12 奇妙な愛
風呂から上がったヴィヴィは、用意されていた乾いた布で身体を拭き、明るい黄緑色の簡素なドレスを着た。
ちょうど身支度が整うころにはサムエルがやって来て、ヴィヴィをレオカディオのいる天幕へと連れて行く。
赤い布の垂らされた天幕の入り口に着くまで、サムエルはヴィヴィに何かを話していた。
ヴィヴィはサムエルの言葉を聞き流して、布をくぐって天幕の内側に入る。
天幕の中には草や花の模様が織られた絨毯が敷かれていて、燭台の光は弱く薄暗い。
レオカディオは隅に置かれた寝台に座っていて、日中は結んでいる黒髪を下ろし、亜麻色のガウンを着てくつろいだ様子でヴィヴィを呼んだ。
「おいで、ヴィヴィ」
「はい」
名前を呼ばれたヴィヴィが行くのは、レオカディオのいる寝台ではなく、そのすぐ近くに並べられた一回り小さな揃いの寝台である。
レオカディオは寝所ではヴィヴィに少々の距離を置き、同じ寝台を使わせることもしなかった。
(私が居心地が悪そうにしているのを、この人は飽きずに毎日見てる)
ちょうどよく収まる大きさの木の寝台に横たわり、ヴィヴィは肌触りの良い毛布にもぐって身体を丸める。
そして好きで見たいわけではないけれども、警戒は緩めずにレオカディオの意味もなく美しい顔をじっと見つめた。
レオカディオはいつものように大きな手を伸ばして、ヴィヴィのくせのついた赤髪を撫でる。
「明日は朝早くに用事があるから、早く寝よう」
髪から手を離すと、今度は毛布がずれないようにそっと押さえて、レオカディオは微笑んだ。
しかしその金色の瞳ににじむ感情は純粋な優しさではなく、冷たい悦びが宿っていることをヴィヴィはよく知っている。
「それじゃ、おやすみ。ヴィヴィ」
レオカディオは燭台の炎を吹き消すと、自分も寝台に横になった。
「……おやすみなさい」
お互いの表情がわからなくなった薄闇の中で、ヴィヴィは返事をして目を閉じる。
女が男に対して果たす役割を、ヴィヴィも知らないわけではない。
だからヴィヴィは、あえて寝所では遠ざかるレオカディオは、自分を馬鹿にして面白がっているのだと思った。
(この人にとって私は対等な人間じゃない別の動物だから、同じ寝台には寝かせないんだ)
毛布の中で諦めに近い怒りを感じて、ヴィヴィは手を握りしめる。
きっと未熟な果実が熟しても、食べずにただ腐るまで眺めるのが、何もかもを手にしているレオカディオの贅沢なのだ。
ヴィヴィは痛いのも苦しいのも嫌だった。
しかしレオカディオが同衾を求めないことにほっとして感謝している自分がいるのも嫌で、いっそ手荒くされた方が心から憎めて楽だったかもしれないと思う。
こうして計算ずくでヴィヴィの心の自由まで奪っていくことができるから、レオカディオは人を動かす戦争が得意なのだろう。
ヴィヴィのようなごく普通の少女には、少しも絆すことができない質の悪さが、彼にはある。
だからヴィヴィは眠りにつけるときを待ち望みながら、レオカディオと寝台を並べて寝るしかなかった。
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