第9話 ちょっと一息

「あーなんか久しぶりね。ここに来るのも」


 目的地に到着。


 馬車を降り、凝った身体をほぐすため、大きく伸びをしながら周囲の様子を見渡す私。


 帝都の繁華街は相変わらず人が多い。


 馬車停留所が帝都の中心部だったので、もう日が暮れる時間であるというに、ここから望めるメイン通りの活気はゼノビアのそれとは比較にならないほどだった。


「すいませんね。王は別件が立て込んでいて、今日はお会いできませんので」


 アランが申し訳なさそうにそう言って、私に1枚の高級そうな手紙を渡してくる。


「この帝都で最高の宿を手配しましたので、本日はそちらでお休みください。話は通してありますので、この手紙を渡せば泊まれるはずです。明日朝一番でまたお迎えに上がります」


 手紙にはその宿への簡単な行き方と、達筆で「あとよろしく。アラン」とだけ書かれていた。


 これで本当に泊まれるのかしら。ちょっと不安ね。


「それでは、私はこれで」


「いろいろありがとうございました。また明日もよろしくお願いします」


 隣に立つルイが深々とアランにお辞儀をする。


「わたくしからも礼を言います。あのお薬は本当に助かりました」


 セイラもルイの横で軽く頭を下げている。

 

 彼女の体調はここに来るまでの道中で回復したようだ。



 私から魔力を借りて発動したあの魔法。



 自己の限界以上の魔力を使用したので、通常であれば2,3日眠り続けてもおかしくないくらい疲労が溜まっていたはず。


 でもアランが用意していた怪しい薬を飲んだらそれがよく効いたみたいで、馬車で半日ほど寝てたら元気になったらしい。


「いえいえ。持ちつ持たれつですよ。それじゃ」


 そう言い残し、アランは雑踏に紛れるようにスッとその姿を消していった。



「……お腹空いたし、ご飯でも食べてから宿に入ろっか」


 日も暮れ、すっかり夜の装いになった帝都の中心街。


 魔法で光源を増したランプの明かりが店先を照らし、昼間とはまた違った趣を醸し出している。


「そうですわね。わたくしもお腹がすきました」


 セイラは賛成してくれた。


 よく考えると、村でゴロツキに食事を邪魔された時から何も食べていない。


 あれは朝食だったから、さすがに空腹感を感じる。



 思い出してみると、今日は本当に濃い一日だった。



 さすがの私も馬車で少し寝たとは言え疲労がかなり溜まっている。


 早くご飯を食べて、お風呂にでも入って柔らかいベッドでゆっくり休みたい。


「私もペコペコです。ティア様、どこか美味しいお店知ってます?」


「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました、ルイ。実はすごく行きたいお店があるの!」


 思い出して笑みがこぼれる。


 またあのお店に行くことができるなんて。


 エマ時代に一度だけテオドールたちと一緒に行ったことがある名店。


 そこのチキンは想像を絶するくらい美味しくて、絶対また皆で来ようねって言ってたお店があって……。


 みんなで、来ようねって……。


「あら、どうかしたのです?気持ち悪い笑みを浮かべたかと思ったら急に暗い顔して……」


 しまった。表情に出してしまった。


「ううん。なんでもない」


 少し、昔を思い出して切ない気持ちになったとか言えない。


 この私が一瞬でもナーバスになってたなんて、セイラには絶対に教えたくない。


「でもそのお店、今でもやってるんですかね?だってティア様は転生してからヴァナハイムに来るのは初めてでしょ?冒険者時代の話ってことはかなり昔の……ぐえ」


 昔とか言うな。


「あの名店が無くなるなんてありえない!絶対やってるはずだから、とにかく行ってみよう!」


 ルイの首を軽く締めながら、私は思い出のチキンが食べられるヴァナハイムの食事処を目指して喧噪の中へ歩みを進めるのであった。





「なんであのお店がつぶれてるのよ?意味わかんない!」


 目的の食事処は別の店になっていたので、適当な屋台でお腹を満たして宿に入った私たち一行。


 なんかむしゃくしゃしたので、アラン指定の宿で用意されていた部屋に入るや否や、隣接の大浴場へセイラと一緒にすぐに向かい、湯船に浸かりながら店がなかったことへの不満を口にしていた。


「まぁそういうこともありますわよ」


 幸せそうに眼を閉じ、ぽかーんとしているセイラが他人事みたいに言うので、余計に腹が立った。


 久々のお風呂で気分はいいはずなのに、なんか釈然としない。


「実力が足りなかっただけだ。ヴァナハイムの一等地は食事処でも競争は激しい」


「いや、あんな美味しいチキンを食べられるお店よりいい店に変わるなんてありえな……」


 ん?


 あれ?なんか聞いたことある声だな。


 セイラじゃない。反対隣。だれ?って……


 ええええええ!!!


「なんでアンタがここにいんのよ!リュカ!」


「なぜ私がここにいるか。答えは簡単だ。ここの風呂は最高だからだ」


 さも当たり前のように私の隣で悠然と湯船に浸かるリュカ。


 髪を結ってまとめ、眼帯も外していたのでわからなかった。


「やはり気づいていなかったか。修行が足りんな、魔女よ」


 相変わらず煽るわね。


 いまあまり気分が良くないから、あの時の決闘の続きをここでやってやろうかとちょっと思ってしまう。


 それにこの女……。


 自慢してるの?その谷間。


 浮いてる……谷間が、浮いてる。


「リュカさん、とっても女性らしい素敵なお身体されてますわね。羨ましいですわ」


 セイラはその不届きにチラチラ視界に入る肉を見てそう言った。


 私もセイラもまだ成長途中。そこの勝負に関してはまだまだこれからだ。


 ただエマとしてだったら大敗だった。


 くっそー。


「こんな邪魔なものはいらん。さらしで押さえつけるにも限界がある」


 じゃあ私にくれませんかね?そのたわわ。


「あら、それにお顔もとっても綺麗。素敵なお嫁さんになれそうですわね……」


 セイラがリュカに近付き、顔を近づけマジマジと視線を投げている。


「く、くだらない!そんな事望んでなど……」


「ふふ。そのお顔の紅潮は“照れ”ではなくて?」


「違う!少しのぼせただけだ!」


 セイラ……やるわね。


 完全にペース握ってるじゃないの。


 化物みたいな剣技を持つ斬り裂き女だけど、案外女性らしさを褒められることに慣れてないのかも。


 これはいずれ使えるかもしれない。


「声をかけたのが失敗だった。じゃあな!」


 ザパンと派手に立ち上がるリュカ。


 ……なんてスタイルしてんのよ。ありえない。


「あっ!村の一件、ありがとね!」


 そういえば礼を言ってなかったと思い、咄嗟に風呂を出ようとしていたリュカに声をかけた。


 あの時いろいろあったけど、彼女がいなければ対応はもっと難しかったと思う。


 一応感謝はしている。


「仕事だ。礼を言われる筋合いなど……」


「それでも。ありがとね」


「……」


 なんか一瞬だけ寂しそうな表情をしたように見えたけど気のせいかな。


 彼女は言葉を繋げず、そのまま風呂場を後にしていった。


「わたくしも少しのぼせてきましたわ。そろそろ……」


「上がろっか。さすがに私も眠くなってきたし」



 そのあと。


 

 せっかくアランが2部屋とっていたのに、私たちが使う予定の部屋でルイが気持ちよさそうに寝ていたので、魔法で廊下まで吹っ飛ばしてから就寝することになった。



 乙女二人の部屋に許可も得ず勝手に入るなんて、言語道断よ!

 


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