決戦は日曜日(4)

「――泰誠……!」



 感情が零れ落ちて叫び声に代わった瞬間。

 白い光が目を刺した。


「……なんだ、これ」


 泰誠の間の抜けた声は、白い光に向けられていた。

 柔らかくも確かな眩さを有するその白い光は、泰誠の右手から発せられていた。

 

「ライターの火……じゃ、ないのか?」


 先程、私から取り上げた着火ライターを取り落としてもなお、泰誠の手元は光を有していた。

 

 なに、これ。


 あっけに取られる私と泰誠を置き去りにしたまま。

 眩さが収束し、泰誠の手元に竹刀のような光が残る。


 泰誠がその光の竹刀を握りしめたのとほぼ同時に、ピロン! と人工音が鳴った。

 ……超常現象。泰誠の頭上に文字が浮かぶ。


 《新スキル:<白一閃の構え>を覚えた》

 《効果:中段の構えより、光を纏った一閃を対象の喉元へ打ち込む。光属性・防御不可》


 えっ、え? 何がどうしてどうなって……。

 と言うか、光属性って何!?

 剣王学園黙示録における属性は炎、水、雷、風、氷、その五つだけのはず……。


 混乱する私をよそに。

 泰誠はその白い光に納得したとでも言うのか、コクリと一回頷いた。


「なるほど、そうか。これを使えば」


 ――この展開、見たことがある。

 他でもない、剣王学園黙示録。

 主人公が<スキル>に目覚めたことを知るその瞬間だ。


 ついでと言わんばかりにピロンピロン、と音が鳴る。

 泰誠の周りを温かい風が包んだ。

 

 《発動スキル:<南風の幸福>により防御力上昇》

 《発動スキル:<炎龍の加護>により攻撃力上昇》


「これでよし、と」


 これは……アイラの<友情度>を上げると覚える補助型スキル。

 すっかり使いこなしてる……?


「じゃ、悠宇。行ってくる。待っててくれ」

「え、あっ」


 言うが早いか。

 中段の構えを取った泰誠の光の竹刀は、一瞬でクリーチャーの体の芯を打ち払った。



 そうなったらもうあっという間だった。

 

 私はぼんやりと思い出していた。小学生の時のこと。

 いじめっこを無慈悲に滅多打ちにしていく泰誠。

 あの時のことを思い出して呆ける程度には、泰誠とクリーチャーにはレベル差があった。


 というか、あのスキル……<白一閃の構え>?

 やけに強くない?

 

 初戦闘イベントはチュートリアルも兼ねてるから負ける要素は少ないとはいえ。

 さすがにスキル一撃で倒せる難易度じゃなかったような……。

 攻撃力上昇スキル使ったから? だとしてもなあ。


「なんだ。もう終わりか」


 そ、そのセリフ!

 レベル差のある雑魚敵との戦闘終了後ボイス!

 普段は渋く優しいセリフが多い我が推し声優・タナケンから発せられる、珍しくも突き放したような声色!


 先ほどまでの絶望的な状況には到底、似つかわしくない台詞だけれど。

 拍子抜けするほどあっさり終わった今としては、そう言われたとて怒る気も失せる。


 ……終わったんだ。初戦闘イベント。

 訳が分からないスキルが発現して。それであっさり勝っちゃった。


 勝ててよかった。泰誠が無事でよかった、けど。

 なんなんだろう、光属性の、謎のスキル。


「待たせたな、悠宇」


 いや、全然待ってないよ……。


「……あのさ、泰誠。さっきの……どういう状況なのか、分かる?」

「ヤバいチカラに目覚めた」

「まあ、うん……端的ながら芯はとらえてる気がする」


 光のつるぎを掌より出し入れしながら、泰誠が何かに納得したかのように頷いた。

 目覚めたばかりの不思議なチカラ。

 ちゃんと己の意思で使いこなせるのか、確認してるのか。


 

「――チカラに目覚めて、よかった」


 うん、まあ、泰誠が無事だったしね……。


「これで悠宇を全ての脅威から守れる」

「えっ、う、うん」


 ――び、ビックリして変な返事してしまった!


 そういう! ことを!

 不意打ちで言うのはやめてほしい!


 その、一応私、昨日、あなたのことが好きだったって思い出したばっかりなんで……!

 心の準備ってもんが! できてないわけで!


 ……しかもタナケンのささやき声でだよ!

 知ってる!? 我が推し声優ことタナケン、ささやき声で吐息がかすれると凄く色っぽくなって危険なこと!

 知らないか! 自分の声のことなんて! ああもう!


 挙動不審になって固まる私に構わず、泰誠が遠慮なしに距離を詰めてきた。

 

 ちょ、ちょっと待って、近い、本当に無理。

 幼馴染が今は憎い。この近距離が当たり前だと思って……!


「悠宇」


 泰誠の手が私の顔付近に伸びる。

 動けない。どうしよう。


「髪、乱れてる」


 そう言って泰誠は、私の前髪を留めていた白いヘアバレッタを外した。

 髪をまとめなおす泰誠の指先が、ひたい、こめかみに触れる。

 あたたかい。


「うん。やっぱり悠宇は、白が似合うな」

「そうかな……」

「自分じゃ分からないだけだろ」


 知らなかった、泰誠に白が似合うと思われてたなんて。

 自分でも特に意識したことなかったし。


 ふと、思い出す。

 剣王学園黙示録、ゲーム攻略にほとんど関係ない要素だったから、忘れてたけど。


 主人公と友人、つまり私と泰誠にも<モチーフカラー>がある。

 主人公――芝浦泰誠が、黒。

 私、桂悠宇は……白。


 さっき泰誠が覚えたスキル、名前が<白一閃の構え>だったのは……偶然だろうか。

 

 うーん、アイラと仲良くなることで覚えるスキル名には、赤色要素ないしな……。

 そもそも剣王学園黙示録に登場しないスキルについて真面目に考察するのも、おかしな話かもしれない。

 

 ……あまり考えたくない。


 私の前髪を、泰誠の指先がサラサラと撫でる。

 その表情が優しすぎることには、気付かないフリをした。

 ――心臓に、悪いし。

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