決戦は日曜日(1)
河川敷、大型の橋下、立ち入り禁止フェンスの向こう側。
鬱蒼と生い茂る雑草の更に先。
人の立ち入らない橋下の場所に、不自然な空き地。
その空き地に。
所狭しと並べられた大型の卵の姿は、おおよそ人間界にはそぐわない。
ここが決戦の地だ。
獣道を超えてボロボロでガタガタになったキャリーカートを開く。
中に入ったポリタンクは危険を告げる赤色。
剣王学園黙示録における戦闘用の<スキル>には、5種類の属性が存在する。
炎。水。雷。風。氷。
これらの属性は、各ヒロインの<モチーフカラー>と連動している。
アイラは炎――アイラのキャラデザに含まれる、ルビーレッドのカチューシャと赤いリボン。
つまり、赤。
その<モチーフカラー>は、彼女の好感度を上げることで覚えるスキルが、炎属性であることを示している。
初戦闘イベントで倒すこととなるクリーチャーの弱点は炎。
メインヒロインであり、作中で初戦闘イベント前に必ず出会うこととなるアイラと仲良くなることで、初戦を楽にクリアすることができる――というゲーム設計なわけだ。
炎が弱点なら、燃やせばいい。
簡単な話。それが私の出した結論だった。
初戦闘イベントにて泰誠と対峙することとなるクリーチャー達は、今はまだ卵の姿。
地表に出る時を、今か今かと待っている。
なら、外に出さなければいい。
卵のまま燃やし尽くしてしまえば、泰誠はこのクリーチャーとの邂逅を果たさずに済む。
私の背丈を超える卵が、数にしておおよそ10。
この世の全ての色が交じり合い、うねりを描く禍々しい模様を持つ卵の群れ。
視覚を司る脳神経が、最大級の異形を前に非常事態を認識し、悲鳴を上げている。
怖くないといえば嘘だけど。
前髪をまとめている白いヘアバレッタを、指先で軽く撫でる。
――泰誠を失うことを思えば、この程度、なんてことない。
ポリタンクに入れた灯油を、物言わぬ卵たちにひたすら掛ける。
灯油は常温だと引火しないので、別途火起こし用の炭、着火剤、着火ライターを準備。
火が立ったら、火元に向けてアルコールスプレーを噴射。
危険なので真似しないように。
アルコールにより激しく燃え盛った炎が、灯油に引火する。
――のを見届ける前に、退散! 危なすぎるので!
場所、河川敷でよかった……最悪、川の水がなんとかしてくれると思うし。多分。
とはいえ消防車を呼ぶ準備は万全。
立ち入り禁止フェンスの片隅、破れた穴を再度抜け、決戦の地より少し離れた場所へ。
ほどなくして、橋の下から黒い煙が立ち上がる。
決戦の結末を見届けるのは私の義務だろう。橋下の見張りを続ける。
緊張の糸が切れる前に、卵を燃やし尽くし燃料切れとなったのか、煙が消え失せた。
立ち入り禁止フェンスの中を、遠くから望遠鏡で覗き込む。
雑草が燃え尽きて奥まで見渡せるようになった空き地には、もう、しっかりとした形を有するものは何一つ残っていなかった。
……決戦、終わった。
燃えたんだ。
拍子抜けするほどあっけなく終わった決戦を前に、今は歓喜よりも放心が強い。
こんなことでよかったんだ。
無論、今後も同じ手が使えるわけではない。
初戦闘イベントは、剣王学園黙示録の原作描写から、河川敷の橋下だと分かっていたから何とかなったのだ。市内の大きな橋はここだけだから。
でも次回以降はそうもいかない。そもそも卵から生まれないクリーチャーとの邂逅だってあるし。
けれど、少なくとも初戦闘イベントの危機は脱した。
猶予ができた。
ならば今度こそ3人目、4人目、或いは5人目のヒロインと泰誠の仲を取り持てばいい。
どうせなら目標はもっと大きく!
目指せハーレムルート!
アイラと羽鳥花霞はもう(ほぼほぼ)無理だけど!
残り3人でハーレム!
決戦が終わって気が抜けたのか、思考回路は飛び跳ねていた。
なんでもできる気がしていた。
川底より這い上がる邪悪に気付く前までは。
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