第8話 帝都へ
「おんぶしてあげて、ルイ」
浄化魔法で邪竜の脅威を消し去った直後。
少し無理をしたのだろう。セイラはルイにもたれるように気を失ったので、彼には彼女を介抱するよう指示を出した。
本当にすごい魔法だった。
ありがとう、セイラ。
「なにが起こったんだ……」
余韻に浸る間もなく、波動の影響で気絶していた村人たちが次々目を覚まし、私たちがいる村の中央噴水付近にゾロゾロと集まってきた。
「もう、終わりじゃ……」
村長が膝を落とし、絶望しながらつぶやいているのは、邪竜との戦闘で壊れた家々を見てのことではない。
ヴァナハイムの二人が明らかに上流階級の人間で、村の放棄を実施するためついにここへやって来たと思ったからだろう。
「都会は快適ですよ。いい機会じゃないですか」
服に着いた埃を払いながら、笑顔でそう言い放つアラン。
邪竜との戦闘で村を結界で守っていた彼だったが、それとこれとは話は別らしい。
すでに棄村が決定している村。
アランは彼本来の仕事を遂行してから帝都へ帰還するつもりなのだろう。
だけど
「この村はこれから自力でなんとかするの。だからもう少し様子を見てあげて」
「はい?」
私の思いもよらない提案にアランは眉をひそめた。
「大丈夫よ。帝都に着いたら私から偉い人に説明してあげるからさ」
ここは王女としての特権を活用させてもらおうと考えている。
「いや、そんな簡単にヴァナハイムは決定を覆しませんよ。そもそもこの村を残す理由ってなにかあります?ゼノビアにとってメリットがある話とは思えませんが」
「成り行きよ。私がそうしたいから、そうするの」
「ええ……。まったく理由になってませんね」
ここまで関わっておいて、じゃああとよろしくってワケにもいかないでしょ。
アジトで色々言っちゃった手前もあるし。
「このルートを使いたいヴァナハイムの商人たちから苦情がたくさん来ているんですよ。この村付近の治安が悪化しているからなんとかしろって」
「それなら、今日から治安はよくなるから問題ないわよね」
「はい?」
「隠れてないで出てきていいわよ。彼は気づいているから」
ゾロゾロと村の様子を見に来ていたゴロツキたちが建物の陰から現れる。
「もう悪いことしないわよね?」
「はい。もうしません」
さっきお仕置きしたゴロツキのリーダーに対して念を押した。
案外しおらしくて拍子抜けする。
「村長。彼らは村の人たちと一緒に一からやり直したいそうよ。もちろんちゃんとしたやり方でね」
私は村長に細かいことは話さない。
一から十まで説明する義理はない。道は示してあげたんだから、あとは自分たちでなんとかしなきゃいけない。
大人なんだからね。
「いまさらなにをしろと言うんじゃ……」
「なぁ村長。このキノコ、さっき森から抜けてくる途中で生えてたから取ってきたんだけどな」
ゴロツキのリーダーが気色の悪い青黒くヌメヌメしたキノコを村長に見せる。
「なんじゃ。そんなもん、今の季節はこの村じゃ普通に食うとるわい」
「これ、ヴァナハイムの一部の上流層にめちゃくちゃ人気あるキノコみたいでな!正規のルートで流せば普通に高く売れるらしいぜ!」
「ほえ?」
「ほかにもこの地域にはお宝みたいな食材や資源が山のように眠っているらしいんだ!」
はて、どうやって調べたのか。ゴロツキのリーダーが言っていることは事実だけど。
「あそこの騎士がアジトで落としていったこの記録紙にびっしり書いてあったんだ!」
いくつかの羊皮紙を紐で連ねた束をパサパサ振りながら、彼は笑顔でルイに近づいていった。
ああ、そういうことね。
ルイもなかなかやるじゃない。
「これ、兄ちゃんのだろ?大体読んで覚えたから返すよ」
「さて、私はそんなの知りませんけど」
「ん?てっきり兄ちゃんのかと思ったが違うのか」
「誰のモノかわかりませんので、とりあえずしばらく預かっておかれては?」
「あ、ああ。そういうことならそうさせてもらおうかな……」
意外と律儀なのね。そんなの、黙ってもらっとけばいいのに。
「ちょっと!そんな勝手に話を進めないで……」
「アラン」
金髪優男の隣で愛剣を拭いていたリュカが突然話に割って入る。
「この者たちの生気が見えないか?ここはもう大丈夫だ」
「もう!リュカ様まで。私にも立場ってものが……」
「自力再建はヴァナハイムも是とするところ。過去の狼藉に対する罰はいくつか受けてもらわねばならんが、以降は様子を見ればいい。私からも王へ進言しよう」
剣聖様もなかなか話のわかる女でよかった。
アランだけが抗っている。
「はぁもう、わかりましたよ。みなさんそこまでおっしゃるならその方向で調整しましょう。ただし、次はないと思ってくださいね。こちらにもいろいろと事情はありますから」
「それでいいよ。私もそこまで肩入れするつもりもないし」
ここまでやってあげたんだし、後のことは私ももう知らない。
「ありがとうな!ゼノビアの王女さん!」
ゴロツキのリーダーが満面の笑顔で手を握ってきた。
馴れ馴れしいのは好きじゃないけど、もう会うこともなさそうだし。まあいいか。
「頑張りなさいよ。あなた達が引っ張っていってあげなさい」
ほんと、あまり時間もないってのにヘンなことに首突っ込んじゃったわね。
「(でも……案外ただの無駄足ってわけでもなかったかもしれないわね)」
私は空を見上げながら、あの邪竜が死に際に言っていたことを、今更ながらなんとなく思い出していた。
アイツは私をエマと呼んだ。そして地獄で待つと。
昔倒したドラゴンで間違いないとは思うけど、なんで今の私を見てエマと認識できたのだろう。私自身は今回、特に大それた魔法とかは使っていないのだけれど。
それに……
そんな属性、あの邪竜にはない。
亡骸を利用して何かを企む誰かの存在がおそらくいる。死霊化は
テオドールではないと思いたいけど、今の段階じゃなにもわからない。
少し情報を集める必要がありそうだ。ヴァナハイムにはゼノビアとはまた違う書物を保管している大型の図書館もあるし、なにより帝都は大都市。
情報はどこの国よりも集まっているはず。ゼノビアの古代図書館の許可をもらうついでに、その件についても聞いてみようと思う。
「あ、ちょうど馬車が来たようですね」
私たちがいる村の中心部へ向かって遠くからすごい速度で近づいて来る2台の馬車を確認した。
「手配しておきました。あなた方は客人ですからね」
アランが馬車に向かって手を振りながらそう言った。
彼は私たちがここに来ることを知っていたらしい。
「改めまして。ようこそヴァナハイムへ。すでに上の人間から話は聞いております。これからあなた方を帝都までお連れ致します」
元々ここで私たちを拾うつもりだったんだろう。
どうせならゼノビア城まで迎えに来てくれればよかったのに。
「リュカ様はどうされます?」
「愚問だアラン。私は走って帰る」
「愚問ですかね、これ……」
走ってって……。ここから帝都までどれだけ距離があると思ってるのよ。
脳筋なのかしら。この子。
「帰還する」
そう言って魔法靴を出力全開にして颯爽と帝都の方角へ駆けていくリュカ。
ああ。そういうの使うんだね、あの子。
でもあの魔法靴何処かで見たような……。
「なんかバタバタしてますが……。とりあえず馬車に乗せてもらいましょう、ティア様。セイラ様も少し辛そうですし」
ルイが少し息の荒いセイラを背負いながら、帝都行きの馬車への乗車を促してくる。
アランが手配した馬車はヴァナハイムの公用馬車だ。要するにアストラ製。
とても速い馬車だから、半日も乗っていればじき帝都には着くだろう。
「じゃあね、みんな。もう会う事もないと思うけど、元気でね」
村人たちとゴロツキたちに別れを告げ馬車に乗り込む私たち。
いよいよ帝都ヴァナハイム・キングダムはもうすぐだ。
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