最終話 魔女と呼ばれた少女

「……ふぁぁ」

「最近あんまり眠れてないぞ、ツキ。これでも飲んで眠ってくれ」

「ああ、イズ。ありがとう。でもここまでまとめておきたいからさ」


 ホットミルクを差し出すも、ツキはゆるゆると首を振った。


「こういう時こそ頼ってくれよ。助手だろ?」

「でも……いや、そうだね、ごめん。このUSBから必要なグラフとか抜き出しておいてくれるかい?」

「ああ、任せてくれ」


 椅子を持ってきて彼女の隣に腰掛ける。さて、俺も頑張らないとなと思い始めた時の事だ。



「ね、ねえ、イズ」

「ん?」

「が、頑張りたいからさ。一つ景気づけてくれないかな」


 真っ白な手が伸びてきて、袖にちょんと触れてくる。その仕草の一つ一つが……やけに心をくすぐってきた。


 頬に掛かっている髪を耳に掛けると、ツキはくすぐったそうに身を捩る。


 その宝石のような瞳に幕が下ろされ――小さく唇が突き出された。



「んっ」



 触れるだけの口づけ。それでも彼女のこわばっていた顔がゆるゆるになっていく。


「えへへ。これでもっと頑張れるよ」

「ッ――」


 その笑顔に胸の奥で黒い欲望が渦巻いてしまう。良くない、良くないぞ、俺。


「じ、じゃあさっさと終わらせて寝るぞ」

「ん。今日も泊まってくれるよね?」

「……ああ」


 そっか、と言いながらもツキの表情は完全に緩みきっている。それでも作業の効率は落ちないのだから凄まじいものだ。


 そして俺達は一時間ほどかけて、作業を終わらせたのだった。


 ◆◆◆


 作業を終わらせると後は寝るだけとなる。……寝るだけなのだが。


「ん、ふふ。まだ慣れないね」


 俺の隣ではツキが横になっていた。横向きになっているからか……凄く凄く主張の強いものがむにゅりと形をゆがませていた。


「そ、そうだな」


 視線をそこから無理矢理追い出し、天井を見上げる。


 ツキの作業は夜中まで掛かる事が多く、俺はよく泊まりとなっていたのだ。


 ……しかし、やましい事はない。


「ねえ、イズ」


 クッキーのように甘い匂いが鼻腔をくすぐる。手がぎゅっと柔らかいものに包まれた。握られたのである。


「恋人って良いね。イズとずっと一緒に居られる」

「……そうだな」


 ふふ、と笑みが耳に届いてこそばゆい。



 俺とツキは恋人関係となった。世間に公表もしている。予想通り荒れはしたが、想定の範囲内であった。

 ただ一つ、問題……というかやはりと言うべきか。とある要人に言われた事がある。



『【魔女】は日本という国に守られている。自分が日本国民だという事を努々ゆめゆめ忘れないように』



 要するに『美空月夜という個人にだけ婚姻年齢を下げる事は出来ないよ』という事である。ツキが直接打診しに行った時に言われた事なので合っているだろう。


 ついでに『子供など出来ようものなら擁護は出来ない』とも釘を刺された。


 ……という事もあって、一緒に寝ると言っても本当にただ寝るだけなのである。


 別に不満もないんだけどな。



「えへへ。ねえ、イズ。大好きだよ」


 至近距離でささやかれるその言葉は破壊力が凄まじい。

 手をぎゅっと握り返すと、笑顔がより深いものへと変わる。


 ツキは今のように好意を隠したりしない。顔がほんのりと赤くなっている辺り、照れも少しはあるのだろう。



 これ、あれだな。

 今まで遠回しに俺へと好意を伝えていたからか、ストッパーというか、ブレーキがなくなってるというか。


 しかし――


「俺だって大好きだよ」

「ッ――い、イズが言うの禁止」


 反対に言われるのは慣れていないからか、凄く良い反応をしてくれるのだ。


 真っ白な肌がリンゴのように赤くなり、彼女はもぞもぞと身を捩って近づいてくる。そして一度じっと至近距離で見つめてきてから、顔を隠すように胸に顔を埋めてきた。


「イズのばーか」


 その仕草の一つ一つが愛おしく感じる。

 ふう、と内に籠った熱を吐き出した。



 愛おしすぎて――いつか理性のタガが外れてしまいそうで怖い。


 俺の手をぎゅっと胸に抱きしめるツキを感じながら、俺は目を瞑ったのだった。


 ◆◆◆


 家に帰ってきて、学校で配られた席次の結果を見る。


 俺もツキも満点で堂々の一位であった。しかも全教科である。


「ふふ。さすがイズだね」

「テストを毎回十分で終わらせて眠って先生を困らせていたツキに言われたくないな」

「教科書なんて一回読めば覚えちゃうからね。読む力も鍛えられてるし。睡眠は少しでも取っておきたいからさ」


 相変わらず規格外の存在である。


 でも、少しずつ……少しずつではあるが、その背中を追う事は出来ている。


「ね、イズ」

「なんだ?」

「凄いね、イズは」


 ツキが背伸びをして手を伸ばす。白く柔らかな手が優しく頭を撫でてきた。


「ボクは自分の才能に溺れない。努力を欠かした事は一度たりともないさ」

「知ってるよ」

「ふふ、【因幡の白兎】だったキミなら知ってるよね。だからこそ、ボクも人の努力は感じ取れるんだよ」


 その手が頭から落ち、頬へと当てられる。

 指が頬を擦り、つつかれた。少しくすぐったくも、楽しそうにしているツキの顔を見ていると止めようと思わない。


「ひょっとしたら……ううん。ボクよりイズは努力してると思う」

「そんな事はない」


 反射的に言い返してしまい、ツキはきょとんとした。


「ふふ、そうだね。ごめん。どっちが、とか言う必要はなかったか」

「いや、その……悪い、つい。でも俺もツキがどれだけ頑張ってきたのか知っていたから」

「ん、これは本人より見ていた者の方が分かってるやつだね」


 すべすべとした手がすりすりと頬を撫でてくる。そこに手を重ねると、ツキは柔らかく微笑んだ。


「ねえ、イズ」

「どうした?」

「ありがとう」


 唐突なお礼の言葉。どうしてなのかわからず首を傾げると、むにっと頬を掴まれた。



「イズが居なかったらボク、どんな人生を送っていたんだろうって。時々考えるんだ」

「……」

「確実に言える事として。ボクは今ほどの結果を残せていないだろうね。学者の道を諦めていたかもしれない」

「……続けているような気もするが」

「いや、まず始めてすらいないかもしれないよ」


 手が落ち、背中へと回される。

 ぎゅっと抱きしめられながらも、彼女は背伸びをする。



「ボクはキミに褒められたくて研究を始めたんだからね。だからありがと。イズが幼馴染で良かった。……恋人で良かった」

「そう、か。そうだな。それじゃあ俺の方こそありがとう」


 その体に手を回し、力を込める。苦しくならない程度に。


「ツキが居たから頑張れたよ、俺も」

「ふふ。本当にボク達は相性が良いんだね」


 ツキの手から力が抜けたのでこちらも抜く。てっきり離れるのかと思ったが、ツキは抱きしめるのを辞めただけで体は密着させたままだった。


 じっとツキは俺を見上げる形となる。



「イズ。ちゅーしたい」

「ッ――」


 今までも何度も思っていた。しかし、彼女が恋人になってから改めて思う。


 可愛すぎる。あまりにも。


 唇を触れさせ、そして離すと彼女は少しだけ寂しそうな表情をした。


「……もっと」


 それだけ甘えてくれるようになったのだろう。それは素直に嬉しい。嬉しいのだが、心臓に悪すぎる。


 また唇を重ねると、ツキは嬉しそうに頬を緩める。多分、俺の顔もだらしなく緩んでいる。


 お互い依存しないように気をつけねばと改めて感じた。


 ◆◆◆


 少しだけ月日が経ち――ついにこの日が来た。


「よし、それじゃあ行こうか」

「……緊張するな」

「ふふ、ボクも最初はそうだったよ。でもイズなら大丈夫だよ。この【魔女】であるボクが保証しよう」


 今日の学会では、ツキではなく俺が研究発表をするのだ。ツキに色々見て貰いはしたが、特に修正も要らないだろうと言われた。


「【魔女】か。そういえばツキ、その二つ名の事どう思ってるんだ?」

「ん? 別に、と言うと嘘になるかな。実を言うとね。最初は嫌いだったよ。あの時なんて【魔女狩り】とか揶揄されてたからね」

「……そうか」


 某国に利用された時の事だろう。俺も聞き覚えがあった。あまりにも悪趣味が過ぎる揶揄である。


「もう、怖い顔してるよ。イズ」


 眉を顰めていると、ツキの手が伸びてきて頬をぐにぐにと揉まれた。


「今は嫌いじゃないよ。【魔女】って言われるの」

「そうなのか?」

「ん。【魔女】もボクを構成する大切な要素だし」


 赤い瞳が柔らかな瞳に包まれ、唇からは澄んだ笑みが漏れる。


「【魔女】は【因幡の白兎イズ】に応援されてたからね。嫌いになんてなれないよ」

「そ、そうか」

「そうだよ。【魔女】って呼ばれたから色々融通も利いた訳だし。……でもね」


 ツキが髪を耳に掛けた。それは合図であり、少しだけ顔を下げる。


 ツキが背伸びをし、唇を重ねてきた。


「もうボクは【魔女】である以前にイズの【恋人】だよ。【魔女】のボクも好きだけど、キミの【恋人】である【美空月夜ボク】はもっと好きかな」

「……そうだな。俺も【助手】の俺よりツキの【恋人】の俺の方が好きだ」

「ふふ、良かった」


 そっと頬が撫でられる。楽しそうに笑うツキへと笑い返した。


 【恋人】だ。、彼女に支えて貰う事の方が多い。


 まだツキとの間には大きな差がある。

 でも、背中は少し見えてきた。時間はかかるだろうが。


「――いつか、その先に行けるように。頑張ってくる」

「うん!」


 太陽に向かって咲く向日葵のように彼女の笑みは明るい。


 この笑顔を――大好きな彼女をこれからも笑顔に出来るように。



 そう心に誓って、俺はツキと共に学会へと向かうのだった。








 幼馴染の【魔女】から好きな人が出来たと相談されたが、その相手はどうやら俺の事らしい〈完〉

 ――――――――――――――――――――――


 あとがき


 作者の皐月陽龍です。

 この度は最後まで「幼馴染の【魔女】から好きな人が出来たと相談されたが、その相手はどうやら俺の事らしい」こと「魔女好き」を読んでいただき、誠にありがとうございました。


 そして、改めて謝罪を。最後の方は更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。


 本来ならば、一番の盛り上がりであるクライマックスです。その更新が遅れてしまった事、深く反省しております。身内の不幸故仕方がなかった事だと自分でも思いますが、他に出来る事はなかったかと考え続けている日々です。


 しかし、あとがきで反省をし続けるのも良くないですし、作品についても少しだけ語りたいと思います。



 本作はボクっ子幼馴染ヒロインを書きたくて始めた作品だったりします。幼馴染は正義……!


 そして、ボツとなってしまいましたが、当初は出雲君と月夜ちゃんの共通の友人として男の娘キャラが居たりもしました。

 ボツになった理由はキャラが大渋滞となってしまうなといろいろな方に試し読みをして貰って気づいたからとなります。

 それがあって、神子ちゃんや渡辺君達が生まれる事となりました。


 また、月夜ちゃんこと美空月夜ちゃんですが、こちらは実は作者が考えた名前ではなかったりします。X(旧Twitter)にて、私がかなり影響を受けたとある先生に付けていただいた名前でもあります。お気に入りの名前です。


 さて、ではこれ以上は長くなってしまいそうなのでこれくらいに。一つ宣伝を挟みたいと思います。




 魔女好きはカクヨムコン用の新作だったのですが、昨日からもう一作品カクヨムコン用の新作を投稿しております。以下のURLから飛べます。


https://kakuyomu.jp/works/16817330666254551539


 こちらも一対一ラブコメで、ヒロインに愛されつつも振り回される純愛ものとなっております。魔女好きが楽しめた方なら楽しめると思いますので、こちらもお楽しみいただけたらなとと思います。




 それでは最後に感謝の言葉を述べさせて頂きたく思います。



 魔女好きを無事完結まで書き切る事が出来たのは、応援してくださった読者様方のお陰です。

 PV、そして♡、コメントにレビューととても励みになりました。


 本当に、本当にありがとうございました。


 また少しだけ日は空くかもしれませんが、その後のおまけを何話か書く予定です。そこまでお楽しみ頂ければ幸いです。

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幼馴染の【魔女】から好きな人が出来たと相談されたが、その相手はどうやら俺の事らしい 皐月陽龍 「他校の氷姫」2巻電撃文庫 1 @HIRYU05281

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