決戦は日曜日(2)

 全部、燃え尽くしたと思っていたのに!


 川縁で蠢くヘドロ状の物体は、その考えが甘かったことを私に示していた。

 その数、3体。


 どうやら川に逃れ、火の暴威を免れたようであった。

 つまり、アレらは、他よりも少し早く孵化したのだろうか。


 少なくとも私が火をつける前は、どの卵も孵化していなかった。

 炎が孵化を早めた……?


 なんて、考えている場合じゃない!

 幸いにして移動速度が遅く、すぐさま街に繰り出すわけではないとはいえ、アレらが人に害をなすクリーチャーであることは紛れもない事実。


 泰誠が死ななければ、他の人は死んでもいいなんて、そんな話あるわけがない。


 だから、なんとかしなければならないのだ。

 あのクリーチャー3体を。


 ――どうしよう、警察? 自衛隊?

 でも、ただの社会的信用もない未成年が通報したところで、一体誰が信じるのだろうか。

 あんな非現実的なものの存在を。



 灯油と着火剤一式には、まだ予備があった。

 1回目で駄目だった時のための保険。


 保険なら、使うのは今だろうか。


 川底に潜り難を逃れたということは、あのクリーチャーが炎で燃え尽きることに変わりはないわけで。

 事実、卵は10もあったのに、蠢くクリーチャーの数は3にまで減った。


 移動速度が遅い。先程、そう断じたのは紛れもなく私自身だ。

 なら、やれる。やるしかない。


 随分と軽くなったポリタンクを片手に走り出す。

 ……そう言えば私も足、遅かった。

 でもあのクリーチャーにはさすがに負けない。


 クリーチャーに近寄る。

 私の背丈を超す怪物。

 怖い。

 卵の時とは比べ物にならない、醜悪さ、この世にあってはならない姿形。


 すくむ足を奮い立たせ、ポリタンクの中身を思い切り振り撒く。

 一歩、一歩と近寄る異形のものたちに怯え後退しそうになる自分を、必死に抑え込む。


 次は炎だ。

 クリーチャーの進行方向に向かい走り、着火剤と炭を早急にばら撒く。

 


 ――手の震えが止まらない。

 うまく火の元を形成できない。


 慌てれば慌てるほど、炭がバラバラと溢れていく。


 駄目だ、落ち着け、落ち着け。

 着火さえしてしまえば。アルコールを噴射して、灯油まみれのクリーチャーに火をつけられるのだから。そんなに難しいことではない。自分に言い聞かせる。


 着火ライターの火を付ける。

 着火剤へ近付け、火が立つのを待つ――


 ――耳元にネチャリとした、水が粘つく音が響く。


 「……きゃっ……!」


 いつの間にか真後ろまで迫っていたクリーチャーのひと撫でを、すんでのところで避ける。

 あ、危っぶな……!


 ……着火ライターが手元にない。

 慌てて周りを見渡せば、先程私の真後ろに迫っていたヘドロ状クリーチャーの真横。


 着火剤に火は……まだ、ついていない。

 つまり、ライターを取りに行かなきゃならない。


 せめて私の運動神経が泰誠くらい良ければ、この程度難なく切り抜けられたろうか。

 なんて、言ってても仕方ない。


 前髪を留めている白いヘアバレッタをひと撫でしてから。

 深呼吸を2回、そして踏み込む。

 大丈夫、クリーチャーはまだ動き始めていない。取れる!


 ――取れ、た、うわっ……!


 足元に感じるゾッとするような浮遊感。

 コケた……!?


 こ、こんなところで!?

 いくらクリーチャーの動きが遅いからって!

 さすがにまずい、この至近距離じゃ速い遅いなんて、そこまで大きな話じゃない。


 足がもつれる。

 立て直せない。

 手で上半身を起こすので精一杯だった。

 快晴なのに、空が暗い。

 ああ、これ、死ぬんだ。

 世界も泰誠も救えないまま。

 泰誠、ごめん……。



「――悠宇!」

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