第2話 テオの元恋人
「……えーと、勇者ってヴァンロスト=レインのことか?」
「ああ、そうだよ。魔王を退治する為に旅に出ているあいつだ」
俺とユーリは顔を見合わせる。
確か勇者の仲間の中に一人いたよな? 魔法使いの少女が。
ユーリが恐る恐る尋ねる。
「その娘ってイリナって名前じゃなかった?」
「そうそう。イリナだよ。イリナ。何、彼女のこと知っているのか?」
身を乗り出して尋ねてくるテオ。
俺は複雑な表情で尋ねる。
「その、イリナのことを忘れられないのか?」
「いや……もうとっくに吹っ切れてんだけど。ただ、元気にしているのかなって」
「いい加減、忘れた方がいい。ユーリが勇者の仲間だった時、さんざん嘲笑っていた上に、こき使っていたような女だ」
「……」
思い当たる節があるのかテオは何も言い返せなかった。
俺が爆破魔法で瀕死状態にした……とは言わない方がいいよな。一応元恋人だし、少し情が残っているみたいだし。
テオはテーブルに額をくっつけて、溜息交じりに言った。
「分かってんだよぉ、俺も嫌な女に引っかかったってことぐらい……」
きっと付き合っていた頃は、イリナの悪い所は全く見えていなかったのだろうな。
捨てられて初めて目が覚めたのかもしれない。
テオ自身、あんまり見返りを求めないタイプだから、いいように使われていても気づいていなかったんだろうな。
酷い女だと分かった後も、初めて結婚まで考えた女となると、完全には吹っ切れないのかもしれないな。
「あーあ、新しい出遭いが欲しい。俺も可愛い嫁さんと二人でイチャイチャしながら暮らしたい」
「俺達はイチャイチャしながら暮らしているつもりはないぞ」
「はいはいはい、新婚は皆そう言うんだよな。言っとくけど、お前等甘い空気がダダ漏れだぞ?」
茶化すように言ってくるテオに、俺とユーリは顔が赤くなる。
そんなに雰囲気が違うのか?
こっちは結婚する前も、結婚後もそんなに変わった感じはしないんだけど。
唯一違うといえば……まぁ……アレだ。
夜の過ごし方が変わったくらいだな、うん。
テオはいかにも純朴な田舎の青年という印象だ。
しかもあまり恋愛体質ではない。魔物の世話のことしか頭にないから、結婚願望があるとはまったく思わなかった。
でもまぁ、あのイリナって女とくっつかなくて良かった。
お人好しのテオが奴隷のようにこき使われる光景しか思い浮かばない。
こいつにはもっといい女と結婚してもらいたい。
テオを一途に愛してくれるもっといい女と。
◇・◇・◇
「はい。まずはこれ読んでね」
テオは本棚からいくつか分厚い本を取り出してユーリの前に置いた。
机に積み重ねられたのは、魔物言語辞書と書かれた分厚い本が七冊。
魔物の言語と人間語訳が書かれた本だ。
竜属、犬属、猫属、虫属、魚属や植物属など、モンスターの種属は他にもあるのだが、人間とふれ合える魔物は上記の六種類。
魔物使いになるにはこの六冊の辞書の内容を全部覚えなければならない。
ユーリは臆することなく、淡々と辞書を読み始める。
しかも頁をめくるスピードが速い。
速読の技でも持っているのかな。
三十分もかからない内に辞書を一冊読み終える。そして次の辞書を読み始める。
「凄いな、そういやさっきユーリちゃんは勇者の元仲間だったって言っていたよな?」
「ああ、元々勇者のパーティーにいたんだ。追い出されちまったんだけどな」
「ユーリちゃんもあのクズの犠牲者か。しかもイリナにまでこき使われて……でも何で追い出したんだろ? どう考えても、イリナより才能あると思うけどな」
「戦った現場を見たわけじゃないのに分かるのか? ?」
「分かるさ。魔犬は強い人間に懐きやすいからな。あいつらはイリナには全然懐かなかったよ」
その魔犬達はさっきからユーリの側で尻尾を振っている……こいつらがユーリに懐いているのは強さだけじゃない気がするんだよな。
だったら俺の方にも寄ってきてもいい筈なのに、全員ユーリの方ばっかみている。
やっぱ冴えないおっさんより、可愛い娘の方がいいってか?
一冊目の本を読み終えたユーリは、次の本に手を伸ばす。
夢中になって魔物関連の本を読んでいるな。
勇者と共に旅をしていた時は、こういった勉強も儘ならなかっただろうから、思う存分打ち込んでほしい。
夕方――――
「そっか、君はボンレスって言うんだ? ん? この名前、気に入ってないんだ? テオ、この子名前が気に入らないみたいだよ?」
「おう、そうか。じゃあゴンザレスはどうだ?」
「却下、と言ってる」
「何だとぉ? お前、ユーリに抱っこされているからって、偉そうな態度をとってんじゃねぇよ」
ユーリに抱っこされている子犬は、テオの言葉にツーンとそっぽを向く。
すっかり魔犬の言語をマスターした今、他の魔犬達もクーン、クーンと甘えるようにユーリに声をかけてくる。
「すげぇな。半日もしない内に、魔物の言語を覚えるなんてよ。本当に何で勇者のパーティー、クビになったのか不思議で仕方がないぜ」
「勇者にとって僕は役立たずみたいだったから」
「ホントかよ? 勇者の奴、追い出したこと後悔してんじゃねぇの? 勇者が"役立たずだったお前をもう一度使ってやるから有り難く思え"とか言って誘ってきても、絶対に乗るんじゃねぇぞ」
「……テオ、過去が見える能力でもあるの?」
「いやあの勇者ならそう言いそうだなって思ったんだけど、当たっちまったのかよ!? 相変わらずのクズっぷりなんだな」
テオは鼻に皺をよせ嫌そうな顔をしていた。
もう思い出したくもないんだろうな、あの勇者のことは。
――やっぱ、あん時に消しときゃ良かったかな。
しかし勇者が現れてくれたお陰で、テオがクズ女と結婚せずに済んだと思った方がいいのかもな。
「今日はこの辺にして、また明日来いよ。今日は宿屋に泊まるんだろ?」
「ああ、プネリの温泉街にある宿に泊まろうと思っている」
「新婚さん御用達の宿だな」
ニヤニヤしてこっちを見るな。
べ、別に新婚御用達の宿だからという理由で泊まるわけじゃないわい。
あそこにある乳白色の温泉に入ってみたいのもあるし、部屋付き露天風呂の景色が最高というのもあってだな。
色々心の中で言い訳しつつも俺はユーリと共にテオの家を出た。
◇・◇・◇
「帰りはこいつに乗って行けよ」
テオは収納玉をポケットから取り出し、解放魔法を唱えた。
青白い煙が生じ、その中から現れたのは一頭のドラゴンだ。
青い甲冑のような鱗に覆われたそのドラゴンは、まだ子供なのか以前乗っていたブラックワイバーンよりは小柄だった。
天に向かって放つ咆哮も、子供らしい高い声だ。
蝙蝠のような紺色の翼を広げ、上下に動かすと突風のような風が起こった。
「半年前に卵から生まれたブルードラゴンだ。気性が激しい奴でな。乗りこなせるのは俺しかいない」
「ブルードラゴンなんてよく手懐けられたな。 そもそも乗るもんじゃないだろ、ドラゴンって」
その気性の激しさ、プライドの高さはワイバーンの比ではない。本来は背中に何かを乗せることすら嫌がる生き物なのだ。
テオはブルードラゴンの頭を撫でながら言った。
「育ての親である俺だから乗せてくれるんだ。でも、魔物と心を通わせることが出来るロイだったら乗れると思う」
「こいつ、名前はあるのか?」
「あるよ。ブルードっていうんだ」
ブルードラゴンのブルード……そのまんまだな。
俺が近寄ると、ブルードは最初威嚇するように鼻の皺を寄せていた。
「俺はテオの友達だ。よろしくな、ブルード」
俺がそう言って頭を撫でると、鼻の皺を寄せ険しい顔をしていたブルードラゴンの顔がだんだん柔らかくなった。
ユーリも近寄ってブルードの首の後ろを撫でる。
「きゅううん」
ブルードはドラゴンとは思えない猫なで声を出してユーリに頬ずりをする。
な……何だ、コイツ。
やたらにユーリに懐いているな。
猫みたいな声を出すものだから、俺は耳を澄ましその鳴き声を脳内で翻訳する。
コッチノ人、好キ。イイニオイ。
甘イ花ノ匂イスル。
ああ、ユーリからは時々花のような香りがすることがあるからな。
今はそんなに匂わないのだが、ドラゴンの嗅覚だと匂うのだろうな。もしかして魔犬達が懐いていたのもそのせいか。
ブルードは不意にこちらを見てキューと声を漏らした。
オ前、テオノ友達 良イ奴。
デモ、オッサンノ匂イスル。
……って、おっさんの匂いって何だよ!?
まだ加齢臭はしてねぇぞ、コラ!!
とにかく俺も受け入れられているみたいだが、どうもユーリの方に懐いているみたいだな。
「今回はユーリが手綱を持ってみるか?」
というわけで今回はユーリが手綱を持ち、ブルードラゴンを操縦することになった。
俺は万が一操縦が儘ならない時、すぐに交代できるように彼女の後ろに座った。
ユーリが手綱を引くとブルードは嬉しそうに鳴いて、空へと飛び立つ。
その速さはまだ幼体だというのに、ブラックワイバーンと張り合えるくらいだった。
空から見る黄昏のプネリの景色は、幻想的なまでに美しかった。
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