うどんに告白されました。

シンカー・ワン

恋するきつねうどん

「あなたのことが好きです、わたしとおつきあいしてください」

 うどんに告白された。

 お前はなにを言っているんだ? と、レジェンドな格闘家張りに問い詰められそうだが、事実なので仕方ない。

 高校がっこうからの帰宅途中、路線バスを降りて少し歩いた先、角を回って路地へ入った時、視界に入ったのは地面から一メートルほどの高さでフラフラと宙に浮くどんぶり。

 器を満たしていたのは……うどん。

 かつおだしの効いた汁をたっぷりと吸い込んだお揚げが主役然としたきつねうどんだった。

 ツルツルで腰の強そうなうどんの白さに、ちょこんと乗ってるかまぼこの紅はまるで頬を染めているかのようで、刻みネギの青さは心の不安を表しているみたい。

 言葉をかけられた際、きっと僕は胡乱うろんな顔をしていたことだろう。なにしろうどんに告白されたのだから。

「毎日毎日、お店の前を通るあなたを見てました。素敵な人だなって……」

 お店? ……あぁ、見覚えあるどんぶりだと思ったら、たまに寄ってるバス停近くの立ち食い蕎麦屋で使ってるやつだ。

 今時が二百五十円て、サービスにもほどがあるが小腹の空いた金欠の学生には懐にやさしくうれしいお店なんだよな。

「どうしても自分の想いを伝えたくって、お店を飛び出してきちゃいました。わたし、本気なんです」

 勝手に飛び出て来たとか、もし誰かの注文分だったらお店は困っているんじゃないか? 利益度外視気味とは言え、一杯分の損失は痛かろうに。

 ……いや、そういう商売のしがらみ振り切るほど思い詰めた行動なのかも知れない。

 あれこれと考えててなにも答えずにいる僕に、きつねうどんが堪えきれずに問いかけてくる。

「……お返事は、もらえませんか?」

 その言葉に改めて宙に浮くどんぶりに向き合う。

 相手がなんであれ男子として想いを告げられるのは嬉しいものだ。ここはひとつ誠実に答えねばなるまい。

「――ありがとう。きみの気持ちはとても嬉しい」

 居住まいを正して切り出した僕の言葉に、期待からかどんぶりが揺れおつゆがこぼれかかる。

「じゃあ、受けて下さる……」

「いや、それはできない」

 先走るうどんを制する僕。

 どんぶりの揺れは一層激しくなり、ビシャビシャとおつゆが跳ね、こぼれてしまう。

「わたし……わたしがうどんだからですか?」

「それもあるけど……僕は、僕はね」

 昂るうどんに僕は意識して落ち着いた声音で伝える。

「――は好きじゃないんだ」

 背景バックが一転しキラキラと光を乱反射させ、シューマンのピアノ協奏曲イ短調作品五十四が流れているかのように錯覚する中、僕は言葉を続けた。

「僕が好きなのはね、うどんなんだ」

 ガァーンとどっかでショック音が鳴った気がしたかと思えば、どんぶりにピシリとが。

「そんな……そんなぁっっっっっっ」

「――お揚げよりっ、揚げ玉の方が好きなんだよぉぉぉぉっ」

 きつねうどんと僕の絶叫が重なる。

 絶句するきつねうどんと呼吸いきの荒い僕の間に生まれるつかの間の静寂。

「……だから、僕は君とは付き合えない。ごめんなさい」

 そう言って沈黙を破り頭を下げたあと、どんぶりの横を通り過ぎていく僕。

 後ろから耳に届く、絶望に満ちたきつねうどんの慟哭。

 振り返らず立ち去りながら心の中で思う。

 ――せめて君がかけうどんだったなら、あるいは……。やめよう、フッた男の感傷なんてカッコつけが過ぎる。

 カッコつけついでに今夜はつけ麺にしようか? そう考える僕だった。


 夕飯を食べに行ったラーメン屋でイケ面とつけ麺のもめごとに巻き込まれたのは、また別のお話。

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