第6話 小羊の追っ手

「飼っていなくても、見ていないか? 小さくて毛の色がピンク色なのだが」


 毛の色がピンク色の小さな羊? 

 俺は一瞬だけユーリと目を合わせてから、衛兵に向かって首を傾げてみせた。

 

「そんな魔羊いるのか? この辺じゃ見ないが」

「いや……知らないのならいい」


 明らかにあの魔羊のことを探しているな。

 魔犬達は威嚇の唸り声を洩らしている。

 あいつらなりに、こいつらから殺気を感じているみたいだ。


「……その魔羊が何かしたのか?」

「王国に害をなす魔物だ。早急に始末しないといけない」


 あんな小さな羊が王国に害?

 そんな力があるとは思えないが……詳しい話を聞き出す必要があるな。


「具体的にどんな害をなすんだ?」

「そんなことは知らなくて良い」

「何故だ? 病原菌の魔物だったら、こっちも注意しなきゃだし。それともその羊に会うと何か祟られるのか? とにかく詳しい事情を話してくれ。訳も分からず、あんたらに協力なんか出来ない」

「「うるさいっっっ!!」」


 俺の質問攻めにイラッときたのか。衛兵二人は同時に怒鳴り、深く被っていた兜を脱ぎ捨てた。兜の下は人間ではなく大きな口と鋭い牙、平たい鼻が特徴の魔物、オークだった。

 身長は恐らく二メートル以上、筋肉は隆々としていて肌は緑色だ。鋭い牙、赤い目はギラギラと光っている。

 言葉を喋れるので魔物としては知能が高い方だ。


「非協力的な者には制裁を」

「我らに楯突いたこと思い知るが良い!!」


 あーあ、怒っているな。 別に協力しないって言ってるわけじゃないのだが。

 詳しい事情を話してくれれば協力するのに、よほど勘ぐられたくない事情を抱えているわけだな。

 俺は右拳を左掌に叩き込んでから軽い口調で言った。

 

「ユーリ、ちょっと片付けてくるわ」

「僕は手伝わなくて良い?」

「ユーリは夕食の準備をしておいてくれ」


 妻にそう告げてから、俺は外に出てドアを閉めた。

 オーク達はニヤニヤ笑ってこちらを見下ろす。

 そして片方のオークが大きな手で俺の頭をポンポンと叩き、おちょくるように言って来た。


「どこの冒険者か分からんが身の程知らずだな。我らは何人もの冒険者を血祭りに――」


 ドグッッ!!


 俺は頭を叩いてきたオークの腹に軽く拳をお見舞いした。

 見事に吹っ飛んだ巨体は仰向けの状態で落下した。そのまま白目を剥いて気を失った仲間を見て目を丸くするもう一人のオーク。


「血祭りがどうしたって?」

「………………」



◇・◇・◇


 五分後――


「つまり、お前等自身も魔羊を探せと命じられただけで、何も知らないわけだな?」

「そうです。お役に立てずにすみません」


 俺は気絶していないオークを正座させ、詳しい事情を聞き出そうと思ったのだが、下っ端中の下っ端であるこいつは、本当に何も知らされていないようだった。

 ただ危険な魔羊なのですぐに始末するように命じられていたのだという。


「お前等に命令した奴はどこのどいつだ」

「その名を言ったらさすがのお前も命がなくなる」

「何だ、魔王か何かか?」

「あっさり、上の上の名前出すんじゃねえ!! お前は馬鹿なのか!?」


 顔を真っ青にするオークに、俺はやれやれと肩を竦める。

 上の上、ということは、魔王の部下に命令されたってことだな。

 魔将軍……いや魔貴族って可能性が高いが、俺が知っている奴は今も生きているののだろうか?

 魔族は長生きだからなぁ。

 前世の知り合いもまだ生きている可能性は充分にあるが、俺も記憶が曖昧だからな。なかなか名前が思い出せないな。


「とにかく勿体ぶってないでお前等に命令した奴の名前を言え」

「……お、俺達の主はベルドール公爵様だ」

「ベルドール?」


 俺は首をひねる。

 名前を聞いたらピンとくると思ったんだがな。

 多分、前世でも知らない奴だった可能性が高い。

 俺の薄い反応にオークは苛立ったような口調で言った。


「く……お前等人間は知らないだろうよ。魔王様の腹心であり王弟殿下でもあらせられるお方だ。たったの一人で魔王領に攻めてきた人間の軍勢を一掃したとんでもない方なのだぞ」

「ソレハスゴイデスネ」

「なんでいきなり片言になるんだよ!? 俺が言っていること信じていないだろ!?」

「……」


 俺が思わず片言になったのは、経歴を聞いても何も思い出せなかったからだ。

 人間側も魔族の大陸を攻めた時代があったのか。

 前世ではそういう出来事は記憶していないけど、俺がこの世から消えた後の話か? 

 ……単に俺が忘れているだけかもしれんが。

 魔族の領土を攻めてきた人間の軍勢を守ったのが、ベルドールだったわけだな。


 現魔王の弟ってことは、ネゼルの息子ってことだよな。

 先代魔王の息子で把握できているのは第三王子までだったな。第三王子が生まれるまでに、何人もの娘も生まれていたりするし。最初は祝いの言葉も言っていた気がしたが、途中からどうでも良くなっちまった。

 

「と、とにかく、ベルドール様を怒らせたくなかったら、俺達に協力しろ!!」

「協力しろ、だと?」

「あ……いえ、お願いします。どうか協力してください」


 オークは顔面を蒼白にして俺に向かって深々と頭を下げた。

 そうそう、最初からそういう態度だったら話し合いですんでいたのにな。

 

「分かった、分かった。羊を見かけたらお前等に知らせるから。ただし、今度来る時は礼儀正しくな?」

「はい…………」


 オークはしゅんとして頷いた。

 ま、多分しばらく俺達の元には来ないだろうな。

 もっと強い仲間を連れて報復する可能性もあるが、いつでも相手になってやるさ。

 ただ、あいつらが自分より小さい人間に一撃でやられた、と仲間に報告出来るかどうかだけどな。

 

 それにしても何故、ベルドール様とやらは、あのちっこい羊を探しているのだろうか?

 気絶している仲間を背負い、とぼとぼ帰って行くオークの後ろ姿を見ながら俺は考える。

 ふと視線を感じたので、そばにある木を見上げるとそこには真っ黒な梟がとまっていた。

 ダークオウル――鳥属の魔物の一種だ。

 ダークオウルは黄色くてまん丸い目でじっと俺を見ている。


「ちょっと来てくれるか?」


 俺が声をかけると、ダークオウルはこっちに飛んできて俺の指にとまった。

 掌サイズの小さな梟は嬉しそうに俺の方を見ている。


「あのオーク達の行き先が知りたい。尾行を頼めるか?」


 俺の言葉にダークオウルはこくっと頷いてから、オーク達の後を追うべく飛び立った。

 一応、あいつらの親玉の居場所を突き止めておかないとな。

 もし目的があの小羊だとしたらテオも巻き込まれる可能性がある。

 テオ自身、SS級の冒険者だから、雑魚相手ならやられはしないが、魔族の王族や貴族達がからんできたらそう簡単には勝てないだろう。

 とりあえず状況を把握しておかないとな。




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