仕返し
仁城 琳
仕返し
ぼくにはどうしても許せないやつがいるんだ。ぼくはそいつのせいでとんでもない目に遭った。恨んでも恨みきれない。でも僕は言葉を発することが出来ないから、あの時助けを求めることも、あいつに対して恨み言の一つも言うことが出来なかった。毎日ぼくに会うくせに、知らんぷりをして自分がやった事から目を逸らすあいつが許せなかった。だから、仕返しすることにした。ぼくはあの日から目が見えない。でも何となくあいつが僕の傍を通るのが分かる。音も聞こえないけど何となく分かるんだ。あいつのせいで、ぼくには目も耳もそれどころか頭すら無いのだけれど。
自転車で思いっきりスピードを出す。誰よりも早く走れるのが俺の自慢だった。そんなにスピードを出すといつか事故に遭うよ。親には何度も言われたけど、事故なんて遭わない。そんなの滅多にないでしょ。それに車が通る所では気を付けてるよ。俺だって怪我したくないもん。学校の帰り道、一緒に帰る友達を置いて、俺は風を切って自転車を漕ぐ。
「速いよ!待って待って!」
「お前らが遅いんだよ!ほら速く来いってば!」
誰も俺に着いて来れない。それが気持ちが良かった。赤信号で一旦止まる。後ろからみんなが合流する。
「やっぱり速いよなー、うちの中学で一番早いんじゃない?」
「それな、スピード出してみたいけど怖くてブレーキ握っちゃうんだよな。すごいよ、お前。」
「そうだろうな。ぼくが本気出せば追いつかれたことないし。スピード出すのって楽しいぜ。ビビんなよ。」
みんなに羨ましがられる。怖がらずにスピードを出せる、勇気があると。それも快感だった。
信号が変わり、俺はまた思い切り自転車を漕ぎ出す。友人たちを置いていく。
「もう、速いってば!待てよー!」
「やだよ!お前らも速く来い!」
振り向いて叫ぶ。前に向き直ったその時。目の前にお地蔵さんがあった。
「うわぁ!」
叫んでハンドルを切ったが間に合わない。思い切りぶつかって、俺は自転車ごと横転した。
「え!おい!大丈夫か!?」
友達がこちらに向かってくる。身体は少し擦りむいてしまったけど大きな怪我はなさそう。自転車は…こちらも少し傷が入ってしまったが普通に動くようだ。それよりも、お地蔵さんに目を移す。ヒビでも入っていたのか、それともそんなに勢いよくぶつかってしまったのか、首がポッキリと折れて落ちてしまっていた。
「大丈夫?」
追いついた友人が声を掛ける。
「…うん、俺は大丈夫。」
「よかった…ってうわ!これ、お前がやったの?」
「わざとじゃないって!ぶつかっちゃったんだよ。てかぶつかるだけでこんな事になるとかおかしいし…。」
「これさ、大人に言った方が…。」
「嫌だ!」
こんなこと親に言ったら、ずって危ないって言ってたでしょって怒られる。親じゃなくても、お地蔵さんをこんな風にしたって言ったら絶対怒られるじゃないか。俺は周りを見回す。俺たち以外誰もいない。
「…行こ。帰ろう。」
「いや、でもさ。」
「これ…置いてくの?」
怒られるのは俺じゃないか。お前らは怒られないんだから余計な事を言うな。俺は腹が立ってきた。
「うるさいな!誰も見てないだろ!俺がやったって気付かれないんだからいいんだよ!」
お地蔵さんを見下ろす。首のないお地蔵さんと生首の様に転がるお地蔵さんの頭部が所々砕けて割れている。怒りがすっと冷めて、今度は不気味さが背筋を走る。早くここから去ってしまいたかった。
「俺、帰るから!絶対誰にも言うなよ!」
自転車に乗って、顔を見合せて気味悪そうにお地蔵さんを見る友達を置いて、思い切りスピードを出す。早く家に帰りたかった。今あったことを全部忘れてしまいたかった。俺は悪くない。そもそもあんな所にお地蔵さんなんてあるのが悪い。俺は悪くないんだ。
素直に言ってほしかった。ぶつかってしまったのは仕方ない。だけどよそ見をしてたのはそっちでしょう。勢いを出していたのはそっちでしょう。君がここを通らなければぼくは頭を失わずに済んだのにね。どうしても許せない。あれからもぼくの前を通ってるよね。見えないし聞こえないけど分かるよ。なるべくこっちに意識を向けないように。なるべく速く。ぼくの前を通り過ぎるんだ。
ぼくの頭は戻らない。誰も戻してくれない。だけどぼくは頭が欲しいんだ。元通りにしてほしいんだ。だから考えたよ。きみが悪いんだから。手伝ってね。それで許してあげるよ。もう一人、協力してもらう人には申し訳ないけど、仕方ないよね。全部きみが悪いんだ。仕返し、させてね。
「続いてのニュースです。通学中の中学生に車が衝突しました。自転車に乗っていた中学生二名と車の運転手一名は軽傷ですが、軽傷の中学生二名と共に帰っていたと見られる中学生一名は死亡が確認されました。車の運転手は酒気帯び運転をしており、法定速度を超えた状態で先頭にいた中学生と衝突したと見られます。続いてのニュースです…。」
「おい!大丈夫か!」
「う、うん、僕は大丈夫だけど…。」
「あいつは?前を走ってたよな…?車であいつの姿が見えないんだよ。」
「救急車、救急車呼んでください…。誰か…。」
「あ…あ…轢いてしまった…。どうしよう。首が…。なぁ生きてるよな。なんで首がないんだよ。首、どこに行ったんだよ。首、なくてもいきてるよな、助かるよな、なぁ…。…あ、うわぁ!首が!首が地蔵に乗ってやがる!何だこの地蔵、首が無かったのか。それで…ちぎれたこいつの首が乗って。まるで元からこの首が付いてたみたいだな。はは、ははは、あははははははははははは。」
頭、新しいのだけど元に戻れたよ。ぼくの頭は割れちゃったから。もう元には戻せないから。だからきみの頭をもらうことにしたんだ。いい考えでしょう。人間の頭って暖かいんだね。ぼくは石だから、夏なんかは熱くなることもあったけど知らなかったよ。これ、濡れてるの、雨に似てるけど違うね、ヌルヌルしてるし赤い色が付いてる。ふふ。なんか不思議な感じ。でも見えるよ。聞こえるよ。目と耳も戻ってきたよ。あはは、きみが見えるよ。頭が無いね。まるでさっきまでのぼくみたいだ。あはは。きみが悪いんだよ。このくらいの仕返しは許してね。ぼくもちょっとだけひどい事をしちゃったから、これできみの事も許してあげるよ。
仕返し 仁城 琳 @2jyourin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます