第33話 魔王様は禁忌の称号を賜りました
――その後について、少しだけ触れようか。
見事に魔王軍四天王の一角であるサラマンデの討伐を成功した我が主達。
協力してくれた冒険者への報酬は、シェリィがギルドに掛け合うことで確保成功。
正規の依頼ではないものの、冒険者達には結構な額の報酬が支払われたという。
まぁ、ヴェガントを襲った事件については、街の民全員が目撃者だからな。
これは、ギルドも確認が容易だったことだろう。
シェリィの名声も有利に働いてくれた。やはりSランクの信用度って高いなー。
ま、それはいいんだ。それは。
問題は、当事者である我が主と三姉妹に対する褒賞だよ。
「え、魔王軍四天王の一人を討伐した? まさか~、そんな~! ご冗談を~!」
と、終始こんな調子だったぞ、冒険者ギルド!
いや、仕方がないことではあるけどな。四天王討伐とか、人類史上初の快挙だし。
それに加えて、討伐の証がないのが痛かった。
サラマンデは完全に消滅しちゃって、証になる品が何も残らなかったから……。
証がないのでは、四天王討伐が事実かどうかギルドも判断できまい。
いや、証があってもギルドがそれを信じてくれるかどうか、怪しいところか……。
何せ人類史上初の快挙だ。
大陸の片隅にある小国の冒険者ギルドが取り扱うには荷が重すぎる。
当初、冒険者ギルドは街を守った功績について、我が主への褒賞を検討していた。
手柄としては四天王討伐より全然小さいが、妥当な落としどころに思えた。
我が主も、それで納得するはずだった。
こういうところは趣味がアレでもさすがは魔王。器の大きさが窺い知れる。
と・こ・ろ・が――、
「いや~、それはちょっとなしかな~。あたしは認められないよね、そんな案」
「ロレンスが成し遂げたのは、前人未到の大偉業なのよ? だったら、ちゃんとそれに見合った報酬を要求するわ! 誤魔化すような真似はさせないんだからね!」
「ですですぅ~!」
三姉妹、ギルドの提案を頑として突っぱねる。
これによって、事態は一気にこんがらがってしまった。どうしてこうなった。
こうして、三姉妹とギルドの間で丁々発止の交渉が繰り広げられることとなった。
ギルド側は『街を守った功績』で報酬を出すべきという主張。
それに対して、三姉妹は『四天王を討伐した功績』で報酬を出せという主張。
当然、両者は平行線。
どれくらい平行線かというと『あ、平行』って誰が見てもわかるレベルで平行線。
交渉は、一週間に渡って続いた。
そしてついにヒートアップしたシェリィがこんなことを言い出したのだ。
「ロレンス君、エルダーンに引っ越そうよ。あそこのギルドは太っ腹だよ~?」
ロシュディア唯一のSランク冒険者、衝撃の活動拠点移転宣言。
さぁ、いよいよ大ゴトになってまいりました。どうして、どうして……。
しかし、ここで何と今回の一件を見かねて、王宮が介入してきた。
王家にとってもシェリィの存在は惜しいのか、それとも侯爵が口出ししたのか。
で、どうなったかというと、ヴェガントの街に調査団が派遣されました。
それも、この一件に対処するためだけに結成された肝いりの専門家チームが。
我が主と三姉妹も同行し、現地にて様々な調査が行われた。
専門家チームの本気もあって、調査は実に三週間にも渡って念入りに実施された。
結果、三姉妹にとって有利となる事実が正式に認定された。
それは、ヴェガントの街を襲ったのが魔王軍四天王であった、という事実。
調査により火山地帯の地脈に『
魔族の中で『災厄化』を使えるのは四天王のみだ。
その事実から、王宮にギルドに『四天王撃退』の功績を認めるよう沙汰を下した。
しかし、認定されたのはあくまでも『四天王討伐』ではなく『四天王撃退』。
これについては、やはり討伐したという証がないのが響いた。
それでも『四天王撃退』は、人類史上でも数例にも満たない偉業ではある。
「ま、仕方がないか。ここが矛の収めどころかな」
「納得はできないけど、そうね……」
「ロレンスさんの功績は、リリィ達が知ってますからぁ~」
と、いうワケで、以上が『ロレンスの報酬事件』のあらましである。
なお、上記の一件で我が主が三姉妹を止めたりしなかったのかというと――、
『いやぁ、現実は小説より奇なりって格言が鉄桜国にあるけど、これってまさしくそれだよねぇ~! こういう、現実の中で展開する物語、大好きだなぁ~~!』
この有様だよ。
別に人死にが出るワケでもないので、この野郎、全力でエンジョイしやがったよ。
そしてサラマンデ討伐からきっかり一か月。
三姉妹と我が主と私は、これから王都ロシュトーラの王宮にて国王に謁見する。
…………何で?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
騒動終結後、王宮から招かれて国王と謁見することになった。
起きたことを語るなら、それだけだ。
問題は、何で王宮に招かれたんだ。という点。
それについては、三姉妹も皆目見当がつかないらしい。
「ここの王様、英雄とかその手の話が結構好きな人でさ~、それ関連かもね~」
王宮内、謁見の間に続く回廊を歩きながら、シェリィがそんなことを語る。
小国といえども王宮は立派な造りをしており、石造りの回廊もなかなかに壮麗だ。
整列する白い石柱と、磨き抜かれた石床。
一切歪みが見られない空間を、硬い靴音を立てて我が主と三姉妹が進んでいく。
それもしても英雄好き、か。
我が主と話が合いそうだな~。小説とかも結構読んでそうかも……。
「間もなく謁見の間となります。以降、私語は慎まれますよう、お願いいたします」
案内役の文官が、控えめな物言いをする。
相変わらず黒ずくめの完全武装姿の我が主がそれにコクリとうなずく。
「運命のしるべが俺に囁く。賢者はいずれ語るであろう、大いなる宿業の決着。光と闇の因果の果てに待ち受ける終末の景色と、その結末を。……今は、語るに及ばず」
語るのか語らないのか、どっちかにしてほしい。
ちなみに今の意訳は『すいません、これからは私語を慎みます』である。
「……? ……? ……はぁ。どうも」
案内役の人、首かしげすぎて頸椎損傷しかねないレベルに達しちゃってるぞ。
ヤダなぁ、謁見が終わるまで我が主にはとにかく黙っててほしい。
今の我が主は、一言一句が全て恥の上塗りにしかならない逆無双モードだ。
何を言っても恥命傷。
別に致命傷の誤字じゃないぞ。恥ずか死するレベルってことだぞ。
「この先、謁見の間でございます」
回廊を進んだ先、両開きの大扉がゆっくりと開いていく。
そして開ききった先で、玉座の前に並んだ兵士達が一斉にラッパを吹き鳴らす。
「わぁお」
この盛大な出迎えに、シェリィも軽い驚きを見せる。
謁見の間は、かなりの広さがあった。
入り口から真っ赤なカーペットがまっすぐに伸びており、その先に一段高い玉座。
部屋の作り自体は簡素だが、それはあまり気にならなかった。
何故なら、レッドカーペットの両側に多くの人々が詰めかけていたからだ。
「おお、来たぞ!」
「あれが噂に聞く……」
「何と物々しい姿をしているのだ」
おうおう、何か色々と聞こえるぞ~。
物々しい姿、というのは我が主のことで間違いないだろうなぁ。
どうやら兵士以外はギャラリーのようで、服装を見るに貴族であるようだ。
ま、ここは王宮だし、そりゃあ貴族しかいないだろうな。
で、何でギャラリーなんておるん?
何だこれ、私達、思いっきり見世物にされるんか、これから。
「ねぇ、ちょっとさ」
レッドカーペットを進んだシェリィが、かしずくことなく玉座を見据える。
そこに座る、ティアラ風にデザインされた王冠を戴く二十代の女性。
おとなしげにまとめられた鮮やかな金髪と、晴れ渡る空を思わせる蒼い瞳。
顔立ちは彫像のように整い、すっきりとしたクセのなさが逆に印象深く映える。
座っているため身長はわからないが、スラリと伸びる細い腕はそれだけで美しい。
纏うドレスは柔らかな暖色で、非常に優しい雰囲気を覚える。
知的、というよりは優しい。
美しい、というよりは柔らかい。そんな印象の女性だった。
「この人数は何事なのかな、女王陛下」
「あなたのその大胆無礼も随分と久しぶりですね、シェリンダ・バーミュル」
シェリィに白い目を向けられてもまるで動じない彼女は、この国の女王。
その名を、アリシエラ・フォン・ロシュディアという。
「一同、お控えあれ。女王陛下の御前でありますぞ」
玉座の傍らに立つ宰相ザルツェンバーグ侯爵に促され、我が主達は膝をつく。
貴族達がざわついているが、その視線は我が主に注がれている気がする。
「ねぇ、女王陛下。この人数は何事かな? 観客がいるとは聞いてないけど?」
一応ひざまつきつつも、シェリィはかなり不機嫌そうだった。
にしたって一介の冒険者が王族にとっていい態度ではなかろうに、ハラハラする。
「そこは大目に見てくださいね、わたくしのシェリンダ。本当はわたくしだけでお会いしたかったのですけれど、何故か話が漏れてしまいまして、これはもういっそ、ウチの主立った貴族全員をこの場に集めて、盛大にお披露目しちゃおうかな~。って」
「しちゃおうかな~、じゃないでしょ。漏らすように仕向けたクセに……」
小さく舌先を出して許しを請う女王陛下と、完全に呆れ返るシェリィ。
何か、二人とも随分と砕けた感じに見えるのは気のせいだろうか。
「えっとぉ~、バーミュル家って少し前まで王家の護衛を任されていた近衛騎士の家でぇ~、シェリィお姉ちゃんと女王陛下は、その縁で幼馴染なんですよぅ~」
我が主の隣から、リリィがそっと耳打ちで教えてくれた。
女王陛下と幼馴染とは、随分と変わった経歴を持っているのだな、シェリィは。
しかし、シェリィとの会話の中で、女王陛下は『お披露目』と言ったな。
それは一体、何を指しての話なのか。全然、いい予感がしない。
「右肩に白いカラスを従えた、黒装の戦士。……あなたが、わたくしのシェリンダが入れ込んでいるという、ロレンス・アルゲント二世殿ですね」
「は」
女王陛下に呼ばれ、我が主が一つ声を発する。
「ロシュディア女王アリシエラ様におかれましては、お招きいただき恐悦至極に存じます。陛下の御尊顔を拝謁賜らんこと、このロレンス、望外の喜びにございます」
「あら、あら」
しっかりとした挨拶をこなす我が主に、女王は口に手を当てて微笑む。
一方で、おうコラ、三姉妹。
揃って『何か変なモノ食べた?』みたいなツラすんな。
我が主だって王様なんだから、このくらいの礼儀は弁えとるわ!
いつもアレだからってどこでもアレだって思うな。何事にも例外が存在するのだ!
「改めまして、ロレンス殿。『魔王軍四天王撃退』に関する仕儀、話は聞き及んでおります。ヴェガントの街をお守りいただきましたこと、感謝の念に堪えません」
「それは、成り行きに過ぎませぬ。我が目的は魔王打倒でありますれば、四天王との対立はいわば必然。舞台がたまたまヴェガントの街であっただけのこと」
「あらあら、奥ゆかしい御方ですのね」
魔王打倒という言葉を耳にしながらも、女王アリシエラは悠然と微笑むのみ。
貴族達がさっきよりも激しくザワついているのを見ると、器の差が感じられる。
「それでも、あなたが我が国の民のため尽力してくださったことは確かな事実です。そして『四天王撃退』という、史上まれに見る快挙を達成されたこともまた同じく。ですので、わたくしは為政者として、あなたに何某かの褒賞を与えねばなりません」
「女王陛下、恐れながら――」
「どうか受け取ってくださいまし、ロレンス殿。我が国は弱小なれど、わたくしにも王の面目というものがございます。あなたの働きに報いねば、それを保てません」
女王の物言いは非常に柔らかで耳に心地よいが、反論を許さない威厳もあった。
なるほど、これはよい統治者だ。
言葉や態度の端々に確かなカリスマ性が感じられる。ただ――、
「それで、女王陛下。ロレンス君にどんなものをくれるの?」
「せっかちさんですね、わたくしのシェリンダ。けれども話が早くて助かります。わたくしからロレンス殿にお贈りできる最大限のものを、と、考えていますのよ」
「それは、つまり?」
「『勇者』の称号ですよ、わたくしのシェリンダ」
その爆弾だけは、投げないでほしかったなー……。って。
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