願でもあるため、条件に調査団等の帯同があるなら取り下げ願う』」


 アランが読み上げた書簡には封印のことは書かれていない。


 ただ、行間からにじみ出る父の思惑は透けて見える。


 これは私を使ってゼノビア単独で古代図書館地下2階の調査をやるという宣言だと思う。


「ティア王女。貴女はとてもお若いが、ゼノビアで最も優秀な魔術師だと伺っている。ゼノビア王は、ティア王女なら必ず封印を解くと信じきられておるようだな」


 話が許可をもらえる前提になってきているけど、余計な仕事が増えたのは間違いなさそうね。


 まぁ、術式を見てみないことにはわからないけど、こう見えて私、解除系の魔術は結構得意なんだよね!


 その任は喜んで引き受けたい。


「それで、結局許可は出していただけるのでしょうか?」


「ああ。いささか腑に落ちぬ条件ではあるのだが、封印を解かぬ事にはこの問題は前に進まぬ。ティア王女の手腕に期待して手配することとしよう。ただ手続きがちょっと煩雑でな。7日ほど猶予をいただきたい」


 えっ?そんなにかかるの?


 長すぎじゃない?たかが許可一つ出すのに。


 王なんだからバシッと一存で即決してよ。


「なんでそんなにかかんのよって顔してますわね、ティア。大国になればなるほどコンセンサスを得るのに時間を要するもの。しかも今回のは特例措置ですから、7日はまだ短い方ではなくて?」


「理解が早くて助かる。ヘスペリデウスの聖女よ」


 ぼけっとしていたセイラが突然ヴァナハイム王のフォローをした。しかもちょっとかっこつけてるし。


 ちゃんと聞いてたんだ。ずっと黙ってるから寝てるのかと思った。


 しかも私だけそういうのわかってないなって雰囲気出されて、なんかちょっと恥ずかしい。


 すいませんね。事務的なことは全然興味がないので、手続きのこととか基本わかりません。


「時にティア王女、そして聖女セイラよ。ちょうど明日から我がヴァナハイムで催される武の祭典『ドラグ・マグナ』のことをご存じか?」


 ん?ドラグ・マグナ?


 明日からってのは知らなかったけど、武の祭典については知識がある。


 20歳以下の若い才能を発掘するため、4年に一度、5大国の将来有望な強者を集めて行われる武の祭典『ドラグ・マグナ』


 開催地は5大国の持ち回りだけど、今年はヴァナハイムが主催国だったみたいね。


 もう、そんな時期になるんだ。


 時間が過ぎるのは早いものね。


 って、この間シルメリアがあんな事があったばかりなのに、中止にはしないんだ。


 ……いや、だからこそやるのか。


 戦力は多いに越したことはない。


 これからテオドール一派と5大国はおそらく戦争状態に突入する。


 若くて戦える人材を1人でも多く発掘する事は急務だから、こういう時こそやる価値があるのかもしれない。


 ちなみに私はエマ時代も含めてこのイベントに参加した記憶はなかった。


「知ってますけど、それがなにか……」


「7日間ただお待たせするのも申し訳ないのでな。事前に登録は済ませておいた」


「……えっ?」


「すでに察しはついておろう。嫌なら出なければよい」


 そんな勝手に……。


 めんどくさいから嫌です。

 7日間もヴァナハイムに滞在できるなら図書館に籠らせてほしい。


 ここの書物もゼノビアの図書館と双璧をなすくらい貴重な古書がたくさんある。


 せっかくの機会だし是非そうしたいと思っている。


 まぁでも黙って行かないってのも失礼だし、一応ここは素直に断って……。


「あ、ちなみに今回の優勝賞品は特別ですよ!ティア様が優勝したらなんと!我が国の宝物庫に眠る未解読の魔法書、好きなのひとつプレゼントしちゃいます!」


 アランが屈託なく煽ってくる。


「アラン様。ティア様がそのような条件で祭典に出場されるワケが……」


 ルイが制する。


 そして、私は……


「優勝はもらったわ!!」


 よく釣れるエサだった。

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