終話


                   ⁂


「さぁ皆、そろそろ帰るわよ!」

 不意に頭上から声が掛かると共に、二人の元へ四角形の影が落とされる。見上げると、そこにはアイアンクレイがあり、そこからヴィルとアルカが此方へ降りてきて、輸送機の元へ一堂に会する形になった。

「久しぶりね、カイト。調子どう?」

「ぼちぼちってとこだな。新型ボディだからと言って、平時は同じ出力だし……っておい、お前、それ何持ってんだ?」

 カイトが瞠目ながらに問う視線を、テオが傍から追いかける。そこにあったのは栗色の毛と黒い表皮に覆われた物体であり、一目にそれが何なのか判別することは叶わなかったが、続く彼女の言葉を聞いて納得がいった。

「熊の手足よ。さっき狩ったの。他のは載せてあるんだけど、触り心地がよくて」

 触ってみる? と彼女はマスコット宜しく毛むくじゃらの手を掲げて見せるが、なにぶん質感が本物なおかげでポップな印象はまるでない。

「熊の手足ぃ? んなもん持って帰ってどうする気だよ。剥製か?」

「中国じゃ珍味だったらしいわよ」

「食うのかよ。えぇ、もしかして今回のお前の料理当番ってソレ……?」

「……本気でそうするつもりなら、私も手伝います。事故は未然に防ぎます」

 ふふふ、とアルカは含みのある笑みで韜晦しながら、熊の遺骸を積んだアイアンクレイと共に輸送機のハッチに乗り込んだ。兄妹二人もその後を続き、そのうちカイトは久々の操縦桿を握れて上機嫌そうだ。「自動運転でいいじゃない」とアルカが言うと、「バカ言え、こいつは俺の仕事だ」と彼が首を振った。それから後ろを振り返り、最後の一人が乗り込んでくるのを待った。

 ハッチに足をかける前に、テオは果てなき世界を見納め、そして悼んだ。冬を終えて萌芽の息吹く、けれど凍死した母なる大地を。

 いつか元に戻してみせるという決意と共に。

「テオ、もう行きましょう」

 席を立ち、隣にやってきたヴィルが、そう催促する。悪いな、とテオが応じて、ふたり隣どうし席につくと、彼女がすこし体重を預けてくる。耳を澄ますと、そこには心臓の暖かい音があった。

「――さぁ帰るぞ、俺たちの場所へ!」

 メイン・エンジンが起動。

 浮かんだ機体が雲を切り裂き、音よりも早く空を駆けてゆく。

 黙示録は終わり、アイリスがかつて見た未来の姿も、いまや混沌という暗闇に消えてしまった。誰もその結末を知る者はいない。あるのは思いと祈りだけだ。機械と人の境目を消し、共に肩を並べて歩くと決めたその先にある未来が、これまでのどの時代よりも、希望と愛に満ちたものであらんことを、と。

 その祈りを込めて、テオはヴィルの手を掴む。

 人類より、世界の限界へ愛を込めて、そこにある希望を離さぬように。


                                    了。


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人類より、世界の限界へ愛を込めて 烏有学生 @anonymous_student

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