76.兄弟達の決意

「お疲れさん。よくやったな!」


 レフォードは目の前ではにかむゼファーの頭を撫でて言う。ゼファーが答える。


「ありがとうございます、レー兄さん。本当にみんなのお陰です」


「はははっ、気にすることないよ、ゼファー」


 それに金髪の騎士エルクが笑顔で答える。




 皇帝ハルクを倒し帝国に戻ったゼファーやレフォード達は、そこから思っても見なかった忙しい日々を過ごすこととなった。


 絶対的な指導者である皇帝を失った帝国だが、そこは民からの人望も厚い剣士ロウガンが先頭に立ち国をまとめる。その中で世襲制を廃止し君主選挙制を導入することを皆に説明し了承された。

 そのロウガンが圧政を敷いた元皇帝ゼファーを初代国王に推薦した時は皆が驚いたが、元の人格に戻ったゼファーを見て皆は賛同するようになった。


 そして選挙当日。即日開票されたその結果を見てレフォードが声を上げた。



「やったな、ゼファー!! お前が国王だ!!!」


 圧倒的勝利。剣士ロウガンと言う強力な推薦人を得たゼファーが勝利し、見事『ガナリア王国』の初代国王に即位した。ゼファーがその就任式で皆を前に大きな声で宣言した。



「私はこの帝国、いやガナリア王国にたくさんの悲しみを与えた。それは生涯かけて償っていかなければならない私の咎。我は誓う。この身を挺して生涯、国に尽くすことを!!!」


 これまでの自分勝手な皇帝とは違う、全く新しい指導者。そんなゼファーに国中の者がその過去の過ちを忘れ期待した。そして嬉しいニュースは続く。



「これがその魔導書か」


 レフォードとゼファーの元に魔導人体サイボーグ化に関する魔導書が届けられた。

 ハルクによって殺されてしまった魔導士達。だが彼らが記した書物は、幸運なことにそのままの状態で残されていた。レフォードが妹達に尋ねる。


「これ分かるか?」


 ヴァーナにルコ、そしてレスティアがそれを見つめる。ルコが言う。



「簡単なの。ルコならできるの」


 レフォードが驚いて言う。


「本当か!? それは凄い!!」



「わ、私だって読めれば分かるぞ!!!」


「私は無理~、意味不明だよ~」


 ヴァーナとレスティアもそれに反応する。ゼファーがルコに尋ねる。



「それで一番知りたいのは、魔導人体サイボーグ化の解除方法だ。ルコ、分かるか?」


 尋ねられたルコがじっと魔導書を見つめしばらく考える。

 レフォード達の目的は単純。このような恐ろしい魔法実験を永久に破棄することと、並びにゼファーとハルクに掛けられた魔法の解除。秘密が漏れぬよう身内から尋ねたレフォードだが、ルコが思わぬ言葉を返す。



「ご褒美。解除出来たらご褒美が欲しいの」



「は? ご褒美!? 何だそれ……」


 思わず聞き返すレフォード。だがルコは真剣だ。



「何か欲しいものがあるのか?」


 思わず聞いてしまったレフォードにルコが不気味な笑みを浮かべて応える。



して。ほっぺでいいからちゅーして欲しいの」



「は? はああああああああ!!??」


 思わず仰け反るレフォード。すかさずヴァーナが叫ぶ。



「ふ、ふざけんな!!! 私だってして欲しいぞ!!! ちゅー、ちゅー!!!」


「ば、馬鹿なこと言うな!! どこに兄弟でちゅーなんてする奴がいるんだ!!!」


 レフォードが必死に反論するもルコは表情を変えずに言う。



「そうなの。じゃあ、考えても分からないの。あー難しいの」



(絶対分かってやってるだろ……)


 傍で見ていたゼファーが内心思う。そして言う。


「レー兄さん、いいじゃない。ほっぺにちゅーぐらい」


「ば、馬鹿!!! こいつらは俺の妹で……」


「外国には挨拶でちゅーする場所もあるそうだよ。兄弟だしいいじゃん」



「そうなの。ちゅーぐらいいの」


「わ、私もちゅーしてくれ!!!」


 困り果てたレフォードが思わず言う。



「わ、分かったから。じゃあ、解除をやってみろ!!」


 それを聞いたルコが満面の笑みでゼファーに言う。



「目を閉じて」


「ん? ああ……」


 言う通りに目を閉じたその頭に、ルコの小さな手が乗せられる。



「……」


「……ん?」


 数秒。ルコがゼファーの頭から手を下ろすとレフォードに言った。



「終わったの」


「は? 終わったって……??」


 まさかを疑うレフォード。ルコが言う。



魔導人体サイボーグ化の解除が終わったの」


「マ、マジか!? 速すぎねえか!!!」


「簡単なの。魔導書の魔法を逆算して掛けたの。それだけ」



(す、凄い……)


 解除の真偽はまだ分からないが、本当なら恐るべき魔法の才能。その場にいた皆がルコの能力に驚いた。



「わ、私もできるぞ!!!」


 そしてもうひとり。魔法の天才が叫ぶ。



「覚えた!! 今の見て覚えたぞ!! ゼファーはもう終わったから、残りはハルクだな!! さ、行くぞ!!!」


「え? あ、おい、ヴァーナ!! ちょっと待て!!!」


 レフォードに呼び止められるも、ひとり地下牢へ走る様に向かったヴァーナは、今ルコがやった通りの解除をハルクに掛けて戻って来た。



「さあ、レー兄。私にちゅーしてくれ!!」

「ルコにもちゅーするの。我慢できないの」


「ちょ、ちょっと、お前ら……」


 後ずさりするレフォードにエルクがため息をつきながら言う。



「レフォード兄さん、約束しちゃったんだから仕方ないでしょう。ほっぺにちゅーぐらい大したことないですよ」


「お、お前、エルク、勝手なこと言ってんじゃねえ……」


 そう言うレフォードの語気が徐々に弱まる。ゼファーが言う。


「もう諦めなよ、レー兄さん。さ」



「『さ』じゃねえって、マジで……」


「観念しろ、レー兄」

「大人しくするの、レー兄様」


 結局レフォードは半ば強制的にふたりの妹のほっぺにちゅーをさせられた。






「まったくあの時は酷かったな……」


 レフォードが無理やりちゅーをさせられたことを思い出しぼやく。

 ガナリア王国の初代国王に即位し、初の外交先であるラフェル国王にやって来たゼファー。国王との会談を終え、今は兄弟達との食事会に向かっている。ゼファーが尋ねる。



「何の話?」


「ん? ああ、お前らに無理やりちゅーさせられた話だ」


「ああ、そんなこともありましたね」


 まるで人ごとのようなゼファー。



「誰が誰にちゅーしたの?」


「え? 誰ってレー兄さんがルコとヴァーナに……、って、誰!?」


 思わず振り返るレフォードとゼファー。だがふたりは分かっていた。その聞き慣れた女の声に。



「一体どういうことなの!!! お兄ちゃん!!!!!!」


 そこには真っ赤な顔をして鬼のような形相でこちらを睨むミタリアの姿があった。

 魔導人体サイボーグ化の解除のご褒美キス。これはその場にいた者だけの最重要秘密事項であったが、呆気なく機密は漏洩してしまった。レフォードが焦りながら答える。



「い、いや違うんだ!! 俺は無理やり……」


 ゼファーだけが『なぜ言い訳をしなきゃならないのか』と思ったが、それはこのふたりには意味がない事だと理解した。ミタリアが目を吊り上げてレフォードに歩み寄りながら言う。



「この浮気者……、絶対に許さないんだから……」


「お、落ち着け、ミタリア……」


「お兄ちゃん、あなたの主は誰なの?」



「あ、主!? それは……」


 レフォードは以前、領主ミタリアの護衛として雇われたことを思い出す。


「お、お前かな……」


「お前って誰よ!!」



「ミ、ミタリアだけど……」


 ミタリアが腕を組んで言う。



「じゃあ、私にもちゅーして。領主命令。主命令よ!! さあ、早く!! 今すぐっ!!!」


 動揺するレフォードが後ずさりしながら言う。



「さ、さあ、みんなが待ってる! 行くぞ!!」


 そう言って兄弟達が待つ食堂へと走り出す。ミタリアが大きな声で言う。



「あー、逃げた!! お兄ちゃん、待ちなさいっ!!!」


 レフォードを追いかけるミタリア。それを苦笑しながらエルクとゼファーも後に続く。





「あ、レー兄が来たぞ!!」


 ラフェル王城の豪華な食堂。今日はガナリア王国の国王としてやって来たゼファーとの食事会ということで、特別に貸し切りにして貰っている。

 豪華な料理が乗せられたテーブルを前に、レフォード達兄弟が座りその主役を待っている。ようやくやって来たレフォードを見たヴァーナに続き、ルコも言う。


「やっと来たの。遅かったの」


 レフォードの後に続きミタリア、エルク、そして主役のゼファーがやって来る。レフォードが言う。



「やあ、みんな。待たせたな!!」


「お、お兄ちゃん!! 逃げないでよ!!!」


 ミタリアがレフォードの袖を掴んで言う。





「マリア……」


 食堂にやって来たエルクに、真っ赤な髪を揺らしながら立ち上がったマリアーヌが駆け寄る。



「ん……」


 ふたりは皆の前で抱きしめ合うと、躊躇せずに唇を重ねた。ガイルが呆れた顔でふたりに言う。



「お前らさあ、挨拶代わりにキスって一体何なんだよ……」


 それでも唇を重ね続けるエルクとマリアーヌ。皆の視線をしっかりと受けた後、頬を赤く染めたふたりが見つめ合ってから答える。


「すまないな、ガイル。私はマリアの愛に常に全力で応えることにしたんだ」


「嬉しいわ、エルク……」


 そして再びキスを交わすふたり。

 エルクは目覚めた後、マリアーヌの献身的な看病を知り過去のわだかまりを捨て求婚を申し入れた。エルクの為に尽くして来たマリアーヌはもちろんそれを承諾。ふたりの挙式は国を挙げて盛大に行われた。

 つまりふたりは夫婦めおと。エルクは兄弟の中で最初の既婚者となった。ミタリアがレフォードの腕を引っ張り、エルク達を指差して言う。



「お兄ちゃん、あれあれ!! 私もあれがいいの!!!」


 レフォードが唇を重ねるふたりを見てから答える。


「ば、馬鹿言うんじゃねえ!! あれは夫婦だろ!? ああ言うのはな……」



「じゃあ夫婦になればいいじゃん!!」


「いや、だからそうじゃなくて……」



「おい、ミタリア!! お前何勝手なこと言ってんだよ!!」


 ふたりの会話を聞きつけたヴァーナが体から炎を出し詰め寄る。ミタリアが答える。


「うるさいわよ、ヴァーナ!! 私とお兄ちゃんの話なの!!」



「抜け駆けは許さないの。ルコもレー兄様と結婚するの」


 当然ながらルコも黙って椅子に座っているはずがない。ミタリアがルコを指差しながら言う。



「抜け駆け!? 抜け駆けしたのはどっちよ!! 私聞いたんだからね!! ふたりはお兄ちゃんとしたんでしょ!!!」


「したぞ」

「したの」


 即答するふたりにミタリアが発狂しそうになりながら言う。


「ほ、ほら!! そんなの絶対に許さないんだから!! どうして私だけしてくれないの!! ねえ、お兄ちゃん!! そんなの不公平でしょ!!!」


 そう言って握っていたレフォードの腕を左右に揺さぶるミタリア。


「お、おい、やめろ。ミタリア!!」


 ふらつきながらレフォードが答える。



「ねえ、レーレー。今日はこのスイーツ全部食べていいんでしょ~??」


 テーブルの上には今日の食事会の為に用意された豪華な料理がてんこ盛りに乗っている。レスティアにとっては長いことお腹いっぱい食べられなかったスイーツ。エルクの治療も終えた今日こそは目いっぱい食べるつもりだ。ガイルが答える。



「いいに決まってるだろ。早く食べろよ。もぐもぐ……」


 ガイルは既に口いっぱいに料理を頬張っている。兄弟との再会よりとりあえずはメシである。



「エルク……」


「マリア……、んん……」


 エルクとマリアーヌは完全にふたりだけの世界に入り、何度も口づけをかわす。



「なあ、みんなさあ、今日は俺の為に集まってくれたんじゃないのかよ……」


 そんな中、たったひとり佇立するゼファーが苦笑しつぶやく。




「お、おい、みんな聞いてくれ!!」


 ミタリアとルコ、ヴァーナが喧嘩を始めようやく解放されたレフォード。すすっと場所を移動して皆に語り掛ける。エルクが尋ねる。



「レフォード兄さん、どうしたんですか?」


「ああ、今日はゼファーの国王即位の為にみんなに集まって貰ったんだが、まだひとつとても重要なことが残っている」


 レフォードが話し始めたことに気付いた皆が視線を義兄に向ける。ガイルが言う。



だよな、レフォ兄」


「ああ、そうだ」



「そりゃそうだろ。あれに決まってる」


 ヴァーナも喧嘩をやめ腕を組んで言う。


「ですね、レフォード兄さん」


 そう言いながらひとつ空いたテーブルの席を見てエルクも言う。



「当然ですね。レー兄さん」


 ゼファーも頷いて同意する。レフォードが改めて皆に言う。




「俺達の本当の食事会は、そこに座るはずのの兄弟を見つけてからだ。こうしてみんなに会えたことは嬉しいが、まだ終わっちゃいねえ。俺達の大切な兄弟だ」



「だね~」


 レスティアもスイーツを頬張りながら頷く。ミタリアがレフォードの前に来て尋ねる。



「じゃあ、また行くんだね。お兄ちゃん!!」


 レフォードが頷いて答える。



「ああ、もちろん探しに行く。ガイル、ミタリア、また頼むぞ」


「了解~!!」


 ご飯を食べながらガイルが敬礼のポーズを取る。ミタリアはレフォードに抱き着いて答える。


「やったー!! またお兄ちゃんと一緒に旅できるーーっ!!!」


 それに不服な顔をしたヴァーナとルコがやって来て言う。



「わ、私も行くぞ。レー兄!!」

「ルコも行くの。お嫁さんだから」


 レフォードが首を振って答える。



「だーめだ!! ヴァーナはヴェスタ公国、ルコは魔族領の守り」


「えー!! そんな……」


 落ち込むふたり。



「エルクはもちろんラフェルの騎士団長だし、ゼファーは新生ガナリアを引っ張っていかなきゃならない。レスティアもラリーコットでまた治療を始めてくれ」


「分かりました。レフォード兄さん」

「もちろんそのつもりですよ、レー兄さん」

「は~い、ダルいけど頑張るよ~」


 エルク、ゼファー、そしてレスティアがレフォードの言葉に応える。ミタリアが最後の兄弟を思い言う。



「きっと待ってるよね。お兄ちゃんが探してくれるのを……」


「ああ、そうだな」


 レフォードが頷いて言う。ガイルが尋ねる。



「レフォ兄、それでいつ出掛けるの?」


 レフォードが笑いながら言う。



「明日だ」


「は? 明日!? それは急すぎるだろ!!!」


 戸惑うガイルをよそにミタリアがレフォードに抱き着いて言う。



「私はいつでもいいよ!! お兄ちゃんとずっと一緒なんだから!!」


「あ、またミタリアがくっついた!! 離れろよ!!!」

「油断も隙もあったもんじゃないの。凄く心配なの」


 ヴァーナとルコがミタリアを剝がしにかかる。レフォードが困った顔で言う。



「ば、馬鹿やめろ!! 危ないだろ!!」


 妹達に引っ張られよろめくレフォードを見て、他の兄弟達が笑いに包まれる。

 八弟妹最後のひとりを探すために団結する一同。レフォードは絶対に探し出し、こうしてまた皆で笑い合うことを心に誓った。

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愚かな弟妹達は偉くなっても俺に叱られる。 サイトウ純蒼 @junso32

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