ヘビ

高黄森哉


 冒険者は松明を片手に、森を歩いていた。雪が積もっていて、その様子が、光の届く範囲に広がっている。等間隔で並んでいる杉の木は、この季節でも青々としている。白いうさぎが、時折いて、木々の合間から、赤い目で見つめてくる。


 彼は心細かった。真夜中に、森を通るなんて自殺行為だ。オオカミやドラゴンと遭遇するかもしれない。それに、最近、この森で失踪事件が相次いでいる。どうして、真夜中に出発する羽目になったのか。思い出す。


 盲人の財布をスッたことが発端だった。冒険者は、財布の大金で、ご馳走を食べたり、風俗にいったりしたのだ。それで、気が付いたら日は落ちていた。財布にはただ一つ、深紅の宝石が残った。


 男は例の宝石が、ポケットの中で熱を持っているのを感じた。いいものを盗んだものだ。カイロがないこの世界では、自ずと発熱する宝石は上級魔法の産物で、とても庶民が手が届くものではない。売ったらいくらになるのだろう。


 男は漠然と木々の隙間を眺めていて、違和感を感じて、足を止めた。彼の目の前の雪景色が、うまく説明できないが、変に感じたのだ。松明を、正面の杉と杉の成す巨大な門へ、めいっぱい伸ばした。


 冒険者は戦慄した。そこに、真っ白なうろこを持つ、巨大な蛇が、器用にとぐろを巻いていたからだ。雪が保護色となって、注意していないと、視界から消滅してしまいそうになる。それくらい純白の体色であった。


 だがしかし、怪物の顔を見たとき、恐怖心は消えた。その蛇には、目がなかったからだ。目がある場所は眼窩までへこんでいて、まるで、作りかけの雪ダルマのようである。


「怪物。俺が見えるか」

「否、見えない」


 男は、それがもはや、ただの筋肉の塊でしかないことを悟った。安全圏からならば、人間はどんなこともしてのける。どんなひどいことだってするし、どんなひどいことだっていう。


「へへ。そうやって、肌に何かが触れるのを、こそこそと待っていたんだろう。でもよかったな、俺は松明を持っているからな。自慢のうろこが黒焦げになるところだった。おい蛇。お前は手がないな。だから、こうやって、松明を持つこともできないのだろう。へへ。不便だな」

「持つ必要はどこにある」


 その蛇が目を持たないことを思い出して、ぷっ、と冒険者は吹き出した。


「そうかそうか。ならば、お前には腕も必要がないな。そう、足も必要がない。足で松明を持つ奴はいないからな。ぷっ」

「足を使わずとも移動はできる。それどころか、木へも登れる。ところでお前、しっぽがないな。木に登るためのしっぽが。不便ではないか」

「しっぽなんてなんの役にも立たねえな。役に立たないものを持ち続けるのは、愚か者だ。例えば、盲人が世にも美しい炎の魔石を所有するようなものだな。へへへ」


 白い蛇は、青紫の二股に分かれた舌先をチロリと出した。舌は注射針のように細くとがっていた。


「お前にも、この魔石の美しさは分かるまい」


 と、彼は宝石を蛇の前にかざした。それと連動して蛇の頭が動いた。そのとき、冒険者は気が付いた。そうだ、蛇は熱がわかるのだった。急いで、宝石を投げ捨てる。しかし、蛇は見向きもしない。松明か。彼は松明を雪に押し付けて消した。暗闇がやってくる。


「目だけで世界を見るのは、不便ではないか。暗闇でどうするつもりか。一日の半分は夜だ。ほら、そうやって、不便だろう」


 奇形の異形の声は、すぐそばに聞こえる。冒険者は、半狂乱になりながら、体に雪をかけて、カムフラージュを図る。雪の温度が、とげのように皮膚に突き刺さり、泣きそうになるが、じっと耐えながら雪をかぶる。指の感覚がない、指の感覚が。吐く息を見られないために、息を止めた。


「隠れても無駄だ。私には見えるのだ。私には、人間の罪、、、、が見える」

 

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ヘビ 高黄森哉 @kamikawa2001

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