バイオリン
バイオリンの音色が、女性の叫び声に聞こえた経験があると思う。
幼い頃の夏、祖母の家に夏休みを過ごしに行った。
祖母の作る煮物がしょっぱく、肉が入っていないことにがっかりしながらも、好きなものを好きなだけ食べていい環境が心地よかった。
近所に住む1つ年上の女の子と、本当にまだ小学校に上がったくらいの頃だろうか、よく遊んでいたのを覚えている。
池でザリガニ釣りをしよう、と誘われて、夢中になってザリガニを捕まえた。カゴいっぱいにザリガニを獲って、気がつくとお姉ちゃんはいなかった。
置いていかれた!と思い、駆け足で祖母の家に帰った。
次の日、畑の近くで虫を捕まえて遊んでいると、お姉ちゃんから声をかけられた。
「あーそぼ!」
昨日の事を忘れたのか!と怒りが湧き、その日からお姉ちゃんを徹底的に無視した。
夏休みは、あっと言う間に終わった。
そして今年、16歳の夏、祖母は死んだ。
片付けのために俺も母と祖母の家に向かった。
「男手があって助かったわ」
母は、実家である祖母の家に何年も顔を出さずにいた。電話でやりとりをしているのは知っているし、祖母からは頻繁に野菜が送られてきていた。そして、今回の祖母の訃報を親戚からの電話で聞いて泣き崩れていた。
「……なんで今まで来なかったの?ばあちゃんの家」
「んー…、なんとなくだよ、べつに」
話したくないんだろう。母は話を切り上げるように、お昼ご飯にしよう、と言った。
車で15分のコンビニへ行き、パッとしない品揃えの中から筋子おにぎりと唐揚げ弁当を買った。
「あんたさあ、筋子にハマった時あったよね」
「あー、ばあちゃん家で食べたやつ美味くてしばらく好きだったよね。今も好きだけど」
「高くて買えないもんねえ」
筋子おにぎりか。
「あの子も好きだったよね、筋子」
途端に母の顔が曇った。
「あー、いたねえ…」
「なに、あの子どうしたの」
母曰く、祖母にも聞いてみたけど近所にそんな子は居なかったと。祖母と母は話し合って、俺がその事を忘れるように、例の女の子の話題は避けよう、と決めたらしい。
女の子と喧嘩した後、俺がその子の話をしなくなったので、2人とも安心していたと。
「ばあちゃん家に全然来なかったのも、」
「うん、ばあちゃんと話して少しでも避けようって」
なんて、話していた。
今年も夏休みが終わり、まだ暑い中の登校にげっそりしていた。
学期始めのテストで散々な点数を取り、補習を課せられ、夕方遅くになっていた。
補習を行う空き教室と、吹奏楽部の練習場所が近いのだろう。バイオリンの音が聞こえていた。バイオリンの音って悲しく聞こえるよなあ。楽器を弾く人ってどんな感じで練習してるんだろ。
補習が終わった後、バイオリンの音色が聞こえていた教室の前を通ってみた。
マンモス校で一学年の生徒数が多いので、演奏者ももちろん初めて見る顔だった。
初めて見る顔…
あの女の子じゃないか!?
咄嗟に教室のドアを開け、口を開こうとした所で、何やってんだ自分…と焦った。
「え?…え!?久しぶりじゃん!!」
彼女が先に口を開いてくれた。
「ひ!久しぶりっ!」
「えー!学校同じだったの!?全然気付かなかったよーー!!」
当時と同じフレンドリーな彼女に、昔のことを思い出して懐かしい気持ちになった。
その後、バイオリンの練習を放って、彼女と俺は思い出話に花を咲かせた。
補習期間は数日だったが、補習を終えた後も、俺は彼女がバイオリンを練習している教室へ行き、話をしたり、たまにバイオリンの演奏をぼーっと聞いていたりした。
もうすぐ冬に入るかという頃。今まで2人きりだった教室に、通りすがりの女子生徒がこちらに気付き、教室のドアの窓から覗き見るように様子を伺われた。
「きゃあああああ!!!!」
金切り声、というのだろうか、ものすごい音量で叫ばれた。
16歳女子高校生からの依頼。
学校の空き教室で男子生徒と血塗れの女子生徒が談笑しているのを見てしまった。お祓いをしてほしい。
『依頼主様へ
・依頼主様へのお祓いの儀式
を行いました。
今回ご相談を頂いた件に関しまして、調査したところ、依頼主様への悪影響は無いと判断
致しました。教室で見た血塗れの女子生徒ですが、他の生徒も被害はなく、干渉し合うのは例の男子生徒だけのようです。』
「……母さん、これでよかったんだよね。あの子たちが喧嘩した日、女の子は側溝で転んで頭打っちゃって…知らなくていい事だよね。」
怪異記録 たまごごはん @tamagonigohan
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