竜農騎士の畑

ひゐ(宵々屋)

竜農騎士の畑

 悪い人間。悪い魔物。そんな悪いもの達が世界には蔓延はびこり、善良な人々を脅かしていました。

 けれども大丈夫。そんな悪いもの達をやっつけるのが、竜騎士の仕事です。


 竜騎士はみんなの憧れ、英雄です。

 とある小さな村にも、竜騎士に憧れた竜が一匹、少年が一人いました。


「僕達きっと、いい竜騎士になれるよ! 絶対英雄になろう!」

「たくさん修行をして、一緒に竜騎士学校に入ろう! 僕達ならできるよ!」


 仲良しな一匹と一人は、いつも修業をしていました。一緒に空を速く飛ぶ練習をしたり、時に小さな魔物と戦ってみたり。


 本物の竜騎士に比べたら実力はなく、修行と呼んだそれもごっこ遊びにすぎません。けれどもごっこ遊びでも、一匹と一人はより息が合うようになり、最高のコンビとして、着々と成長していったのです。

 そのため、一匹と一人は、無事に竜騎士学校の試験に合格し、入学することができました。


 入学してからの本格的な修行は、ひどく大変なものでした。それでも一匹と一人は、目指した夢を諦めません。ただ竜騎士になる、それだけではありません、英雄になるのです。英雄になるためには、つらい修行も難なく乗り越えられるようにならなくてはいけません。


 決意は揺らぐことがありませんでした。果てに、一匹と一人は成績優秀な竜騎士見習いとして学校を卒業、一人前とはいえませんが、それでも竜騎士になりました。


「ついに竜騎士になれたけど、これからが本番だよ! よろしくね、相棒!」

「どんなことがあっても僕達なら大丈夫! だって僕達、未来の英雄なんだもの!」


 ところが彼らは、立派な竜騎士にはなれなかったのです。


 竜騎士になった彼らの初めての任務は、遠方で魔物と戦う仲間への、物資の運搬でした。まだ魔物と戦うことは許されませんでしたが、物資の運搬も、大切な仕事です。水に食料、それから薬や治療に必要なもの……戦地へ運ぶ物資とは、命にかかわるものです。

 だからこそ、でした。


「どうしよう、ひどい嵐だ!」

「僕達飛んでいけるかな?」


 少年を背に乗せて空を飛ぶ竜の前には、重々しい雲が広がっていました。その下はまるで夜になってしまったかのように暗く、輝くのは星ではなく、激しい雷でした。

 彼らが迷ったのは一瞬だけでした。


「でも、僕達の運ぶものがないと、仲間が困ってしまう!」

「僕達の運ぶもので、助かる命があるかもしれない!」


 そうして若い竜騎士は嵐の中に突っ込んでしまい――雷に打たれたのです。


 雷に打たれた竜も少年も気を失い、森の中に落下してしまいました。若い竜騎士が発見されたのは、嵐が去ってしばらくして。彼らが目的地に到着していないことを、物資を運ぶ他の仲間が気付き、捜索が行われた末に発見されました。


 幸い、竜も少年も、命にかかわる大怪我をしていませんでしたが。


「もうこの翼は使いものになりませんね。あなたは空を飛ぶことができません」


 ――少年の相棒である竜は、二度と空を飛ぶことができなくなってしまいました。

 竜騎士とは、竜に乗り空を飛ぶ人。人を乗せ空を飛ぶ竜。空が飛べないのなら、竜騎士の竜は務まりません。


 竜は竜騎士を辞めなくてはいけなくなりました。もちろん、まだ飛べると、竜騎士の医者や先輩、リーダーに訴えましたが、皆が難しい顔をします。

 数日後には竜は黙ってしまいました。大人しく竜騎士の竜を辞めると、皆に伝えました。


「こんな僕じゃ、友達の相棒なんて務まらない……きっぱり諦めて、彼には新しいパートナーを作ってもらうべきだった。だって彼の夢は、竜騎士として英雄になることなんだから……」


 少年の夢を応援する友達として、竜は村へ一匹で戻りました。一緒に竜騎士になろうと少年と一緒に励んだのに、自分が怪我してしまったことを、竜はひどく申し訳なく思いましたが、後悔してももうどうにもできません。


 人間のパートナーを見つけて竜騎士の竜になりたいと願う竜は、多くいます。その中から、少年の新しいパートナーが決まるでしょう。だから少年は夢を追い続けられる――そのことだけは、飛べなくなった竜を安心させてくれました。


 いつの日にか、友人である少年と新しいパートナーの竜の活躍の話を聞くことを夢見て、竜は村で過ごします。飛べなくなった竜は、村で農業を手伝う耕運竜こううんりゅうとして、日々を過ごしました。畑を耕すのはもちろん、力仕事を手伝ったり、小さな魔物が畑を荒らさないよう見張ったり。


 ただ、竜が村に戻ってきて、数日後のことでした。


「ごめん! 遅くなったね、ただいま!」


 どうしてか、竜騎士として残ったあの少年が、村に戻ってきたのです。


「竜騎士としての仕事は? 新しい相棒は決まったの?」


 少し不安に思いながらも、竜が尋ねたのなら。


「新しい相棒は必要ないよ! だって僕も竜騎士を辞めたんだから! 確かに竜騎士になって、英雄になることが僕の夢だった。でもそれは、親友の君と一緒に英雄になることが夢だったんだ! 君と一緒に英雄になりたいんだ!」


 そうして少年は、鍬を手にします。


「そして僕は考えたんだ。英雄って、人を救う存在でしょ? それって、竜騎士だけじゃないよね。作物を作ること、食べ物を作ることだって、誰かを救うことだよ……僕、君と一緒にずっと修行をしてたから、農業はさっぱりだけど、これからたくさん勉強するよ。一緒に素敵な畑を作ろう! これからもよろしくね!」



 * * *



 その後、竜と少年の畑では、様々な作物がすくすくと成長していきました。根菜に葉物、果物に貴重な薬草も。

 耕運竜がいるのなら、竜の持つ力で、自然と作物は元気よく育ち、実りも豊かになります。しかし竜と少年の畑は、それ以上に育ち、またそれ以上に豊かに実りました。


 天候が悪く、他の畑がだめになった年でも、一匹と一人の畑だけは無事に収穫を迎えました。竜の力と、少年が身につけた知識による成果でした。その村の人々だけでなく、近くの村の人々までも、不作による飢饉から救われました。それほどに、彼らの畑では作物が収穫できたのです。


「まさに英雄だねぇ」


 人々は口にします。


「まるで竜騎士様みたいだ」

「それじゃあ畑の竜騎士様、農家の竜騎士様だね」


 そして、いつしかこう言われるようになりました。


「あの畑には、竜農騎士様がいるんだよ。畑を戦場に選んだ竜騎士様さ。たくさん作物を作ってくれて、私達を助けてくれるんだ」



【終】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

竜農騎士の畑 ひゐ(宵々屋) @yoiyoiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ