3 燃える炎
ヴィヴィは戦争の話は忘れて、日常に戻った。いつもと同じように寝て起きて、テオと一緒に羊を丘に連れて行き、夕方には帰る生活を送る。
しかし記憶の片隅に追いやっても、実際に起きている戦争が消えるわけではない。
だからオルキデア帝国の侵略はある日の夜に突然、ヴィヴィの日常を壊して目の前に現れた。
(どうして私は、死んでないんだろう)
敵の兵士が来て去った家の中で、ヴィヴィは寝台代わりの藁の塊に埋もれて、毛布を被って隠れていた。
窓から差し込む月の光が影を落とす床には、斬り殺された姉と父親の死体が転がっていて、敷かれたむしろには地が染み込む。
かまどに置かれていた鍋や、パンや豆が入っていた木箱は荒らされ、食べることができるものはすべて敵に奪われていた。
ヴィヴィが十三歳になるまで毎日過ごしてきた家は、オルキデア帝国の兵士によって略奪され、武器らしい武器を持たない姉や父親はほとんど抵抗もできずに殺された。
身体が小さく部屋の隅で隠れていたヴィヴィだけが、敵に見つからず生き残ったのだ。
(逃げた方がいいのかな。それともじっとしていた方がいいのかな)
何をすればいいのかわからず、ヴィヴィは身動きができずに藁の隙間から姉と父の死体を見ていた。目が半分開いたまままの二人の死体は、見知らぬ人間のようで怖い。
しばらくそのまま隠れていると、誰かが家の中に入ってくる気配がする。
また敵の兵士が戻ってきたのかもしれないと、ヴィヴィは目をかたく閉じて身体を強張らせた。
しかし聞こえてきたのは、よく知っているテオの声だった。
「ヴィヴィは、いないのか」
テオは二つの死体の前で足を止めて、ヴィヴィを探しているようだった。
「私はここだよ」
勢いよく藁と毛布をはねのけて、ヴィヴィは立ち上がる。
藁まみれのヴィヴィを見ると、テオはめずらしくほっとした表情になった。
「どうもないのか」
「父さんと姉さんは死んじゃったけど、私は何もされてないよ」
テオに無事を確認されて、ヴィヴィは現実感のないまま、妙に早口で答えた。家族の死をまともに受け止めれば、何もできなくなる気がして考えられない。
表面上は普段どおりに振る舞うヴィヴィを気遣うように、テオは壁に掛けてあった毛皮の上着をヴィヴィの肩に被せた。
「そうか。俺の家族はゲンベルクの城に逃げた。俺たちもそっちへ行こう」
「あの城へ行けば、助かるの」
「わからんが、他に行ける場所はない」
城へ逃げようと提案するテオを、ヴィヴィはすがるように見つめる。
寝間着姿のヴィヴィに上着を着せると、テオはヴィヴィの腕を掴んでドアの向こうへ連れ出した。
テオは自分の選択に自信を持っていないように見えたが、ヴィヴィはテオがいるだけで安心した。
外に広がる暗い丘陵では、家があったはずのいくつかの場所が炎に包まれている。その赤く燃え盛る炎は、襲撃者である異国の兵士と、彼らから逃げる村人を、黒い影として浮かび上がらせていた。
ヴィヴィは冷えた夜の空気を深く吸い込んで、目の前で起きている悲劇を見つめようとした。
しかしテオが黙ってヴィヴィの腕を引っ張って、城の方へと走り出す。
炎とは違うくすんだ赤の、結っていないヴィヴィの赤髪が背中ではねる。
異変に気づいた羊が鳴き声を上げている牧舎の前も、親切な老夫婦の住む家が燃えている横も通り過ぎ、ヴィヴィは老いた領主の住むゲンベルク城へと向かった。
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