第5話 小さな羊

 翌日。

 前回は乗り合いの馬車で訪れたが、今回はブルードに乗ってテオの家を訪れた。

 子供とはいえ、ドラゴンの飛行速度はかなりのものだ。

 十分もしないうちに着いちまった。

 ドアの前には一枚の張り紙が貼ってあった。


 【魔犬達と海に行っている】


 どうやら魔犬達を散歩に連れて行っているようだ。

 家から十分程歩いた場所にある海岸もテオの私有地だ。

 元々は小さな小屋で、テオは養父のじいさんと二人暮らしだった。

 けれども魔物使いとしてベルギオンで試合料や賞金を稼ぎまくった結果、自分の家、じいさんの家、広大な庭、そしてプライベートビーチまで持てるようになったのだから大したもんだ。

 俺達がさっそく近くの海岸に行くと、テオが魔犬達と共にボール投げをしていた。

 テオがボールを投げると、魔犬達は目を輝かせボールを追いかける。

 一匹の魔犬がボールを咥えて戻ってくると、他の魔犬達も戻って来る。


 マタ投ゲテ。マタ投ゲテ。

 今度コソ、ボクガトルゾー。

 早ク、早ク。 ボール追イカケタイ!!


 魔犬達はみんな目を輝かせてテオが持っているボールを見詰めている。

 テオがもう一度投げると魔犬達は再びボールを追いかけていった。


「楽しそうだな」

「ああ、ボール投げが一番好きなんだよな。暑くなったらそこの海で泳ぐ奴もいるし」


 しかしまだ子犬である二匹の魔犬たちは、ボール投げはせず渚ではしゃいでいた。

 そんな感じで何度かボール投げを繰り返していた時、さっきまで遊んでいた子犬達が何かを見つけたようだった。

 他の魔犬達もボール投げを中断し、何かを嗅いでいる子犬の元へ集まる。

 俺達も気になったので魔犬達が集まる場所にいく。

 魔犬達は興味津々といった感じで、浜辺に打ち上げられたそれを見詰めていた。


 クンクン、イイ匂イ。

 デモ食ベ物チガウ

 ボク、コノ子スキー。

 怪我シテル 可哀想



 見て見るとそこにはふわふわの毛玉が落ちていた。

 いや、よくよくみると羊特有のアモン角が生えている。

 毛は淡いピンク色……両手に乗るほどの大きさの小さな小さな羊だ。

 モコモコな毛の中に埋もれているが首の部分に黒いリボンと雫形の魔石のチョーカーを身に付けている。

 羊属の魔物……魔羊の一種か?

 怪我をしているのか、背中の部分の毛が真っ赤に染まっていた。

 かなり衰弱しているようでぐったりとしている。


「大変だ……っっ!!」


 テオは魔羊に駆け寄り抱き上げると、羊の身体に手をかざす。治癒魔法をかけ傷口をふさぐ。しかし顔色が良くならない。


「酷いな……悪い毒が刃に仕込まれていたみたいだな。可哀想に。苦しいよな」


 テオは羊の頭を撫でて優しく声をかける。

 ユーリも治癒魔法をかけてみるが、羊は苦しそうな呼吸を繰り返していた。


「家に戻って解毒剤をのませよう。それからじゃないと治癒魔法をかけても意味がない」


 テオは、さっそく連れて帰った羊を二階にある寝室のベッドの上に寝かせた。

 直ぐさま棚から薬を取り出し、スプーン一杯の薬を瓶から掬った。

 魔物用に調合したテオ特性の薬だ。

 羊はスプーンの薬をこくこくと飲んだ。

  

「メェ……」


 小羊がかすかに鳴いたのを聞いて、テオはホッと胸をなで下ろす。


「一度飲んだだけじゃ完全に解毒できないからな。まだ毒が体内に残っているだろうから、ちょっとずつ追加の薬を飲むようにしておかないとな」


 ピンク色の毛の羊はブルブルと小さな身体を震わせていた。

 テオはふかふかの背中を撫でながら言った。

 

「体温が下がっているな。温めてやらないと。俺はもう少しこの子のそばにいるよ。お前等は適当に本でも読んで勉強しとけよ。分からないことがあったら聞いて来い。教えてやるから」

「ああ、お前こそ何か手伝うことがあれば言えよ?」



 俺とユーリは頷いて部屋を出て行くことに。

 テオは服を脱いで上半身は裸の状態になり羊を優しく抱き寄せた。

 人肌で温めてやるのが一番なのだろうな。

 あいつは魔物のことになると、本当に一生懸命だな。


「テオさんに何か食事を作った方がいいかな?」

「そうだな。多分、今は手が離せないだろうから」



 ユーリは収納玉から食材を取り出し、野菜スープを作ることに。

 俺は魔犬達に餌をあげることにした。

 テオお手製の魔犬用の餌は棚においてある。以前ここに遊びにきた時 教えて貰ったのだ。


 今日ハ、オ前エサクレルノカ?

 オ前、イイ奴。

 エサ、イッパイクレ。

 腹ヘッタ、腹ヘッタ


 俺は魔犬達に「待て」と言った。

 すると魔犬達はおすわりをして、きちんと待つ。

 俺は全員分の餌皿に餌を入れ終えると「よし」と号令をだす。

 魔犬達はそろって餌を食べ始めた。

 よしよし、よく訓練されているな。

 魔犬達の餌やりが終わった後、俺もユーリの料理を手伝うことにした。

 テオがいつでも食事できるようにしておかないとな。



 その日、俺とユーリは魔物使いの勉強をしながら日中を過ごしていた。

 俺は魔物使いじゃないが、魔物の言葉は分かるからな。書物に書いていない細かい発音の違いとかはユーリに教えたりしていた。

 そして日が傾き書けた頃、玄関の戸を叩く音がした。

 ユーリと顔を見合わせてから、俺が玄関を開けるとそこには騎士らしき人物が二人立っていた。

 アルニード王国の衛兵の鎧を纏っている。ここに何か用なのだろうか?


「アルニード王国 保安部隊だ。突然ですまないが少し尋ねたいことがある」

「俺は留守番の者だから家の詳しい事情は分からないが、何かあったのか?」


 保安部隊……ふむ、この国では国内の治安を守る部隊があるみたいだな。

 ただ、この二人、衛兵の鎧が身体と合っていないな。

 二人共体格がよすぎて既製の鎧が合わないのか? 

 顔を覆う兜の下から、一瞬唸り声のような声が聞こえた。。


「ここでは魔羊は飼っていないか?」

「いや……ご覧の通りここには魔犬しかいないからな」


 俺は部屋の中を衛兵達に見せる。

 さっきまで無邪気な目で俺達を見ていた魔犬達の目が鋭くなる。


 コイツ嫌ナ匂イスル。

 ホントダ。良イ匂いジャナイ。

 ウー、僕、コノ人達キライー。


 

「飼っていなくても、見ていないか? 小さくて毛の色がピンク色なのだが」





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