赤いおじさん

 笑いによって、ひとしきり腹筋を鍛えた3人は、涙を拭いながらお互いの顔を見つめた。急に虚無が襲う。タクマはまだ苦しそうに顔を引き攣らせて笑いをこらえている。


「俺、もう緑チェックの服着た人まともに見れないかも……」


「ただでさえ、女の子相手だと挙動不審なのにね?」


「うっせえ」


「じゃあ、次、タクマの番な」


「やべぇ、何も考えてない」


 マシロに話を振られたタクマは、金髪頭を抱えて机の上に突っ伏してしまった。盛り上がった三角筋を眺め、『今日の夕飯はハンバーグがいいな』とマシロが考えていると、ようやく顔を上げたタクマが話し始めた。


「あれやて、ほら」


「あれ、とは?」

 

「赤と緑のカップ麺と同じや。赤いおじさんがいて、対になる緑のおばさんがいる。2人は夫婦で、子供は黄色になる」


「男の子だったら黄色の帽子被ってイタズラな子ザル飼いそう」


「そう、狂気の子ザルを全肯定する優しい男に成長する。そして青い美人と巡り会う。2人の間には緑の娘が生まれる訳や」


「なるほど。お祖母ちゃん似か。それがふたたび”緑のおばさん”になるんだね?」


 タクマの話に、トオルは納得したように頷いている。しかし、マシロは冷静に突っ込んだ。


「いや、ちょっと待て、タク、トオル。赤と緑を混ぜたら茶色や」


「光の三原色だよぉ!」


「だったら白にならなきゃおかしいやろが」


「うわぁぁぁぁ!マシロが虐める~!!」


 タクマは両手で顔を覆い、巨体を丸めて走り出て行ってしまう。そこへちょうど下校を促す校内放送が聞こえてきた。残る2人は置き去りにされたタクマの荷物を持って後を追いかけたのだった。



◇◇◇


「――と、いう出来事があったんですよ、母上オカン


 マシロは夕飯のハンバーグを頬張りながら、学校での出来事を母に説明した。風呂上りなのか、頭にタオルを巻いたまま食卓についた母は腕を組み、神妙な顔で頷いている。


「そうなの……でもタクちゃんの言うことは一理あるわ」


「と、言うと?」


「マシロの名前がヒントね」


「ま、まさか……天国にいる父上オトンは……」


「”赤いおじさん”よ」


「な、なんやて!?」


 衝撃の事実に、マシロはハンバーグを噛まずに飲み込んでしまった。母に背中を叩かれながら「今日は咳込んでばかりだな」と思う。

 そういえば、亡くなった父親は消防士であった……と、そこまで考えたマシロは、ニヤニヤ笑う母を見て、からかわれたことに気付いた。


「ちょっと待って。混乱する。赤いのは消防車だけやないですか」


「赤い流星と呼ばれていたの」


「それどこのモビルスー……って彗星やないんか。明日あいつらに言っても炎上案件にすらならんな」

 

「ボヤだからさ」


「誰が上手いこと言えと。結局”緑のおばさん”てなに?」


 脱力したマシロが母を見上げると、彼女はにっこり笑って頭に巻いたタオルを取った。そこに現れたもの。朝見た時は綺麗な茶色の髪だったものは、いま鮮やかな緑色に取って代わられている。


「見てぇ。昨日言ったでしょ~!今日美容院で緑に染めてきた!」


「自分かーい!」


「君の名前チャイロにすれば良かったわ」


「アホか!」 


 思わぬところで身も細る思いをしたマシロであったが、嬉しそうにくるくる回る母は、結局正しい意味を彼に教えることはなかった。


 ”緑のおばさん”とは、小学校などの通学路上に立ち、児童の通学における安全確保に当たる学童擁護員がくどうようごいんのことである。創設当初は緑の制服や帽子を身に着けていたことからそう呼ばれていた。


 今ではほとんど見かけなくなった彼女らのことを、マシロが知ったのはずいぶん後になってからであった。


〈終〉

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うわさの真相 鳥尾巻 @toriokan

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