第3話 ナギの宿①

 プネリ温泉街。


 土産物屋や温泉宿が建ち並ぶこの場所は、飛空生物が離着陸する広場からだと、徒歩十分の場所にある。

 その中でも特に大きな温泉宿 『ナギの宿』

 東国の建築様式で立てられたその温泉宿は、ユカタという民族衣装貸してくれることで有名だ。

 入り口は広いロビーで、東国の民族衣装を着た女性従業員が出迎えてくれる。

 案内された部屋は海が見える個室だ。

 広々としたベッド、床は東国ではタタミと呼ばれていて靴を脱いで上がるものらしい。


 低めのベッドの上には服が置いてあった。

 おお、これがユカタって奴か。

 エルフ族の手により癒やしの綿で作られたユカタは、着ているだけで体力と魔力が少しずつ回復してゆく優れものだ。



「ロイ、どうかな?」


 軽くシャワーを浴びてからユカタを着てみたユーリは頬を染めて俺の方をじっと見る。

 新たな妻の魅力を目の当たりにし、思わず見惚れてしまった。

 ユカタの色は青い薄紫色の生地に青い花が描かれているからか、ユーリの瞳の色とよく合っている。


「よく似合っているよ、ユーリ」

「ロイも似合っているね」


 対する俺は紺の無地だ。似合わないわけじゃないが、顔が地味だからユーリのような華やかさはないんだよなぁ。

 でもユーリは目をキラキラさせて俺に言う。


「この衣だとロイの逞しさがよく分かるよ」

「お、おう。そうか」

 

 鍛え上げた身体には自信がある。

 でもユーリくらいだぜ、俺の肉体美を褒めてくれるのは。

 この国はどうか知らんが、エトワース王国の女性はどっちかというと線の細い男を好んでいたからなぁ。

 ニックや勇者もある程度は鍛えているだろうから筋肉質ではあるけど、全体的には細身なんだよな。

 俺はごついとまではいかないが、あの二人に比べるとがっしりした方だとは思う。

 何にしても妻さえ褒めてくれるのであれば、それでいいけどな。


 ◇・◇・◇


 宿の中庭は広く、そこには沢山の出店がでていた。

 弓矢で的を当てるゲームもある。

 真ん中を五回当てたら豪華賞品が貰えるらしいので、俺とユーリは挑戦してみることに。

 

「じゃあ、お嬢さん。あの的に当ててみてね」


 店主が指さす方向にある的は、射距離が二十八……いや三十メートルくらいか?

 こりゃ弓の経験がないと難しいな。

 ユーリは多少弓の経験があるのか、構えは様になっている。ひゅっと弦を放つと、矢は中心に当たる。

 おお、一発で当てた!?  

 直ぐさま二回目も中心に当て周囲にいた客達も「おおっ!」と声を上げ、拍手を送る。

 そして三回目。

 

「あー、ちょっとズレちゃった」


 矢は中心より少しズレて刺さっていた。

 五回連続はなかなか難しいよなぁ。

 だけど二回連続で当てたとのことで、小さなクマの縫いぐるみを貰った。

 嬉しそうに縫いぐるみをきゅっと抱きしめるユーリ。

 改めて思う。

 こんな可愛い娘が俺の嫁さんってのが未だに信じられん。

 

「次はロイの番だね」


 そう言って笑いかけてくる笑顔にドキッとしてしまう……妙に視線を感じたので周辺を見回すと、他の野郎までユーリの笑顔に見入っていた。

 言っとくけど人妻だからな、人妻。

 俺はユーリにやらしい視線を向けている野郎共に密かに舌打ちしながら、弓を構え矢を放つ。

 放たれた矢は光に覆われ光速で的を貫く。

 あー、的の中心に穴があいちまったな。

 気のせいかギャラリーがドン引きしているような気がするが、まぁかまわず二発目、三発目、四発目を放つ。

 いずれも光速で穴があいた的を通った。

 ユーリが拍手をすると、呆気にとられていたギャラリーも遅れて拍手をしてきた。


「すげぇ、矢が見えなかったぞ?」

「弓矢使いの冒険者か!?」


 いつになく注目を浴びて、少し居心地が悪いものの、ユーリが目を輝かせてこっちを見ているから、ここは良い所を見せたい。

 俺は五回目の矢を放った。


「「「おおお――!!」」」


 五度目の矢が中心の穴を抜けていった瞬間、ギャラリー達は声を上げ拍手を送った。

 店主も大きな拍手を送ってから、いそいそと露店の裏手から何かを持ってきた。

 

「商品は防具屋一押しの最強装備"クマさんの着ぐるみ強化版"です」

「………………」

「こちらのクマの着ぐるみ、改良に改良を重ねて前作の着ぐるみより肉球の耐久性があがりました。そして後ろのボタンは暑い国でも寒い国でも快適に着られるよう空調魔石が取り付けられております!!」

「いらない」

「…………いらない、ですか?」


 そんなうるうるした目で俺を見るな!!

 何なんだよ、どうしてクマの着ぐるみがからむと皆そんなに熱心になるんだよ。

 店主の熱意(?)に負けて、不本意ながら収納玉に入ったクマの着ぐるみを受け取ることに。

 ベルギオンで買ったクマの着ぐるみは家に置いていったのに、また手に入れる羽目になるとは。何なんだよ、まったく。

 収納玉をじーと見て眉を寄せる俺の肩をユーリはとんとんと叩く。


「ロイ、次はどこにいく?」


 楽しそうな笑顔を浮かべるユーリに俺は再びドキッとする。

 ま……まぁ、クマの着ぐるみは置いておいて、ユーリが楽しそうにしてくれるのが一番だよな。

 俺は収納玉を豊の袂に入れると、ユーリと共に温泉宿の周辺を散歩することにしたのだった。


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