狼に餌付けされた赤ずきん
名瀬口にぼし
1 羊番の少女
冷え切らない風が心地よく、薄く晴れた空の雲を淡く照らす太陽がまぶしい秋の日の午後。
メリニョン村の南端にある丘では、村で飼育している羊が群れて草を食んでいる。
村人の子どもであるヴィヴィは、その日もいつもと同じようにその丘の一番上に座って、羊番をしていた。
朝に羊を放牧し、夕方に牧舎に戻すのは、メリニョン村では子どもたちに任されている日課だった。
(朝からずっと食べてばかりで、よく飽きないよね)
食べては休んでまた食べることを繰り返す羊の黒く細長い瞳を、ヴィヴィは奇妙な気持ちで眺める。ヴィヴィは今年で十三歳になるが、毎日羊を見てきていても不思議なものは不思議だった。
(羊は可愛いんだけど、じっと見てるとわからなくなる)
後ろで三編みにした赤色の髪を指で遊びながら、ヴィヴィは羊と自分を比べてみる。
羊と違って毛むくじゃらではないヴィヴィの肌は日に焼けていて、毛皮の代わりに麻の服を着ている。
しかし一方では冬に羊毛を着ることになり、羊の肉を食べることもあるヴィヴィは、羊にとって何なのだろうと考えた。
しばらく悩んでも答えはわからず、ヴィヴィは膝を抱えて眠くなる。
半分寝たままのヴィヴィの瞳が、羊の群れを映して追う。
その眠気を覚ましたのは、幼馴染のテオの声だった。
「ヴィヴィ。はぐれ羊も見つかったし、もう帰るぞ」
遠くから聞こえるテオの呼び声に、ヴィヴィは慌てて目を開けて立ち上がる。
ヴィヴィが眠くなっていた間に、あたりは徐々に薄暗くなっていた。
「うん。わかった」
声のした方を振り向けば、ヴィヴィと同じくらい垢抜けない服を着た黒い巻き毛の少年であるテオが、一匹の仔羊を抱えて向こうの丘から歩いてきていた。
よく群れからはぐれる困った仔羊は、テオの腕の中では大人しくして黙っている。
夕刻が近づき赤みを帯びた太陽がテオと羊を照らしているのを見て、ヴィヴィは服についた草の欠片や土を払った。
(確かにもう、帰るには良い時間かも)
ヴィヴィはテオの言うことに納得すると、指笛を吹いて羊に指示を出した。
するとまず去勢されて従順な先導役の羊が草を食むのをやめ、牧舎の方角にゆっくりと歩き出す。やがてすぐに他の羊も後を追い、羊の集団の移動が始まった。
羊に歩調を合わせて、ヴィヴィも丘のやわらかな草の上を進む。
後ろから合流したテオも、抱えていた仔羊を群れの中に戻し、ヴィヴィの隣に来た。
テオの横顔はいつも土や埃で汚れているものの、鼻筋が通って格好良いとヴィヴィは思っている。
だからヴィヴィは、その気に入っている横顔を眺めながら尋ねた。
「あの
たわいないヴィヴィの質問に、テオはまったく表情を変えずただ一言だけで答えた。
「いや別に」
テオはヴィヴィと同じ年齢だったが、今はもう声も背丈もすっかり大人っぽくなっている。
気づけば仕事を済ませてくれているテオの側にいると、ヴィヴィは守られているようで安心した。
それからヴィヴィとテオは、何も言葉を交わさずに羊を連れて牧舎への道のりを歩いた。
夕暮れが近づく草原で聞こえるのは、羊の首につけた鈴の音と、時折発される鳴き声だけである。
テオは無口で、ヴィヴィの方は話すことは嫌いでなくても、毎日話すだけの話題がない。
だがお互いに黙っていても平気な時間も、幼馴染らしくてヴィヴィは好きだった。
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