決戦は日曜日(3)

「――悠宇!」


 幻聴だ。いや走馬灯か。

 幻覚はヤケにハッキリとした姿形を持って、私とクリーチャーの手の間に竹刀を差し入れた。


 フルスイングされた竹刀が、ヘドロ状のクリーチャーをグチャグチャにぶち撒ける。


「無事か!?」


 この幻覚、喋るのか……。


 って、思い込みたかった。

 さすがに、まだ自分が死んでいなくて、ちゃんと息をしている時点で、目の前に現れた人物を幻覚だと断ずるのは無理がある。


 ……幻覚じゃない……。


「たい、せー……」


 力が入らなくてへたり込んだ私の手を泰誠が掴む。

 引っ張られる。


 気が付けば、私の脇下に自らの頭を入れた泰誠に持ち上げられていた。

 か、肩で担ぎ上げられてる。


「とにかく、一旦離れるぞ!」


 私を担ぎながらも泰誠の足は私よりも速い。

 あっという間にクリーチャー達と距離を取った泰誠は、私をそっと地面に降ろした。

 真剣な瞳に全身を射抜かれる。


「悠宇、怪我はないか」

「……泰誠、なんでここに……」

「いつも通りランニングコースを走ってたら、悠宇が見えたから」


 そうだ、剣王学園黙示録の原作本編でも、そういう流れで初戦闘イベントが発生するんだった。

 最も、原作ではその場に私、桂悠宇(男)は存在しないが。


「……なあ悠宇、あれは……何なんだ?」


 泰誠がクリーチャー達へ再度視線を向けた。


 先程、泰誠によってぶち撒けられたはずのクリーチャーの残骸が、一か所に集まっていく。

 そしてまた段々と形を成し、流体から固体、固体から生物へと戻っていく。

 

 ――やっぱり、ただ物理ダメージを与えただけじゃ倒せない。


「アレがなんなのかは、上手く説明できない……」

「なら、一つだけ教えてくれ。危険な生物なのか?」


 ただでさえ細めで釣り目な泰誠の瞳が、更に鋭く光る。

 今から剣道の全国大会、決勝戦にでも挑むような気迫。

 

 泰誠の考えが手に取るように分かる。

 ――殺る気なんだ。クリーチャー達を。私に代わって……。

 

 

「……危険だから、泰誠、逃げよう」


 泰誠を巻き込みたくない。

 逃げてほしい。


 そう思って発した言葉の裏は泰誠に読まれていたらしい。


「悠宇が逃げないなら俺も逃げない」

「……」


 ……なんだかんだ言っても幼馴染、か。

 私以外にはネタ選択肢連発の頓珍漢なくせに、私の考えだけはしっかり読み切ってくる。

 この上なく厄介……。


 泰誠が私の右手に握られた着火ライターを取り上げる。


「燃やせば退治できるのか? あれを」


 ――できるよ。多分。

 できるかもしれないけど。


「やめようよ、泰誠、警察とか頼ろう」

「警察に任せたら間に合わない、って判断したんだろ、悠宇は」

「だとしても、泰誠がやらなきゃいけないことじゃないよ」


 剣王学園黙示録の内容を考えたら、それは言ってはならない一言だったかもしれない。

 でも本音だった。土壇場で本音が漏れてしまった。


「そんなの、悠宇だって一緒だ。悠宇がやらなきゃいけない道理もない」

「私は……」

「悠宇より俺の方が身体能力は高い。だったら俺がやった方が早い。それ以上の理由があるか?」

 

 ――大事な時ばかり言い負ける、私は。


「でも、いやだ、泰誠が危険な目に合うのは」

「俺も同じだ。悠宇に危険な目にあってほしくない」

「でも」


 でも!


「大丈夫だ。あの化け物に炎が効くって教えてくれただけで、悠宇の役目は充分過ぎるくらいだ」


 こんな時まで私は、大切な友人に<ヒント>しか与えられないのか。

 好感度を、その他ゲーム進行に関するヒントを教えてくれる<友人>だから。

 こんなことまで剣王学園黙示録、原作通り。


 すべてが原作通りに進むなら。

 クリーチャー達に、攻撃型スキルなしに立ち向かった泰誠の行く先はゲームオーバー。

 ……死。


 泰誠の死体を想像して心臓が縮む。

 どうしよう。どうしよう。

 どう言えば泰誠を止められる。

 どうすれば泰誠を助けられるのか。


 涙がこぼれそうになって、慌てて手で顔を覆う。

 指先に白いヘアバレッタの感触が伝わる。


 いやだ、泰誠、死なないで。


「――泰誠……!」



 感情が零れ落ちて叫び声に代わった瞬間。

 白い光が目を刺した。

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