思い出剣道
黒崎光
第1話入部
汗の匂いに思い出はあるだろうか?
汗といったら思い出すのは、あの苦しい練習の日々。洗っても洗っても落ちないジャージと道着。正直戻りたいかと聞かれればあまり戻りたいとは思わない時間だった
けれど、確かにあの3年間は俺にとって"最強の3年間"だったと胸を張って言えるだろう
「蒼司〜!部活決めた?」
「いや、まだ。」
「お前テンション低っ!!初めての部活だよ?!もっとワクワクとかしとけよ!」
早川蒼司は最近までランドセルを背負っていた入学したてホヤホヤの中学1年だ、しかし彼は初めての部活という事に興味を持つ所が友人の佐々木に言われるまで存在を忘れていた
「あ、じゃあアレは?剣道部!!部活動見学でめっちゃふざけてたしユルそー」
どうでも良いという顔をする蒼司を横目に思い出し笑いをしながら佐々木は冗談混じりに提案してくる
「仮面ライダーごっこだろ?ぶっちゃけ寒いよアレ」
「マジ?!くだらな過ぎてめっちゃ笑えたくない?」
昨日の部活動紹介では運動部を筆頭に活動内容やメンバーを真面目に話していくありきたりなものばかりだったのだが、それをぶち壊した部活が1組あったのだ。無論それが噂の剣道部なのだが
蒼司はユルそうだからと候補に考えたが道着や防具代もするらしく来年あんな茶番をやると考えるとどうしても気が進まなかった
「じゃあ、俺サッカー部見学に行くんだけど蒼司も見学来る?クラブチームの先輩居るんだよね」
「分かった行くわ」
「うっし、決まりな。じゃあ放課後の部活見学校庭集合な」
2人が話し終わると同時にタイミングよくチャイムが鳴り響き佐々木は慌てて自分のクラスに戻って行った
その日はほどほどに時間が過ぎていき蒼司は放課後になると校舎を後にし、体育館を通り過ぎて校庭に着く
どうやらまだ佐々木のクラスはホームルームが終わっていないのかまだ来ている様子はなかった。サッカー部らしき先輩達は部室に入り着替えて出てくる所が見える
(用意早っ………サッカーどんだけ好きなんだよ)
そんな様子を見ていると何やら後ろから視線を感じて振り向く。そこには大柄な坊主頭の男子生徒が居た。先輩だろうか?
「うわっ!!良く気付いたな………」
「いや、何となくっすよ」
「ってかもしかして見学…………?」
「あー…………そっすね。一応」
「マジか!?良いよ!おいでおいで!ウェルカム!!」
半ば強引に蒼司は道案内をされた。しかし步けども歩けども目的地には着かず流石におかしいと思い先輩に質問を始める
「あの、どこ向かってるんすか?」
するとあははと笑いながら先輩は申し訳なさそうな顔をして説明を始めた
「ごめんな、この中学何故か武道館まで距離あるんだよ。夏休みとかここまで走らされるしでめっちゃキツいんだよな」
「待ってください、は?武道館???」
「あ、着いたよ。靴脱いだらそこに入れて」
慣れた手つきで靴を脱いで靴箱に綺麗に入れた先輩の真似をしながら入って行く
扉を開けるとムワッと汗の匂いが広がって少し気分が悪くなる。顔に出ていたのか、先輩は俺の顔を見ると笑い出した
「そりゃそうか。慣れないと無理だよな〜この匂い」
「………あの、もしかしてなんすけどここって………」
「うん。剣道だよ」
そう言って先輩は武道場の扉を開ける
そこには"剣士"が居た
面をつけて振り下ろした竹刀はしなやか。けれど鋭くもありそれを相手の竹刀に叩きつけていた
「うわ〜十六夜先輩と小野先輩早っ」
「あれ、何やってるんですか?」
「あれ?あれは基本練習の一つで"切り返し"って言うんだよ。面打ちを竹刀で受けるんだけどあれをやる事で姿勢とか手の打ちとか呼吸方とか身につけられるみたいな!」
蒼司は剣道に縁もなければ名前以外何も知らない初心者だ。だが、素人目から見ても基本練習とは思えないほどの気迫だった
まるで本当に命をかけて剣をぶつけ合っていたようで蒼司は興奮した
すると切り返しを終わらせた先輩らしき2人はこちらに気付いたのか面を外して近付いて来た。一方は大柄だが優しそうな顔つきの人、もう一方はつり目が特徴的で小柄な美少年だった
「橋本君、新入生連れて来てくれたんだ。ありがとね」
「はい、今日も早かったっすね小野先輩」
「剣道にわざわざ来てくれてありがとう!椅子今から用意するね」
「あ、いやお構いなく………」
出会ったばかりの蒼司にも小野は屈託なく笑顔を向けて丁寧に対応する。これには予想外だったのか蒼司も小さくなってしまう
「で?経験者?」
そこに入って来たのは十六夜と呼ばれた顔の整った先輩だった
「雅くん。人が話してる時に間に入ったらダメだって言ってるよね?」
「うるせー、お前は母親かよ、で?どうな訳?経験者?未経験?」
「み、未経験です」
「何だよつまんね」
蒼司に興味をなくしたのか十六夜は再び面をつけようとする
「雅くん………」
「大輝!続けるぞ、面付けろ」
話など聞く気はないと言いたいのが伝わる程のスルー具合に小野も諦めたのか蒼司と橋本に一言断ると面付けに向かう
「十六夜先輩部活勧誘期間は優しくしろって先生に言われた事すっかり忘れてんなあれ」
「まぁ、濃いっすね…………」
「うん、でも見て」
橋本の視線の先を見ると十六夜と小野の練習だったのだが
「え____」
2人は打ち合いを始めた。早過ぎて何が起きているのか蒼司には理解が出来なかった
しかし、何故かは分からないがカッコいいと思ってしまう。全身の鳥肌が立って、血が沸騰しているかのように熱くなる
難しいとは思っていても初めて抱いた感情が蒼司を支配した
「____俺もあんな風に戦えますかね?」
自分でも何を言っているのかは分からない。それでも自然と言った心からの言葉だった
「なれんじゃないのか?保証はしないけど」
橋本は不思議と嬉しそうに笑いながら言う
「っす!!」
「……………」
「あの子、雰囲気的に入部してくれそうだね!後は剣友会の2人含めて今年は三人ってとこ?」
「俺初心者に教えんの嫌いだからマジ嫌なんだけど」
「雅くんにも初心者だった時期あったでしょ」
「明日、晄(アキ)と柚葉(ユズハ)来るよな」
「え?そうだね………ねぇ?まさか後輩いびりとかはないでしょ?また謹慎になりたいの?」
十六夜は表情を変えず淡々と小野に話す
そして小野の忠告にも返事を返さず稽古を続けた
「ただいま」
「おかえりー!!」
「兄ちゃんおかえり!」
帰ると六人の弟妹達が迎えてくれる
それに続いて父と母の声も聞こえてくる
「おかえり」
「おかえりー」
「あのさ、ちょっと良い?」
「どうした?蒼司からなんて珍しいな」
蒼司は部活のことを話そうとするとある事に気付く
「……どうしたんだよそれ」
「ん?あぁ、今日工事現場でちょっとな。軽い怪我だから大丈夫だぞ?」
「全く、帰ってきたら包帯巻いてたからびっくりしたのよ?」
そう言う母も目元に隈が出来ておりだいぶ無理をしているのが分かる。父と母が自分達を養うために無理をしてくれているのは分かっていた。
「気をつけろよな」
「悪い、悪い!あ。そういえば俺達に話したいことがあるんじゃなかったか?」
「あ、そうだね。なぁに?」
「…………いや、何でもないよ。早く治せよ」
「大丈夫だって!」
「そっか」
蒼司は笑いながら後ろに持っていた入部届をグシャリと握り締めた
思い出剣道 黒崎光 @himeri1101
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。思い出剣道の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます