間話 北の海2
翌朝。
竜の息吹や何かの鳴き声に覚醒する。
灯璽さまが草のベッドからいなくなっており、きょろきょろする。
川の方から気配がありパシャリと音がした。
朝霧が立ち込める中顔を洗っていたらしい。わたくしが同じように朝浴びした時ぱしゃりと川に飛沫が飛んだ。気持ちいいそれにわたくしが浸透していく。水音を発しているとふとわたくしは思い出した。
「言葉が通じない者や意に返さない者様々が住んでおります。昔の魔王様がおられる時もそうでしたので、ご注意くださいませ」
城を出る時、羊の使用人から警告された。
何が起きてもおかしくない土地。
そう言われていたせいか、灯璽さまは反応する。わたくしはうっかりしていた。水棲の魔物かもしれない。
「振り向いて下さるのは良いですが! 違う違う。違いますっ、わたくしですよ!!」
焦って弁解し波の綾で伝える。ぱちゃぱちゃと水が撥ねる。灯璽さまの貌は困惑しており明らかにわたくしと目が合っている気がした。
「ふ、不要……?」
わたくしだと察し安心はした灯璽さま。今度は若干しょんぼりされてしまう。
灯璽さまも可愛いのは可愛いがそういう訳ではなく「違います!そういう意味ではありません」と弁解するためにさらに激しく波打たせる。
「わかった。落ち着いてくれ」
灯璽さまと水浴びをしていて気付いた。
その川とわたくしが混ざるとなんだか心地よく、懐かしい感じがした。
もしかしたらもうその祠に近いのかもしれない。これを辿っていけばたどり着くかもしれない。
――目印があったらいいかしら。
「こんな感じ……?」と尾鰭を模して灯璽さまを追わせる。わたくしは灯璽さまに追いかけられていることを嬉々としながら、水の扱いと祠の場所。その感覚を思い出そうとする。
「追えということか? 人魚みたいだな」
わたくしは灯璽さまに褒められているみたいでウキウキしてその道を辿っていった。
木漏れ日に水が燃え立つそこ。
祠はアゼルの城より手入れされていないのが目に見えてボロボロで中にいるお地蔵様はその風貌も見えないくらい青々と苔が覆っていた。ただし朝露と木々に囲まれて荘厳な雰囲気を醸し出していた。
元は泉だったのだろう。
祠を中心に枯れて大きな水たまり程度になっているそこ。
それでも中の水草のおかげか濁っていなかった。
寂れた見た目のものでも精霊の力はまだ留まっているらしい。灯璽さまのことを数体の蟲や獣などが遠目に眺めていた。敵意は感じられないと思った灯璽さまはわたくしについていって祠の前まで来てくれた。
――よし。ここならきっとまた聞いてくださる。
全部吐いてしまおう!!
そうわたくしは張り切る。
「い、いいですか?! まず先日のことですが何と言いますか……友人様なのにわたくしアツくなってしまい申し訳ございませんでした。いや先に前の魔王から救っていただいたお礼からしないとですよね。ありがとうございます。灯璽さまが来てくださって本当にうれしかったのです。灯璽さまでなくてはわたくしはここにいなかったかもしれません。
そうそうそれとお洋服も灯璽さまだったらもっと映えるものがあると思いますよ。あと城のリフォームも検討すべきです」
一息置いて灯璽さまが口を開く。
普段のはっきりしたものではない。本当にわたくしの本心なのかまだ確信がないのかたどたどしい。
「ぇ……? せい、ふ……く?」
「な、なぜ断片だけを……」
「すまん。もっと伝えてくれているようだが、それしかわからなかったな。……征服か。まあ裏で仕事していたら大抵暗殺の依頼ばかりだった……。正しても正しても同じような結果になる。そうしてみると気持ちは分からなくもないな。ばっさりやるのが楽だしな。
しばらく内戦もあったし、本拠地である場所が荒れているのかもしれない。ここまで精霊の聞けないのもそのせいだろう……それなら」
「え……」
わたくしはあ然としてしまう。
それと同時にわたくしのことを考えてもくれる灯璽さま。またこの水たまりが沸騰しそうになるのを堪える。
もしかしたら灯璽さまは既に決心していたのではないだろうか。わたくしの意を表するため何かできることはないかと考える。
――確か人間の方に『誓いのキス』というやつがあったかしら。
「どこに」というより先に灯璽さまが手の甲を出した。その指には前に買った指輪。
それに「わたくしも共に」ということと灯璽さまとの今後を祈る意味を込めて。
わたくしが離れると水に濡れていた。
魔王さまと『水』 みらい @milimili
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