第12話 これからも頑張ろう


 遠藤さんにバカにされて、小説なんて書かなければよかったって思ったけど、私の作ったキャラクターはどんな逆境でも決して心折れることはなかった。

 なのに作者がくじけちゃダメだよね。それに決して悪いことばかりじゃないって、今証明されたもの。


 私の書く小説なんて独りよがりで、誰の心にも届かないって思っていたけど。渥美くんの心には、ちゃんと届いていたんだ。

 書いたのは、無駄じゃなかったんだ……。


「神谷さん……大丈夫!?」


 急に慌てたような声を出す渥美くん。一瞬、何を焦っているのか分からなかったけど、すぐに自分が涙を流していることに気がついた。


「ごめん。僕、嫌なこと言った?」

「う、ううん違うのっ。これは嫌じゃなくてそのっ、嬉しくって」


 どうしよう。ありがとうって伝えたいのに、嗚咽が混じって上手く喋れない。

 渥美くんは勘違いしてオロオロしてるし、早く泣き止まないといけないのに。

 早く止まってって思うのに、逆に涙はどんどん溢れていく。

 どうしよう、全然コントロールできないよ……。


「──莉奈!」


 焦っていると、突然階段の下から、私を呼ぶ声が聞こえてきた。

 驚いて目を向けると、そこにいたのは……歩?


 彼もまた焦ったような顔をしていて、階段を上がってくる。


「莉奈、大丈夫か!?」

「歩、どうしてここに? というか、大丈夫って何が?」

「クラスの奴らに聞いたぜ。遠藤に酷い事されたって。体育の後片付け頼まれてて教室に戻るのが遅れてたけど、そしたら騒ぎになってるし莉奈はどっか行ったって言うし。片っ端から探し回ってたんだけど……って、お前。泣いてるのか?」


 見、見られた!

 泣いてる所を見られるのが恥ずかしくて、つい顔を背けたけど、一瞬見た心配そうな歩の顔が頭に張り付く。


 すると彼は何を思ったのか、今度は渥美くんに向き直った。そして……。


「お前、何莉奈を泣かせてるんだ!」

「ええっ!?」


 突然渥美くんの胸ぐらを掴んだ。

 ちょっ、何をやってるの!?

 はっ! もしかして歩、私が渥美くんにいじめられてるって勘違いしてるんじゃ?

 わーっ、違う違ーうっ!


「止めて! 渥美くんは私を助けてくれたんだから!」

「問答無用! 莉奈を泣かせる奴は誰であろうと許さな──って、そうなのか?」


 振り上げられていた手が、ピタリと止まる。

 危なかった。止めるのがもう少し遅れていたら、本当に殴っちゃってたかも。

 歩は昔から私がいじめられてるのを見ると、すぐにケンカしてたからなあ。


 渥美くんも驚いていたみたいだったけど、すぐに何があったかを説明する。


「助けになったかどうかは、分からないけどね。後はちょっと、話をしてた。神谷さんの書く、小説についてちょっとね」

「そうだったのか。悪りぃ、疑っちまってすまねえ」


 素直に謝って、頭を下げる歩。

 早とちりすることが多いけど、間違えるって分かったらちゃんと謝ることができるのが、歩の良いところだよ。


「そういやクラスの奴らが言ってたけど莉奈、小説をバカにされたんだってな。まさか、もう書くのを辞めるなんて言わねーよな」

「大丈夫だよ。色々言われたのは嫌だったけど、渥美くんと話して元気が出たから」

「そうか、ならいいけど……俺、肝心な時に何もできなかったって事かー」


 頭を押さえながら悔しそうに嘆いているけど、それは違う。

 歩を見ながら、静かに首を横に振った。


「そんなことないよ。昔歩が言ってくれたじゃない。『頑張っても必ず夢が叶うとは限らないし、辛いこともあるけど。好きで始めた事なら追いかけてた方がきっと楽しい』って。その言葉があったから、嫌なことがあっても続けてこれたんだから」


 さっき渥美くんとも話した、小説の中でカケルに言わせた台詞。実はそれは昔、歩からもらった言葉だったの。

 歩は当時からバスケをやっていたけど、その頃は背が低くてあまり活躍ができずに。そんな彼に辛くないって聞いたことがあって、返ってきたのがこれ。

 そんな風に前向きに考える歩が凄く格好よく見えて、まるで物語の主人公みたいだった。


 その言葉があったから、私も頑張ろうって思えたんだよ。

 そしてそんな私の小説を渥美くんが読んで、その渥美くんが今度は私を励ましてくれた。

 考えてみたら、不思議な縁だね。

 そんな私にとってヒーローな二人が、同時にこの場にいるんだもの。事実は小説よりも奇なりだよ。


 だけど……あれ、どうしたんだろう? 

 隣をみると、話を聞いていた渥美くんが目を見開いて、口をパクパクさせている。


 そして不思議に思っていると、グイッて腕を引かれて、歩には聞こえないくらいの小さい声で話しかけてきた。


「ねえ、ひょっとしてさ。あのカケルのモデルって、佐々木だったりする?」

「ふえっ? や、やっぱり分かっちゃうよね。うん、実はそうなの。バスケをする男の子の話を書こうって思った時、真っ先に浮かんだのが歩で。もしかしたら今、こんな感じで頑張っているのかなーって想像しながら書いたの」


【例え叶わない夢だとしても】を書き始めた時は、既に歩とは別の学校に通っていたけど、それでもモデルにするなら歩以外考えられなかった。

 歩をモデルにしたから、あの話は書き上げられたんだと思う。

 けど、それを歩本人に知られるのは恥ずかしい。


「お願い、この事歩にはナイショにしてて」

「うん、それは分かったけど。そうか、佐々木がモデルなのか……」

「ど、どうしたの渥美くん? 顔色悪いよ」

「佐々木がモデル……神谷さんにとってのヒーローは、佐々木だったんだね……」


 何かブツブツ言ってるけど声に元気がなく、心なしかしょんぼりしてる気がする。

 歩も「どうした?」と覗きこんできたけど、すぐに気を取り直したように顔を上げる。


「いや、何でもないよ。……大丈夫、これから逆転すればいいさ」

「は? 何だかよく分からねーけど、頑張れ」


 ポンポンと背中を叩く。

 男の子同士の友情ってやつかな。なんかいいな、こういうの。


「とりあえず、教室に戻るか。そうだ莉奈、もしまた何かしてくる奴がいたら、俺に言えよ。今度は俺がとっちめてやるから」

「えっ? 気持ちは嬉しいけど、ケンカするのは……」

「いや、もしそうなったとしても、僕は止めないよ。と言うか今回の事は、僕だって我慢するのに必死だったんだから。けどもしもまたこんな事があったら、次は容赦しないから」


 ちょっと、渥美くんまで何言ってるの!?

 歩も「だよなー」って意気投合してるし、本当にもう何事もないことを祈るよ。


 けど、私のためにそんな風に言ってくれるのは、素直に嬉しい。

 渥美くんと歩。二人がいてくれて本当に良かった。


 小説を書いていると、いつかまた今日みたいな嫌なこともあるかもしれない。

 だけどさっき渥美くんが言ってくれたようにたった一言、「面白かった」って言ってもらいたいから。

 これからも、書き続けていきたいな。





 ※本作はここまでとなっています。

 本当ならここまでのお話を12000文字以下にまとめてコンテストに出したかったですけど、どう考えても無理でした。

 お付き合いくださって、ありがとうございました。

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根暗でぼっちの私が何故かクラスのキラキラ男子達に構われています。 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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