第三章 生活圏、実は「死の森」⑦

「ほ、ほっとけーき、ですか?」

「甘くてふわふわのお菓子だよ。リュミエもきっと気に入るんじゃないかな。まあ、ベーキングパウダーが入手できないから、ちょっと違う作り方にはなるけどな」

「あ、甘くてふわふわ!? そんな食べ物が!?」

 リュミエはホットケーキがどんなものか、まったく分からない様子だった。

 が、甘いと聞いてキラキラと目を輝かせる。可愛い。

「ええと、材料は――」

 ホットケーキに使うのは、コムの実、山芋、鶏卵、牛乳、それから砂糖の4つ。

 ここからはスキル【料理】の力を借りつつ作っていく。

 まずは牛乳にスキル【料理】を発動させ、バターとヨーグルトを作っていく。

 バターはともかく、ヨーグルトなんて正直作ったことなかったが。

 しかし種菌は林檎を発酵させたものでどうにかなったらしい。よかった!

 そしてコムの実を、これまたスキル【料理】で小麦粉に変化させる。

 転生前の世界にあった小麦粉のような真っ白さはないが、【鑑定】の結果が【小麦粉】となっているのでよしとしよう。

「す、すごいです……全然違うものになっちゃいました……」

「だろ? 時間があるときに、二人でスキルなしでもやってみような」

「す、スキルなしでもできるんですか!?」

「ああ、できるよ。これはあくまで時間短縮のために使ってるだけだからな」

『蒼太様、スキル【料理】を使えば、一気に完成させることも可能です』

(まあそうなんだろうな。でもオレは、自分でできることは自分でしたいんだ)

 実は転生前、オレは小さな飲食店を経営することを夢見ていた。

 幼い頃から料理が好きで、作った料理を家族や友人に食べてもらうことが幸せだった。

 夢を叶えるために、コツコツと貯金もしていた。

 ――まあ結局、それは叶わず死んじゃったけど。


 でもラスボスとして転生した今、この世界でもきっとできることがあるはず。

 例えば、このリュミエを笑顔にすることとか。

 材料が揃ったら、ここからはいよいよホットケーキを作っていく。

 卵、砂糖、すりおろした山芋、ヨーグルトをしっかりと混ぜ、小麦粉を加えてさっくり切るように混ぜる。

 あとは熱したフライパンに流し入れ、弱火でじっくり焼けば――。

「できたああああ!」

 周囲にはホットケーキの甘い香りが漂っていて、今すぐにでも頬張りたくなる。

 が、今日はここに。

 バター、それから林檎とラズベリーのジャムをたっぷりと乗せる!

「んん……すごく、すごくいい香りがしますっ」

「はいこれリュミエの分な」

 二人で休憩室のテーブルにつき。そして。

「いただきます」

「い、いただきますっ」

 最初はただ「いただく」という意味で発していた「いただきます」という言葉も、今やすっかり食前の挨拶として定着した。

 オレが手を合わせると、リュミエも一緒に手を合わせてくれる。本当に良い子だ。

 ナイフとフォークで切り分け、ジャムとバターを纏わせて口へと運ぶ。

 最近はリュミエも、ナイフとフォークがだいぶうまく使えるようになった。

「うっっっま!!!」

「んんんん~~~~っ! 幸せが次々と襲ってきますっ」

 バターの芳醇な香りとジャムの甘酸っぱさに支配されたかと思ったら、ふわふわ生地の優しい甘さがじんわりと口の中に広がっていく。

 そしてそれらが一体となり、よりバランスの取れた味わいへと昇華して――。

 ――ああ、幸せだな。

 幸せすぎて泣きそうだ。

 最初は、自分が殺されないように冒険者を餌付けしようと始めたけど。

 でもやっぱり、おいしい料理を食べること、食べてもらうことはオレの生きがいなんだ。

 そう実感させられる。

 街へ出れば、きっともっとできることがある。

 ラスボスだからって大人しく悪役やってると思うなよ!

 オレはラスボスも、前世の夢も、どっちも両立してみせる!

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