第13話 休戦


 イ201は12月いっぱいで前部魚雷発射管室に2本、後部魚雷発射管室に2本の魚雷を残しハワイ海域から呉への帰投の途に就いた。

 イ201はこの間、14本の魚雷を放ち2隻の巡洋艦、12隻の駆逐艦を沈め、16隻の貨物船を20個の機雷で沈めている。


 明日香的には小物ばかりで不満だったようだが、これまで一本の魚雷も外していない明日香の魔術のような雷撃スキルにイ201の鶴井艦長以下は恐れをなしていた。

 堀口指令は生ける軍神だと本気で思い始めている乗組員も出始めていた。



 年が明け昭和18年。1943年1月14日午前10時。イ201は母港呉に帰投した。


 明日香はその足で内火艇を仕立て柱島泊地に碇泊する大和に向かい、山本連合艦隊司令長官に帰還を報告した。


「よくやってくれた。

 まだ機密ではあるが、アメリカとオーストラリア、ニュージーランドが休戦の打診をしてきている。

 きみも承知していると思うが、わが国は三国同盟の規定で連合国に対して単独講和はできない。

 そのため、この打診は休戦の形ではあるが実質的に講和条約締結の打診だ。

 アメリカは太平洋で犠牲を出し過ぎて世論・・が対日非戦に傾いたんだろう。

 これ以上わが国と戦って犠牲を出せば欧州での戦いにも影響が出るしな。

 良くも悪くもアメリカは民主主義の国だ。

 これが向うの提示してきた休戦条件だ」

 そう言って山本長官が明日香に紙ばさみを渡した。


 紙ばさみの中には一枚の手書きの便箋が入っていた。

 そこに書かれていた内容は、


 満州国の承認。

 対米、対豪、対新(ニュージーランド)貿易の正常化。

 グアム、ミッドウェーの日本への割譲。

 ニューギニアの東半分の日本への割譲。

 フィリピンの独立と承認。


「長官。領土はまだしも、満州国の承認と対米貿易の正常化を引き出したということは、わが国は全面的にアメリカに勝った。と、考えてよいわけですね?」

「そういうことだ。

 これに対して、政府はアメリカ政府による中国およびソ連への援助停止を条件に入れる予定だそうだが、これについてはこだわらないそうだ。

 なんであれアメリカがここまで譲歩してきたのはきみの働きが大である。

 これについては連合艦隊はもとより海軍省、軍令部どちらも認めている」

「いやー。そんなことは」


「謙遜はよせ。

 きみは明日には少将だ。

 少将では不服かもしれないが俺も精一杯頑張ったがそれ以上上げられなかった。

 なんであれ、おめでとう」

「あ、ありがとうございます」


「アメリカとの戦いが一段落ついたということで、わたしは連合艦隊から去ることになった」

「えっ! どちらに?」

「軍令部にいくことになった」

「総長ですよね?」

「そういうことになる。

 きみについては、現場を離れて軍令部第2部長に就任してもらおうと思っている」


「えっ!? 第2部といえば軍備。それはいいとして、軍令部の部長といえば中将職では?」

「今まではそうだったな。だが前例は壊すためにあるようなものだ。きみが気にすることではない。

 発想豊かなきみに適任だと思うがね」

「は、はい」


「今回のきみの人事いどうの理由なんだが、きみの抜群の戦功に対してやっかむ者がいてな。これ以上きみが戦功を立てないようきみを現場から遠ざけたかったようだ。

 誰かは言わんがね。

 しかし、誰が何お言おうと、きみの戦功はきみの立場を十分強力なものにしているのは確かだ。

 それに俺のもとにいれば、どういった圧力も跳ね返せるしな」

「はっ! 閣下のもとで全身全霊頑張らせていただきます」

「そう硬くならなくても、きみなら十分やっていけるよ」



 明日香は今の内容を戦隊内の主要将校たちに伝えても良いとの了承を山本長官から得たあとしばらく雑談し、長官室を退出して内火艇に乗って呉に戻った。



「鶴井艦長。ちょっとこっちに来てくれ」

 イ201に戻った明日香は静香を司令官室に呼んで先ほどの山本長官との話をかいつまんで説明した。

「まずはご昇進おめでとうございます」

「ありがとう」


「司令の後任は誰でしょう?」

「聞き忘れたが、誰だろうなー。滅多な人物ではないと思うが」

「しかし、戦功抜群の司令の後任となると少しやりにくいでしょうね」

「そうかもしれないが、何とかなるだろ。

 それにアメリカとの矛を収めるとなると海軍に残された相手はイギリスだけだ。

 敵を甘く見る必要はないが独立第1潜水戦隊が活躍しなくても戦艦と空母で圧倒できるんじゃないか?

 それにわたしが軍令部にいったらどんどん新兵器を作ってやるから期待しててくれ」

「期待しています」



 その翌日。

 山本長官の言葉通り少将昇進の辞令が明日香に届けられた。

 異動命令は来月初に出るとのことで、明日香は宿舎内の荷物の整理を始めた。


 そしてその翌日。

 イ202、203が揃って呉に無事帰投した。


 さらにその2日後、明日香は3艦の艦長および副長を招待し、呉市内の料亭で無事帰還を祝って宴会を開いてた。


「司令。ご昇進おめでとうございます」

「「おめでとうございます」」

「ありがとう」


 一通り酒が回り料理に手がつき始めたところで、静香が明日香に今後の戦争の見通しをたずねた。

「東が片付いた以上、海軍は当然西に目を向けるだろうな。

 だが、中国を放ったまま西に手を伸ばすわけにもいかないからとりあえず陸軍に協力すると思う」

「海のわれわれが陸さんに協力とは?」

「潜水艦ではほとんど協力はできないから、潜水隊はインド洋方面に展開してインドとイギリスの連絡を絶つための通商破壊に投入されるだろうな」

「はい」


「陸軍はまだ国民党軍が握っている華北からインドシナまで2400キロを切り開いていき中国大陸を打通する」

 みんな飲食の手を止めて熱心に明日香の言葉に耳を傾けている。


「国民党軍など内実は匪賊のようなものだし、もしアメリカからの援助がなくなればさらに弱体化する。

 とはいえ、何も無理に力攻めして損害を受ける必要などないから、無理せず航空機で敵の拠点を叩きながら進軍すれば占領はたやすい。

 陸軍の航空隊の進撃には飛行場が欠かせないが、機動部隊が沿岸から援護すれば、歩兵の進軍速度で進撃できるんじゃないか?」

「立体作戦というわけですね」

「歩兵が1日10キロ進軍するとして240日。長くとも1年もあれば打通できる」

「さすがは軍令部の部長閣下ですね」

「第2部だけどな」


「欧州はどうでしょうか?」

「アメリカが日本との矛先を納めたことでドイツは苦しくなるだろうな」

「その分日本がアジアでイギリスを苦しめればよいのではありませんか?」

「イギリスとアメリカとでは雲泥の差がある。

 われわれはイギリスとやり合ったことはないが、連中の空母の攻撃機はいまだに複葉機らしいぞ」


「うわっ。そうなんですか?」

「ソードフィッシュとかいう複葉機を使っているそうだ。いまだに羽布張りで銃弾が簡単に貫通するからエンジンか飛行士を狙わないと落としづらいらしい。とはいえ今の海軍航空隊の連中にかかれば蚊を叩き落すようなものだろう。

 もしイギリスが音を上げたらアメリカが欧州戦線に肩入れする理由がなくなるから、ドイツはなんとしてもイギリスを占領したいだろうが一度失敗しているからなー」


「ソ連はどうです?」

「アメリカからの援助がなければソ連はドイツと戦い続けられないだろうが、アメリカ次第だな」


「アメリカは共産主義者どもになんで肩入れしてるんでしょう?」

「わたしもそこは不思議に思っているところなんだよ。まさかソ連の間諜がホワイトハウスに紛れ込んでいるわけでもないだろうしな。

 硬い話はこれくらいにして、どんどん飲もう」

「「おう!」」


 ……。



 2月に入り、明日香は東京霞が関の海軍省内の軍令部に出仕した。

 明日香は先に総長として異動していた山本軍令部総長にあいさつを済ませたあと、自分の受け持つ第2部に回った。

 部員の案内で自室・・入った明日香は課長以下の幹部を呼んで簡単に顔合わせを済ませた後、各部にあいさつに回った。

 本人評価では「無難な業務開始」だった。




 昭和18年。1943年3月15日。

 ハワイオワフ島真珠湾上に浮かぶ戦艦大和の艦上で日本とアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドとの休戦協定が結ばれた。

 日本側は山本五十六海軍大将元帥・・軍令部総長。アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドはそれぞれ副大統領経験者、首相経験者が全権大使として大和艦上で休戦協定書に調印している。

 明日香は山本総長の随員として大和に乗り込んでいた。


 休戦条件は山本連合艦隊司令長官(当時)のメモに書いたあったものに加え、日本側の要望どおりアメリカによる対中、対ソ援助の中止が盛り込まれている。

 対中援助中止については、日本側が満州への対米門戸開放を約束したためアメリカ側も譲歩したものである。

 対ソ援助の中止は、1月中旬にホワイトハウス内の政権中枢に入り込んでいた複数名のコミンテルン工作員がFBIによって一斉摘発され本大戦に関わる各種の工作が暴かれたことが大きい。

 これにより、アメリカ世論は一気に反共産主義に傾いた。

 ルーズベルト大統領は健康を理由に辞任し、ウォレス副大統領が大統領に就任している。


(完)



注1:

ソロモン諸島はイギリス領で日本が占領している状態である。日本はイギリスとの戦争は継続している。




[あとがき]

対米戦について言えることは、1943年に入ってしまうと、アメリカはその工業力をフル回転し月刊空母、週刊駆逐艦と言われるほど艦隊を増強してきます。また洗練されたレーダー技術を駆使し、さらにVT信管も実用化されます。強力な航空機エンジンを搭載した高性能航空機も多数出現します。1942年中に対米戦の目途が立っていなければ日本に勝ち目はなかったと思います。


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堀口明日香の仮想戦記その3、ハワイ封鎖 山口遊子 @wahaha7

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