第7話 浄化の虹

「魔力を貸す」という行為はかなりのリスクを伴う。


 並の魔術師にはできない。セイラは私だから、その方法で邪竜の浄化が出来ると思いついたのだ。


「ガアアアアアア」


 邪竜がついに本来の動きを取り戻した。


 唸り声がひと際大きくなる。大地が地震でも起こったかのように激しく揺れ、その場に立ってバランスをとるのに意識が持っていかれる。


五月蠅うるさい」


 平然とリュカが愛剣を振るい、再度邪竜を瞬く間に両断した。


 先刻と同じように邪竜の身を半分に分かちその動きを止めた……


 かのように見えた。


「なんだと!?」


 一瞬分断された。ただ、ほんとに一瞬だった。


 さっきは時間稼ぎになったが、今回は信じられない再生速度で元の姿に戻り、ダメージをまったく与えられていない!


「リュカ!邪竜の魔力が高まってる!ブレスが来るはずだから気を付けて!」


 邪竜の背と私たちを守るルイの背を挟み、向こう側にいるであろうリュカに邪竜の攻撃が始まることを警告した。


 今、私はセイラと手を繋ぎ、魔力の受け渡しを行っている最中なので加勢ができない。


 魔力を貸すという行為中のリスク。


 貸す側も借りる側も、魔力の移行中はまったく動けなくなる。


 攻撃はおろか防御もできない。その位、この作業には集中力と忍耐力がいる。


 しかもそこそこ時間もかかる。守ってくれる誰かがいなければ、戦闘中にこんな無防備なことは普通出来ない。


 魔力貸与が終わるまでの時間稼ぎは、とりあえずリュカの戦闘力に委ねるしかなかった。


「舐めるなよ。ドラゴンの息ごとき、私の剣圧で全て吹き飛ばして……」


「リュカ様ー。邪竜の息は斬れないので避けてくださいねー」


 おそらくリュカの近くにいるであろうアランが私の警告に捕捉を入れてくれた。


 あの女は避ける動作を基本しないのか。


 降りかかる火の粉は全て斬り落とす流儀でもあるのかしら。


「グガガガガガ……ゲェ……グボァアアアアアアア!!!」


 来る!ブレス攻撃だ!


 カオスブレス。吐しゃ物のようなあの攻撃をモロに浴びたら、身体が腐って骨まで溶けて流れ落ちる!


 わりと広範囲にまき散らかされるブレスだけど、なんとかうまく避けて……。


「舐めるなと、言っている」


 え?そのセリフは避けないってこと!?


 ほんと死んじゃうって!


「二の秘剣」


 リュカが技を繰り出そうとしている。


 さっき私のつぶてを斬った無数の斬撃がリュカのいるであろう場所に集約している。


 そして、煌々と輝き出す。


「風塵の太刀」


 どういう剣閃だったのか、ここからではまったく見えなかった。


「グギャアアアア」


 ただ、ゴォォという激しい風の音とともに、邪竜がまき散らしたブレスはものの見事に発生者の元に還っていき、さらに身体は無残にもバラバラに刻まれ、ボトボトと汚い音を立てて地に落ちた。


 反射と同時に多重斬撃の追撃を浴びせる技なのか。とにかく邪竜は瞬間再生が出来なかったようだ。


「ちょっとティア!集中しなさい!」


「あ、ごめん」


 魔力の受け渡しはまだ完了していない。


 あれほどの技を見せられて少し見惚れてしまった。


 対魔法用にもあの技は使えると思う。下手をするとSSクラスの魔法ですら跳ね返してくるかもしれない。


 リュカ・デスペラード。帝国最強は伊達じゃないわね。


「まだですか!?また邪竜が再生始めてますよ!」


 ルイが焦りを隠さない。


 そんな事を考えている間にもう邪竜の肉片がくっつき始めている。


 いくら不死身の死霊アンデットとはいえあの再生速度も異常だ!どうなってんの!?


「三の秘剣」


 今度は上空からリュカの声が聞こえる。


 彼女は跳躍し、腰から剣を振りぬく態勢を取っている!


 まだ追撃するの!?


「重尽の太刀!」


「きゃあ!」


 振り払った剣閃からものすごい重力波が発生した!


 目標物の近くにいた私たちもその影響を受けて押しつぶされそうになり、思わず声を上げるセイラ。


 集約しつつあった邪竜の肉塊は上空からの重力圧が直撃し、押しつぶされて地面の中にめり込んでいく。


 斬撃の域を超えている。あれはもはや魔法だわ!


 てか私たちにまで影響するような雑な技使ってんじゃないわよ!本末転倒になっちゃうでしょ!


「大丈夫ですか!?セイラ様、ティア様!」


 ルイはあまり影響がないのか、元気だ。


「……大丈夫よ。体重いけど」


「も、問題ありせんわ……ルイ様」


 こっちは無防備だってのにほんとあの女。


 技を見せびらかすにも程がある。


 でも、時間稼ぎとしては有効だった。いよいよ準備が整いつつある!


「……よし!どう?セイラ」


「ええ……この魔力……いけますわ!」


「あと少し送る!詠唱、開始して!」


「了解ですわ!」


 セイラの全身から雷撃のような魔力の奔流がほとばしる。


「狭間の生。彷徨える魂の葛藤よ……」


 圧殺された邪竜がもう地面から這い出して来ている。しかも浮いた眼球がギョロリとこちらを捕捉している!


 次は私たちを狙うつもり!?


「聖なる七光を抱いて、安息の天還を果たせ!」


 でも、どうやら間に合った。


 私の魔力貸与は終わり、詠唱は完了した。



 魔女と聖女の合わせ技。



 最大威力の浄化魔法。



 格の違いというものを見せつけてやるといいわ!セイラ!



「浄化せよ!セレスティアルプリズム!!」


 天にかざしたセイラの両手から虹色の聖魔法が発動する!


 雲間から降り注ぐ大量のプリズム光線が邪竜を飲み込み、光の塵が水蒸気のように舞い上がり始める!


「(フッ……)」


 え?なに?


「(エマ・ヴェロニカ……。地獄で、待っているぞ)」


 収束、拡散を繰り返す虹の光が急速に天へアーチをかけて昇っていく。


 今、エマって聞こえたような……。


 その声に若干の気持ち悪さを覚えつつも、邪竜は虹とともに塵芥ちりあくたとなって完全に霧散した。


 浄化魔法は成功した。


「や、やったぁ!セイラ様、すごいです!!」


「ふぁ!ル、ルイ様!」


 感動のあまりセイラを抱き抱えクルクル回り始めるルイ。普通にソレやるの怖いよ。


「いやー、すごい浄化魔法でしたねぇ。私も危うく天に上りかけましたよ」


 アランがくだらない冗談を言っているが無視しよう。


 ただ、村や私たちを守る結界をずっと張ってくれていたことは感謝しないとね。


「私もまだまだ未熟だな。あんなものすら斬れんとは」


 いや、あれは誰にも斬れないよ。でも本当にリュカは凄かった。


「なんかヘンな声聞こえた気がしたけど……とりあえず」


 きっと気のせいだと思う。あまり気にしないでおこう。


 今は、勝利の余韻に浸ってもいい時間だ!


「みんなよく頑張った!私たちの完全勝利よ!」


 邪竜討伐、完了!!


 





 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る