第34話 魔王様は勇者になっても趣味に走りました

 ――勇者。


 それは人類にとっても魔族にとっても、特別な意味を持つ称号だ。

 ただし、魔族にとっては限りなく悪い方向での特別だが。


 というのも、勇者という称号が生まれたきっかけが『魔王討伐』にあるからだ。

 はるかいにしえ、初代魔王を討ち果たした英雄がいた。


 彼こそが最初の勇者であり、魔族にとっては最も忌むべき存在だ。

 そう、勇者とは『魔王を討つ者』という側面を持った称号でもあるのだ。


 最初の勇者以降、魔王討伐を果たした勇者は存在しない。

 しかし、それでも勇者といえば『魔王を討つ者』というイメージは定着している。


 現在は社会に大きく貢献した冒険者に送られる名誉称号となっている。

 それは魔族との戦いがなくなっていった中で徐々に変化していった結果だ。


 七十年前まで、勇者とは魔族との戦いで功績を示した者に送られる称号だった。

 当時の人魔の関係を考えれば、これほど魔族を煽れる称号も他にない。


 だから、勇者の称号を授けられた者は、魔族からは蛇蝎の如く忌み嫌われる。

 で、まぁ、要するに私が何を言いたいかといえば……、


『魔王が一番もらっちゃいけない称号だろう、それは』


 ってことだよ!



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 話の続きは、まず重大な暴露から始まった。


「ロレンス殿は魔王打倒を目指していると伺っております。細かい事情はお手紙には書かれておりませんでしたけれど、その目的を果たすために冒険者になられたと」


 え、手紙って何?

 という疑問を、マリィも覚えたようで、彼女が女王に尋ねる。


「あの、陛下。そのお手紙というのは……?」

「もちろん、わたくしのシェリンダからのお手紙ですよ、いとしきマリオン。わたくしとシェリンダは、わたくしが即位する前からお手紙のやりとりを欠かしておりませんの。わたくしにとっては数少ない楽しみの一つなのですよ」

「え~、シェリィお姉ちゃん、そんなことしてたんですかぁ~?」


 マリィとリリィが、二人して姉の方を流し見る。

 シェリィは、どこか誤魔化すような感じでついと視線を逸らした。


「二か月前までは主に自分がこなした依頼について書かれていたのですが、ここ最近はずっとロレンス殿のことばかり。やれ、ロレンス殿の武器捌きがカッコいい、とか。やれ、ロレンス殿が時折見せるアンニュイな表情がたまらない、とか」


 ニコニコと微笑みを湛えたまま、女王陛下、トンデモ情報カミングアウト。


「ちょッ、ア、アリスゥ~~~~!?」


 公衆の面前で友人だけに明かした惚気を暴露されたシェリィが、思わず叫んだ。

 そうか、女王相手にあだ名で呼び合える仲なのか。それはすごいな。


「へぇ、姉さん、そんなことを……」

「人は見かけによらないっていうかぁ~……」


 シェリィを横目に見ているマリィとリリィが、揃ってニヤケ面になった。

 これは、シェリィからするとブン殴りたくなるくらいムカつくであろうなぁ……。


「あらあら、そういえばここにはウチの貴族も集まっておりましたわね。すっかり失念しておりました。ごめんなさいね、わたくしのシェリンダ。許してね」

「……覚えてなさいよ、アリス」


 あ、シェリィがマジギレしてる。珍しい。

 これは王都に広まっちゃうんだろうなぁ、噂。人間ってこういうの好きだもんね。


「話を戻しますが、ロレンス殿が魔王打倒を目指していらっしゃるのでしたら、勇者という称号は必ずやあなたの力となりましょう。今現在、この称号は優れた冒険者に贈られる名誉称号扱いですが、これから先、魔族との新たな戦いが起きたとき、それは真なる価値を発揮することになるでしょう」


 女王アリシエラの言わんとするところをは理解できる。

 勇者という称号は、人類にとっては魔族を討つ者という意味で受け取られる。


 それは即ち、魔族に関する情報を集めやすいということでもある。

 彼女の視点に立てば、なるほど、我が主にとって勇者の称号は間違いなく有用だ。


 が、それでも断言しよう。

 ものすっっっっっっっっごい、ありがた迷惑ッッッッッッッッ!


 だって、魔族との新たな戦いを起こさないのが私達の本当の目的なのだ。

 起きちゃいけないんだ、そんな戦い。それを防ぐために我が主は動いているのだ。


 そんな称号、むしろ我が主が魔王に復帰する際の足枷になりかねない。

 魔王にして勇者とかさ、どこの幻想小説の設定だよ――、って……、幻想小説?


『……おい、我が主』


 一抹の不安を覚えた私は、我が主に念を押そうとする。

 だが先に、我が主が口を開いていた。


「恐れながら、女王陛下」

「はい、何でしょうか、ロレンス殿」


「冒険者となってまだ二か月にも満たず、それ以前は流浪の身であったそれがしに勇者の称号を授けるとの由、まことに誉れ高きこと。ありがたき幸せにございます」

「いいえ、よいのですよ。あなたは『四天王撃退』という快挙を成し遂げられた方。これでもまだ足りないくらいであると、わたくしは考えております」

「『撃退』じゃなくて『討伐』なのに。本当は……」


 ボソッ、とマリィが不満げにこぼすが、それは結局証明できなかったからな~。

 ま、人類にしてみれば『撃退』でも相当な功績なんだろう。


 その証拠に、さっきから居並ぶ貴族達から一切物言いがついていない。

 彼らは我が主に好奇の目こそ向けれどもそこに忌避や嫌悪、悪意のたぐいはない。


 端的に述べれば、あれは『英雄を眺める目』だ。

 それだけでも、彼らが今回の一件を好意的に捉えていることが窺える。


 それはそれとして、何か我が主が勇者の称号を受け取りそうな気配。

 マジやめて。それだけはやめて。本当にやめて、我が主!


「――勇者の称号の授与、まことに栄誉の極みなれど。それがしはこれを受け取るわけには参りません。女王陛下のご厚意に対し、非常に失礼とは存じまするが」


 お、おお!

 そうだよな、やっぱりそうだよな、我が主! 信じてたぞ、我が主!


「それは、何故?」


 女王が不思議そうに首をかしげる。

 三姉妹も断るとは思っていなかったらしく、意外そうにこちらを見ている。


「それがしは勇者を名乗るには穢れすぎているからでございます。我が身は罪を帯び、業を抱え、罰を待つ身なればこそ、いかなる栄光も身に余るという――、いえ、言葉を濁すのはやめましょう。それがしには無用の長物なのです」


 言い切った。思いっきり『いらねぇ』と言い切った。

 これは、さすがに私も感動を禁じ得ない。我が主、素晴らしいぞ、我が主ィ!


「なるほど……」


 アリシエラが、何かを納得したように深くうなずく。


「他人にはわかりにくくも優しいクセに、自分には厳しさを越えて自虐的、あるいは自罰的である。ですか……。わたくしのシェリンダのお手紙通りのようですね」

「……ちょっと、アリス」


 シェリィが恨みがましい目で女王を見るが、もう諦めろ、この場では勝てんぞ。


「あなたがそうまで言われるのでしたら、勇者の称号を授けるのはやめましょう」

「そんな、何ともったいない……!」

「『四天王撃退』を成した英雄に対し、それはあまりにも……!」


 女王の裁定に、周りの貴族達が次々に声をあげる。

 私が思っていた以上に、彼らは我が主のことを英雄視しているらしい。


 だが、女王はザワつく場の中心にいながら、実に平然としている。

 これは、何か思惑がありそうだが、我が主が固辞した以上、何をしても無駄……。


「さて、困りましたね。わたくしが考えに考えた褒賞なのでしたけれど、それを断られてしまってはわたくしの立つ瀬がありません。どうしたものでしょうか……」

「まことに申し訳なく存ずる。いかなる罰も受けましょうぞ」

「そうですか、では罰を与えましょう」


 え。


「何、罰って。アリス?」

「そんな怖い顔をしないで、わたくしのシェリンダ。いとしいマリオンと、可愛らしいリリエラも、三人共、せっかくの美しいお顔が台無しよ?」


 女王アリシエラ、ここで可愛らしくウインクを一つ。

 それを見て、私の中でしぼみかけていた不安が、また一気に増大する。


「それではロレンス殿。わたくしの厚意を無碍にした罪で、あなたには『勇者を名乗らなければならない罰』を与えますわ。これならばよろしいでしょう? 勇者という称号を授けるのではなく、勇者という烙印をあなたに押そうというのですから」


 ぐ、ぐああああああァ――――ッ!

 そう来たかァァァァァァァァァァァァァァァァ――――ッッ!?


『ゆ、勇者という、烙印……ッ!?』


 ああ、我が主が弾んだ声を出しちゃった! 心の琴線に触れちゃったよ!

 そうだよな、おまえ好きだもんな、そういう言い回し! 心から大好物だもんな!


「…………」


 我が主が、女王を見上げながらしばし沈黙を保つ。

 やめろよな? マジやめろよ? フリでも何でもなく、それは本当にやめろよ?


「――それが罰であるというのならば、このロレンス、甘んじて受け入れましょう」


 そう言って、我が主は深々と頭を下げた。

 ああああああああああああ、受け入れちゃった、このバカァァァァァ~~~~ッ!


 それだけはやめろって言ったじゃん!

 え、そんなこと言ってない? 思っただけ? うるっさいわ!


「勇者万歳!」


 無言を通していたザルツェンバーグ侯爵が、いきなり大声を張り上げた。

 それを皮切りに、場は瞬く間に勇者コールで満たされていく。


「勇者万歳! 勇者万歳!」

「勇者ロレンス万歳!」

「勇者万歳! 勇者ロレンス万歳!」


 諸手を挙げての貴族達の祝福に、女王アリシエラも満足げにうなずく。

 三姉妹も互いに満面の笑顔を浮かべて、喜びを分かち合っている。


『魔王にして勇者、か……。フフフ、いいね。すごくいい。まさか『設定』じゃなくて現実でそんなカッコいい烙印を押されることになるなんてね。……フフフフ!』


 そしておまえが一番嬉しそうなの何なんだよ、我が主ィ!

 ぐおああああ、不安的中すぎる。

 小説にありそうなネタだな~って思ったら、案の定、飛びつきやがった……。


 こうして、我が主は勇者となった。

 魔王ディギディオン・ガレニウス打倒を目指す勇者ロレンス・アルゲント二世。

 なお、勇者の中の人も、魔王ディギディオン・ガレニウス。


 ……使い魔、とっても胃が痛い。


「ときに、女王陛下」

「何でしょうか、勇ましきロレンス殿」


「大いなる喝采と祝福を受け、今ここに誕生した一人の勇者。それを玉座より見届ける麗しき女王。だがその夜、彼女は秘密裏に自分が烙印を押した勇者を呼び寄せた。実は彼女には裏の意図があった。それは黒き勇者に魔王軍四天王を討伐すべしとの密命を下すことだった。そう、彼女は王国の統治者であると同時に大陸の冒険者ギルドを統べるし超有能な大ギルド長でもあったのだ。――かくして、今ここに大ギルド長よりそれがしに対して発令される感じのSSSランク依頼などはございませんか?」

「ありません」


 あってたまるか。

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【第一部完結】魔王様は世界を救うロールプレイを始めました~でも毎秒黒歴史を量産するので使い魔からは「もうやめてくれ!」と思われています~ はんぺん千代丸 @hanpen_thiyo

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