とく語りき5~天下無双、ダンスそして布団~

ジャンル:現代ドラマ

キャッチコピー:天下無双、ダンスそして布団

紹介文:

依頼主の家にたどり着いてみると……?

お題:「天下無双、ダンスそして布団」

コメント:このお題は本当にチャレンジなものだと実感しました。何を書けと……?としばし茫然としたことを覚えています。


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依頼主の家に着いた途端に、マーヤの顔色が変わった。

いつも飄々としている彼女には珍しいことだ。

傘をさしているせいで多少翳りが見えたとしても、ここまでではないだろう。


「どうしたんですか、先輩」


外見年齢は16歳くらいにしか見えない。その上、県立高校の制服を着ているので、尚更だ。


中身が七千年生き続けている魔女だと考える者はいないだろう。天下無双で、唯一無二。

けれど普通に見えるのだから、厄介だ。


トウノは慎重に声をかけた。


「あら、うちに何かご用?」


家の前で佇んでいたトウノたちに、穏やかな声がかけられた。

横を向けば、傘をさした老婦人がいる。


「あのトラスト商会の者ですが……」

「もしかして、依頼を受けて来てくださった調査員の方かしら。でもその制服、高校生よね?」

「アルバイトです。先に調べて手におえなければ、職員を呼びますよ」


外見年齢が未成年だと侮られる。アルバイトだときっぱり告げるとたいてい調査員を派遣するための下準備だと納得してくれる。


「まぁ、そうなの。今、開けるから中へどうぞ。こんな日にごめんなさいね」

「あ、いえ。こちらこそ、急な話で押しかけてしまって」


買い物帰りなのだろう。

エコバックを下げた老婦人がトウマの脇を通って玄関に向かう。


「あら、今日の方が良いのでしょう? なにせひな祭りは今日で終わりだもの。桃の花も片付けてしまうし」

「片付けてしまうんですか?」

「早い方が良いと聞いて、その日の夜にはしまっちゃうの。でも天気が悪い日に片付けるのもよくないのかしら?」


鍵を手提げバックから取り出して、玄関の扉を開けた老婦人は、中を示した。


「どうぞ、雛人形はそちらの手前の部屋なのよ」


老婦人が示した部屋は玄関から入ってすぐにある和室だった。

促されるままにたたきをあがり、部屋の前でマーヤは立ち止まる。

正面には部屋の半分ほどを占めるひな飾りがあった。


「ダンスしてる……」

「え?」


ひな人形は整然と並んでいてとても踊っているようには見えない。

一体、彼女の目には何が映っているのだろうか。


「先輩?」

「近づくのは良くない。この雛人形は誰のもの?」


不思議がるトウノを、マーヤが止める。

彼女の視線は雛人形から離れない。


「これは我が家に昔から伝わっているものなの。今は孫娘のために飾っているわ」

「ここにはいない?」

「ええ。東京のほうに住んでいるのよ」

「なるほど。桃の花は本物だし、枯れるまで飾ってあげて。後はいつも通りで大丈夫」

「片付けてもいいのかしら」

「問題ない」


マーヤは言葉少なに頷く。


「誰が何のためにやっているのか、わかるかしら」

「孫が生まれた頃から桃の花は本物になった?」

「……そう言われればそうかもしれないわ」

「なら、孫のため。座敷わらしのようなものが成長を祈願してる」

「我が家の?」

「直系の女児を護ってる」


マーヤの言葉に老婦人は穏やかに微笑んだ。


「そうなの。ありがとう、分かって良かったわ。報酬はいくら支払えばいいのかしら」

「相談料だけで十分。トウノ、帰ろう」

「え、いいんですか? では、俺たちはこれで。何かあればまたご相談ください」


マーヤは何かを振り切るように足早に家を出てしまう。トウノは頭を下げて慌ててマーヤの後を追った。


足早に最寄り駅まで向かう間、マーヤはずっと無言だった。

駅に着いて傘をたたむと、追いかけてきたトウノを見上げる。


「結局、何が見えたんです?」

「家を囲うように大きな鬼がいた。でも孫がいないから中に入らず様子を見てた。それを桃の花を囲んでダンスしてた者たちが祓ってた。桃の花は邪気を寄せ付けない」

「どういう光景で……?」


桃の花が魔除けの効果があるのはわかったが、一体どういうことなのか。桃の花を囲って、ダンスしている理由はなんだ?


「わからない……けど、あの子たちは酔ってる」

「酔ってる?」


ますます理解できない。

桃の花を囲って踊りながら、酔って鬼退治をするのか?


「あの子たちは鬼が見張ってることを知ってる。自分たちの護り人がいないから、桃の花を本物に変えてカモフラージュして引きつけてるんだよ」

「そういう意図があるんですね。それで酔ってるというのは?」

「桃の花を囲って呑んで騒いでダンスしてる。暇潰しかなんだかでしょ。私が見えているってことに気づいて、布団を要求されたから逃げてきた」

「なんで布団??」

「知らないよ。酔った子たちが使うんじゃないの?」


トウノの父も酔って布団に倒れこんでいるところを見かける。なるほど、単なる酔っぱらいと同類なのだろう。


とにかく平和だということはわかった。


「悪い事は起きないから、仕事は終わり!」


マーヤは力強く宣言した。

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短話・単話 マルコフ。/久川航璃 @markoh

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