決戦終了後の平和な一幕

 アイラから渡された沖縄土産Tシャツを着てランニングに励む泰誠を、遠くから眺める。

 

 Tシャツには「めんそ~れ! でも地球は動いている」と筆文字で書かれていた。

 どうやらアイラは大喜利ではなく駄洒落で攻めたようだった。そんなに面白くないな……。

 

 週明け。アイラが沖縄から帰ってきた火曜日の放課後。部活中。

 あっという間に私と泰誠に戻ってきた普通の日常は、いつも通り平穏に進んでいた。


 

 <光属性>などという、剣王学園黙示録の原作に存在しない属性。

 バグ技か何かなのだろう、という結論で落ち着いた知らないスキル。


 いつか消えてしまうのだろうか、と不安に思いつつも、現時点ではまだ無事なようだ。

 

 泰誠の頭上に目を凝らすと、泰誠の有するスキル一覧を確認できることに気付いた。

 <南風の幸福><炎龍の加護>、そして<白一閃の構え>。


 ……冷静に考えるとこれ、超常現象が一歩進んだ感じで少し怖いな……。


「悠宇、見てたのか」

「うん、アイラのお土産をね」

「Tシャツか。なんでガリレオなんだろうな」


 アイラ、駄洒落、泰誠に通じてないよ……!


「今日も一緒に帰るんだよな?」

「え? そろそろ帰るよ、部活終わりまでなんて待ってらんないって」


 鹿見吉学園の剣道部は全国屈指の強豪校だ。

 スポーツ推薦を受け入れているだけのことはある。

 それだけに部活終わりの時間も遅い。

 

「19時まで待っててくれ」

「え、いや、ちょっと!」


 言い捨てて泰誠はランニングに戻ってしまった。

 そんなに長い時間待ってろって、泰誠にしては横暴過ぎる!


 ……普段は優しいというか、おっとりというか、自分の意見を他人に押し付けない泰誠だ。

 その泰誠が待っててくれというからには、何か用事があるのだろうか。


 

 そう思って大人しく、剣道部の様子を遠巻きに眺めながら時間を潰した……にも関わらず。

 

「で、なにか用事でもあるの?」

「? ないぞ」

 

 ないの!?


「じゃあなんで、わざわざ待っててなんて」

「一人で家まで帰したくなかった」

「ええ……? 今までは一人で帰ってたじゃん」


 そもそも幼児でもあるまいし。

 と、呆れたと言わんばかりの私を、泰誠が信じられないものを見るような目で射抜いた。


「一人にしたら何するか分からないだろ、今の悠宇は」

「……日曜日のこと、言ってる?」

「当然」


 おおう……。

 日曜日。決戦の日。

 どうやら、私が一人でクリーチャー達に立ち向かったことが、泰誠には相当堪えられないことであるようだった。


「しばらくは一緒に帰るからな」

「無理だよ! 今日だって時間潰すの、大変だったのに」

「悠宇も部活入ったらどうだ。剣道部もマネージャー募集中らしい」

「いやだ~。全国強豪のマネージャーなんて大変そうじゃん」


 泰誠が少しだけ拗ねたように下唇を突き出した。

 レアな表情だ。泰誠、あまり不機嫌を外に出すタイプじゃないから。


「マネージャーになってくれたら一番安心なんだがな」


 ……絶対に目を離すもんか、という心意気を感じる。

 なんというか……過保護とでも言うべきか。


「そんな心配しなくても大丈夫、もうあんなことしないから」

「本当か?」

「本当だって! そんなに信用ない?」

「悠宇、俺に隠してること、あるよな」


 ……う。それを言われると弱い。

 

「これまでは、まあ何か悠宇なりに考えがあるんだろうと思ってたが。その結果が日曜日の、あんな無謀な行動となるとな」

「それは、……ごめん」

「謝ってほしいわけじゃない」


 泰誠が、私の前髪を留める白いヘアバレッタを軽く撫でた。


「頼ってほしいんだ」

「……うん」


 ――真剣な目で射抜かれる。

 胸の辺りがきゅうきゅうと縮み、緩み縮み、を何度も何度も繰り替えす。

 どきどきばくばくと鳴っている。


 心臓に、悪い!


 確かに――隠し事をしている私が悪いのかもしれないけど。

 でも、言えないじゃん!

 あなたの恋路を応援する役目があります私には、なんて!


 

 恋路を応援――、今後、どうなるんだろう。

 剣王学園黙示録の本編自体は今後も続いていくはず。


 泰誠のことを思えば、ヒロイン達との仲を取り持つ行動は続けるべきだ。

 好感度の高いヒロインが多ければ多いほど、泰誠のスキルも増える。その分強くなる。


 バグか何か分からない、謎の光属性スキルで初戦闘イベントを終えたとはいえ。

 あのスキルひとつだけで、ラスボスまで向かうのは無理がある。


「悠宇」

「ふぇっ、ふぁい!」

「また何か考えてる。よからぬことか?」

「や、いや違うよ!」


 疑いの目を向けられ、たじろぐ。

 人の恋路に首を突っ込んでいるようなものなのだ、後ろ暗くないわけではない……わけで。


「そうだ、日曜日助けてくれたお礼まだだったね、ほらこれ」


 適当にカバンに手を突っ込む。

 チョコレートが出てきた。い、一旦これで。


「お礼を言ってほしいわけでもないし、チョコレートで誤魔化される気もないんだが」


 だ、駄目か……。

 泰誠は私が今後も危険な物事に首を突っ込むんじゃないかと疑っているわけだ。そんなことないと否定しない限り、納得してくれそうにない。


「その、さ、今度ヤバいのと遭遇したら! 絶対に泰誠呼ぶから!」

「本当だな?」

「私じゃどうしようもできないもん! いつも言ってるじゃん、泰誠の腕っぷしは頼りにしてるんだって」

「悠宇ひとりじゃ無理だって分かってるなら、いい。悠宇はなんでも自分ひとりでやろうとするから」


 ようやく納得した様子の泰誠の目つきが通常の状態に戻った。

 よ、よかった……。

 目つきが悪い泰誠の真剣な瞳で見つめられると、どうしようもなくなるんだって……!


「それはそれとして。剣道部のマネージャー募集中なのは変わらないからな」

「やらないってば」

「なら、興味のある部活動、あるのか」

「うーん……」



 ――帰り道、夜は少しずつ更けていく。

 いつまでもこんな、穏やかな日が続けばいいのにな。


 泰誠が世界を救う必要がない、平和な毎日。

 そうであってくれればいいのに。


 でも、そうもいかないのだ。

 剣王学園黙示録の原作通り、泰誠が超人的な力に目覚めた以上。

 泰誠は、世界を救わなきゃいけない。


 そのために私も、<主人公に好感度を教えてくれる友人>を全うしなきゃならない――


 でも、今だけは。

 私以外の誰かと恋仲になる泰誠の未来からは、目を逸らして。

 泰誠との他愛ない今に浸っていたい。

 ささやかな願いは、春夜の冷たい空気に溶けていった。


(了)

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ギャルゲーで好感度を教えてくれる〈友人〉に転生♀しました ささきって平仮名で書くとかわいい @sasaki_hiragana

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