「メリークリスマス、蒼太君」
「メリークリスマス、凪」
外は人で溢れかえっている。キラキラと夜空より強く輝くイルミネーションに、ざわざわと耐えない人の声。
それらと反するように、このレストランの中は落ち着いた雰囲気だった。
ワイングラスを持ち、凪と目を合わせて乾杯の代わりにその言葉を合図とする。それから注がれたワインの匂いを堪能し、こくりと一口含んだ。
「美味しいですね、ここのワイン」
「ああ。美味しいな。匂いも良いし、飲みやすい」
目を引く桃色の唇を緩ませ、雪と同じ色の髪を持つ彼女は微笑む。
暖かく柔らかい眼差しと表情。グラスを置いてもそれは変わらず、全てを包み込む海のような瞳がこちらを見てきた。
「良い所、見つけましたね。お仕事で見つけたんですか?」
「いや、色々調べて見つけたんだ。プライベートに仕事関係はあんまり持ち込みたくないからな」
「ふふ。蒼太君らしいですね」
店内に流れるのは、落ち着いた雰囲気のクラシックだ。自分で探しておいてなんだが、本当に良いお店を見つけた。
「もう今年も終わりですね。短いような長いような、毎年そんな一年を送ってる気がします」
「そうだな。あんまり早すぎても困るもんな」
「ふふ。そうですね。蒼太君とはもっと長い時間を過ごしたいところです」
毎日忙しいが、やることは違う。毎日新鮮なことが多いので、早すぎることはない。帰れば凪と過ごす時間もあるし、休みもきちんととるようにしているので体を壊すこともない。
それも全て――彼女のお陰なんだけども。
「いつもはお家で過ごしてますが、良いですね。こういうのも」
「本当にな。――そういえばまだ言ってなかったけど、凪」
今日はそれなりにお高いお店ということで、お互い正装である。俺はスーツだが、凪は白い花の刺繍が施された薄い空色のドレスを着ていた。
「ドレス、似合ってる」
「ありがとうございます。可愛いですか?」
「ああ、可愛いよ」
更に頬を綻ばせ、凪はほんのりと頬を赤く染めてワインを口にする。アルコールが回るにしては早すぎるので、雰囲気が気分を高揚させているのだろう。
「良かったです。蒼太君もスーツ、素敵でかっこいいですよ」
「……スーツ姿は見慣れてると思うけども」
「分かりますよ。お仕事用じゃないスーツなのは」
凪の言葉に思わず目を見開いてしまい、彼女はクスリと笑った。
「蒼太君のことですから。何でも分かります」
「さすが凪、だな」
思わずこちらも笑ってしまい、照れ隠しのためにワインを口にする。美味しいな。
でも……今日は少し、アルコールが回るのは早そうだ。
◆◆◆
「ただいま」
家に帰ってそう言ってしまうが、いつも言葉を返してくれる人は現在隣に居る。
「ふふ。ただいま、です」
小さく笑いながらそう言う彼女は、家を出る前に比べると結構酔っていた。俺も彼女のことは言えないんだけど。
凪も俺もお酒には強い。……外で飲むお酒は、と付けておかないといけないが。
今日の凪は弱い方で、ここに俺以外の誰かがいれば表情をあまり変えることもしなくなる。
凪が先に中に入り、くるりと回ってこちらを見た。
「おかえりなさい、蒼太君」
わざわざいつものようにそう言ってくれて、その後に腕を広げてきた。
彼女の背に手を回すと、強く抱きしめられる。普段と違う、香水の混じった匂い。これも俺と一緒に選びに行った香水だ。
そして、唇を重ねた。未だに脳が多幸感に満たされてバチバチと弾けたような感覚がある。……何年経っても慣れない。それも日々、彼女が可愛くなっていくから。
「……えへへ。蒼太君とのちゅー、本当に大好きです」
凪はへにゃりと目を細めて笑う。
それから、今度は自分から唇を重ねてきた。
「……どうして、ですかね。どれだけ日々を重ねても、あなたのことが好きな気持ちは大きくなるばかりで……何回もちゅー、したくなっちゃいます」
「何回でもしよう。明日は休みなんだからな」
「ええ。いっぱいします」
凪の顔が横に滑り、頬を擦り合わせてくる。それから凪は流れるように俺のスーツからネクタイを取り、ボタンも外した。
「蒼太くんのこと、大好きなので食べちゃいます」
「……凪。さてはかなり酔ってるな?」
そのまま俺の首筋に顔を押しつけてきた。それだけでなく、唇の柔らかい感触と共に歯が優しく当たる。
「酔ってるので、ちょっとくらいあまえんぼさんになっても仕方ないんです」
「……酔ってなくてもあまえんぼさんでは?」
「さらに、と付け加えておきます。……旦那様成分が最近足りていなかったので」
凪がそう言いながら首筋に何度もキスと甘噛みをしてくる。くすぐったい。
「……それに、こうして定期的にマーキングをしておかないと変な人が寄ってくるかもしれませんから」
「ないよ、そんなこと」
「いえ。……先週の商談先の秘書の方とか、蒼太君に触れようとしてきたじゃないですか」
凪の言葉にそういえばそんなこともあったなと思い出す。
「別に蒼太君がそれに心を奪われた、とかは思ってないですよ。……でも、独占欲が強いんですよ。あなたのお嫁さんは」
「……なるほど」
甘噛みがほんの少しだけ強くなった。とはいえ、跡にも残らないくらいの強さ。それよりも抱きしめる力の方が強い。
「独占欲が強いしお酒も入ってるので、もう少し甘えます」
凪が少し離れ、俺の首に手を回した。久しぶりにあれをやってほしいと。
だが――可愛いお嫁さんの頼みなら、しっかり引き受けないといけないな。
「凪、しっかり掴まってな。……よっ、と」
彼女の膝と肩の後ろに手を入れ、抱っこをする。お姫様抱っこだ。
……相変わらず軽いな。しっかり食べてはいるんだけども。
「ふふ。久しぶりのお姫様抱っこです」
「凪、これ好きだよな」
「ええ、大好きです」
凪は嬉しそうに笑い、手を伸ばして俺の頬を撫でた。しっかり掴まってと言ったはずだが……お酒のせいということにしておこう。
「――蒼太君の全てが、大好きなんです」
「――俺も大好きだよ、凪」
凪の目が細められ、指が俺の唇をなぞる。
「――凪」
「なんでしょう?」
「俺も凪に負けないくらい、独占欲が強いんだ。……帰り、結構周りに見られたからな。凪の綺麗な姿」
彼女を落とさないよう慎重に歩く。向かう先は――寝室だ。
「ええ、知ってます。蒼太君の独占欲が強いことは」
そのままベッドの方に、凪を優しく寝かせた。彼女は一度手を離したが、そのまま俺の背中に回す。抱きしめる直前のように。
「蒼太君」
鮮やかな唇から鈴を転がしたような、かろやかで綺麗な音色が紡がれる。眦はとろんとしていて、頬は先程より赤くなっている。心臓の音も早く、大きくなっていく。
彼女にそのまま抱きしめられ、体が重なる。
「だいすきです。……だいすきなの、蒼太君のことが」
耳元で囁かれ、今度は耳を甘く噛まれる。
「今日もいっぱい愛し合おうね、蒼太君」
ぞわりと心を直接撫でられるような快楽。脳が溶けるような感覚に、呼吸を止めてしまう。
「ああ。愛してるよ。凪」