第4話 ナギの宿②

 俺達はナギの宿の周辺を散策することに。

 灯籠に照らされた石畳の道を歩いた先、プネリの街並みが見える高台がある。

 そこに設置されているベンチに


座ってゆっくり夜景を眺めることにした。


「なんか信じられないなぁ……こんなにのんびり出来るのって」


 優しく吹き抜ける風に心地よさを感じているのか、目を閉じるユーリ。

 俺はそんなユーリの肩に手を置いた。


「ユーリの場合、勇者と一緒にいた時の方が普通じゃなかったんだよ。働いたらこういった時間も必要だ」

「うん。のんびり出来る時間をロイと一緒に過ごせるのが嬉しい」

「……」


 俺の方こそ、何気なく呟く君の言葉がどんなに嬉しいか。

 思わずユーリの肩に手を回し、自分の方へ抱き寄せた。

 

「……!」


 

 ユーリはびっくりしたように目を丸くしてから、頬を紅潮させて俺を見上げている。

 普段、外ではこんなことしないからな。旅行先だからか、いつもより気分が浮ついているのかもしれん。

 ふと見るとユーリのユカタの胸元が緩んでいているのに気づいた……まずい! このままでは胸の谷間が見えちまう。

 他の奴らに見られたら大変だ。

 何より俺が大変なことになりそうなので、慌てて彼女のユカタの胸元を整えた。


「あ……ごめん。ユカタって着るの難しいね」

「いや、動いたりしたらこうなるからな」

「ロイの襟も直しておくね」


 おわっ!? 俺の胸元も緩んでいるじゃねぇか。んっとに着るの難しいな。この衣装は。

 襟を整えてくれるユーリからほのかな花の匂いがした。

 ただでさえ気持ちが浮ついているのに……この匂いは俺の理性を容赦なく突き崩してくる。

 思わず彼女の赤い唇や、白い首筋に目がいってしまう。

 く……落ち着け。俺。

 自分でも顔が熱くなっているのが分かる。ユーリにはバレてないよな? 顔が火照っているの。

 俺はわざと手で顔を扇ぎながら言った。


「あー、何か暑くなってきたな。汗も掻いたし部屋に戻って温泉にでも入るか」

「そうだね。景色を見ながら温泉はいるの楽しみだよ」


 ◇・◇・◇  



 この宿は全ての部屋に露天風呂がついている。

 テラスには乳白色の温泉の湯がはってある露天風呂があり、そこからプネリの夜景を見られるのだ。

 家よりも広い湯船、足を伸ばしてゆったり入れるから俺も楽しみだ。



 部屋に戻った俺はさっそく脱衣所へ。

 おお、明るく広々としているな。

 引き戸をあけると、そこは露天風呂。格子越し


「よし、さっそく入るか」


 いても立ってもいられずに、さっそくユカタを脱いだ。

 そこにユーリも脱衣所に入ってくる。


「ロイ、一緒に入っても良い?」

「あ、ああ。もちろん」


 ……そ、そうだった。

 自宅の風呂は狭いから普段順番に入っていたから、すっかり忘れていたのだが、幻影城の時のように風呂場が広かったら一緒に入ればいいんだよな。

 幻影城の時のことを思い出した俺は、何だかそわそわした気持ちになってきた。

 一方ユーリは俺の胸……胸というか胸筋をじっと見ている。


「ん……? どうした、ユーリ」

「う……うん。ロイって、背筋も綺麗だよね」


 どうもユーリは筋肉が好きみたいだな。まぁ、何度褒められても嬉しいものだけどな。

 この先冒険者を引退したとしても、身体を鍛えることだけは怠らないようにしたい。

 自分の身体を鏡でチェックしながら俺は、次はどこを鍛えようか考える。

 その横でユーリも服を脱ぎ始めた。

 彼女が全裸になったので、俺はさりげなく視線をずらす。

 さっきから気持ちが高ぶっているからな。

 まともに見たらまずいことになる。

 さっきからユーリの身体からはほのかな花の匂いがするので、俺の理性はグラグラなのだ。

 夫婦だから、そりゃ本能に従っても何の問題はない。

 しかし、俺としては温泉にゆっくり浸かって、食事もすませて、歯も磨いて、あとは寝るだけの時が頃合いだと思うのだ。

 現に今まではそうしてきたわけで……ユーリだっていきなり迫られたら吃驚するだろう。

 俺は密かに何度か深呼吸をしてから、洗い場の椅子に座る。

 ユーリは俺の後ろにやってきて言った。


「ロイ、背中流すね」


 そう言ってにっこりと笑う妻の笑顔の可愛さに、危うく理性が崩壊しそうになった。

 俺はわざと咳払いをしてからユーリに言った。

 

「ユーリ、君は無防備な所があるよな」

「僕達夫婦だよ? 防備する必要ないじゃない」

「い……いや、そうなんだがな」


 ユーリは俺の背中をタオルで擦りつつ、時々背中に触れてくる。

 どうも俺の背筋を触りたくて仕方がなかったみたいだ。

 背筋の筋とか、硬さとか確認するかのように触れてくる。


「ロイは凄いよね。どうやったらこんな背筋がつくの?」

「ユーリも背筋を鍛えたいのか?」

「うん。ロイ程凄くなくてもいいんだけど、背中は鍛えたいかな」


 妻の視線、それから背中を触る指の感触。

 鍛え上げた肉体を褒めてくれるのは嬉しいし、触ってくれるのも嬉しい。

 嬉しいのだが、胸が高鳴ってしょうがない。

 俺は今、修行僧のように背筋を伸ばし、微動だにせずに端座している。

 

 ――君は全然分かっていない。俺は君が思っているほど紳士的でもなんでもない。

 

 ユーリが自分の身体を洗い始めたので、俺もまた彼女の背中を洗う。柔らかい肌だから柔らかいタオルで優しく洗うようにする。

 とりあえず本能の人にならないよう、目を逸らそうとすると。


「ロイ、もう少し強く擦っても大丈夫だよ?」


 ユーリが振り返り俺の顔を覗き込む。

 か……顔が近い。

 

「なぁ、ユーリ。俺は夫婦とはいえ多少は防備した方がいいと思うんだ」

「どうして? ロイが僕を攻撃するわけじゃないのに」

「色んな意味で攻めちまうかもしれんだろ」

「僕はロイにだったら何をされてもいいけど?」


 そう言って小首を傾げてくる妻に、俺の理性はあっけなく崩壊した。

 俺は後ろから彼女を抱きしめる。


「ろ……ロイ!?」

「今の言葉、後悔してももう遅い」

「ちょっと、ロイ、どうしたの? いきなり」


 どうしたもこうしたもねぇよ! 

 そんな無防備な姿で、何をされてもいいって言われて、何もしない程俺は聖人じゃねぇよ! 


 ここから先は自主規制により描写を差し控えることにする。

 最終的にはちゃんと身体を洗ってから、ゆったりと風呂につかったからな。

 露天風呂から見た夜景は最高に綺麗だったぜ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る