第7話 ロイと小羊

 家に戻ると小羊を抱いたテオが食卓の席についていた。

 小羊は具合が良くなったのか、心地良さそうにテオに抱かれている。

 本当にちっこいよなぁ。両手に乗るくらいの大きさしかない。

 あいつらが探していた羊って、本当にコイツなのかな? 魔貴族様がわざわざ探すほどの危険性は感じないのだが。

 しかも。


「メェ、メェ……」


 弱々しいが、どこかせがむような声音を漏らす。

 テオは頷いて、ユーリお手製のスープを飲ませてやる。

 鶏のエキスたっぷりのスープを飲んでいる。ふーむ、魔羊は草食の筈なんだかな。こいつは雑食なのか。

 少し遅れて俺の存在に気づいたのか、テオが神妙な顔で尋ねてきた。


「何か厄介な客がここに来たんだって?」

「ああ、魔物のお客さんが来た」

「魔物が?」

「オーク二頭だ。そこの小羊のことを探していたみたいだ」

「教えたのか?」

「教えるわけないだろ。 その小羊のことを殺そうとしていたみたいだからな」


 俺の言葉にビクッと震える小羊。

 こっちの言っていることが分かるのか? 

その小羊と目が合った。目の色はまるでルビーのような赤だ。


「――」



 一瞬。

 耳鳴りがしたと同時に、頭の中に先代魔王の顔が思い浮かんだ。

 そして、奴とのやり取りを思い出す。


『これが最近生まれた私の子です』

『お前の子供?』

『ご覧の通りあまりにも脆弱な子です。魔王の子がこれでは示しが付きません。主様、どうかこの子をお助けください』

 

 雑音混じりの耳鳴りが遠のき、頭の中に浮かんだ魔王の姿も掻き消える。

 一体、何だったんだ? 

 何故、そこの小羊と目が合った瞬間、奴の顔、そして会話を思い出したんだ? 


「メェェェ、メェェェ、メェェェ」


 小羊は俺と目が合った瞬間テオの胸に顔を埋め震えて鳴きはじめた。

 え!?

 俺が魔物に恐れられている!?


「おいおい、どうしたんだよ? あのおじさんが怖いのか?」

「メェ」

「珍しいな。ロイは魔物に懐かれる方なんだけどな」

「……」



 俺は何とも言えない複雑な気持ちになる。

 確かに殆どの魔物は俺に懐くのだが、時々、異様に俺を恐れる奴がいるんだよな。

 何となく俺が保有する膨大な魔力を感じ取っているのかもしれんな。

  

「ロイ、お疲れ様」


 ユーリは労いの声をかけ、ニコリと笑って俺にスープを出してくれる。

 妻の笑顔で俺の心は一瞬で癒やされた。

 そして温かいスープを一口飲んで、さらに癒やされる。いつだってユーリが作るスープは絶品だ。

 小羊も気に入ってるのか、スープを口にする度に尻尾を振っている。

 テオはスープを飲んで幸せそうな顔をする小羊に笑いかけてから、俺に尋ねてきた。


「今日から俺の家に泊まっていくんだろ?」

「ああ、世話になる」


 初日は温泉宿に泊まったが、今夜からはテオの家に泊まらせて貰うことになっている。

 テオの家はここのログハウス以外にも、もう一つログハウスがある。

 元々はテオの育ての親である魔物使いの爺さんが住んでいた家だが、爺さんが亡くなってからは空き家になっている。

 テオは定期的に爺さんが住んでいたログハウスを掃除しているので、いつでも客人が泊まれるようになっていた。

 ここで寝泊まりした方がユーリも心置きなく勉強出来るからな。


「まぁ、こっちもユーリちゃんにご飯を作って貰っているしな。お互い持ちつ持たれつだ」

「ただで泊めて貰っているし、今日みたいな怪しい客が来たら追っ払うぐらいのことはしてやるよ」

「それくらい、俺でも出来るけどな」

「お前は羊の面倒で手一杯だろ? そいつは今、お前が頼りなんだからさ」


 やっぱり俺の言葉を理解しているのだろうか?

 小羊は恐る恐る俺の方を見た。

 目が合うと、びくんと身体を震わせすぐにテオの胸に顔を埋め震え始めたけど。

 やっぱり俺のことは怖いみたいだが、人間の言葉は理解出来るみたいだな。

 テオはそんな小羊を安心させるよう、やさしく背中を叩いた。


「俺が助けなかったらこの子は死んでいただろうから、このまま黙っていれば向こうも死んだと思って、諦めてくれるんじゃないのかな?」

「だといいけどな。まぁ、ユーリが魔物使いの勉強をしている間は、俺も用心棒としてここにいるから」

「ありがとな、ロイ。頼りにしているぜ」


 そう言ってニカッと笑うテオ。

 弟のような奴に、頼りにしているって言われると悪い気はしないな。 

 テオは小羊が飲み終えたスープの器を片付けるユーリの方を見た。


「ユーリ君、勉強も程々にな。今日はもうゆっくり休むんだぞ」

「うん、そうするよ」

「ロイ、今日は子作りすんなよ。ユーリ君も疲れているんだから」

「その言い方止めろ!!」


 テオは幼少の頃、自分が魔物だと思って育っていたせいか、わりとこういうことを平気で言ってしまう。

 元カノだったイリナもテオのそういう部分が嫌だったのかもしれない。 

 まぁ、だからといって、散々貢がせておきながら、あっさりテオを捨てていい理由にはならないが。

 仮に新たな彼女と出会って上手くいきそうになっても、無頓着な言動で引かれる可能性が高いよなぁ。

 テオの生い立ちも含め、そういった性格も理解がある女性と出会えたらいいんだけどな。

 そんなテオを小さな魔羊はじーっと見詰めているのであった。




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前世がアレだったB級冒険者のおっさんは、勇者に追放された雑用係と暮らすことになりました~今更仲間を返せと言われても返さない~ 秋作 @nanokano

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