北の国から届けたいもの
堀井菖蒲
北の国から届けたいもの
この物語は秋乃晃さん作changing pointの中の「北の国へと2023初夏」(One-Sided Gameとあの娘が空を見上げる理由のクロスオーバー作品)へのアンサーストーリーです。時間軸は、あの娘が空を見上げる理由-赦し-の直後です。
できればお読みになる前に、北の国へと2023初夏をお読み下さい。
https://kakuyomu.jp/works/16817330660123189108/episodes/16817330660261748410
***
彼女は嵐のようにやって来て、降り止まぬ豪雨のように激しい勢いで彼氏との馴れ初めをしゃべり、極普通に学園都市線に乗って帰って行った。
彼女の名前は安藤モア。とても美しい女性で、モデルのような現実離れしたプロポーションをしていた。そう考えて、雑誌か何かで見たことがあるかも知れないと、思い至る。十文字零っていうモデルさんに凄く似ている。もしかしたら「十文字零」は芸名で「安藤モア」が本名なのかも知れない。サイン貰っておけば良かった。ちゃんと「樹々さんへ」って書いて貰えば「芸能人も立ち寄ってるんだ」と話題になるかも知れなかったのにと、美葉は歯噛みした。
彼女の依頼は「キングサイズのベッド」を作って欲しいというものだった。選んだ材質は檜。だが、予算が合わなかった。彼女が提示した予算は、500円玉100枚。つまり、五万円であった。樹々のWサイズのベッドは二十五万円ほど頂いている。素材はウォールナットなどこちらが在庫として持っている木材だ。檜は取り寄せとなるし、高価な木材なので値段が倍ほどに上がる可能性がある。
彼女が北海道在住の方であれば、材質を妥協して貰ってもう少し安価で仕上げることも可能だった。しかし、彼女は東京に住んでいるらしい。そうすると、車にパーツを乗せてフェリーで運び、現地で組み立てる必要がある。フェリー代と出張費が更に上乗せになってしまうのだ。
「作って貰えたらコズミックパワーで何とかするぞ!」
と不思議なことを言っていたが、何とかなるとは思えない。安藤モアさんは夢見る乙女で、彼氏との馴れ初めは壮大なSF小説のようだった。
「折角東京から訪ねてきてくれたのにな……」
京都の木寿屋を退職し、正人と樹々の再建を始めた矢先の嬉しい出来事だった。正人と何とか彼女の希望を叶えられないかと思案したのだが、家具の料金を安く見積もってもフェリー代はどうにもならない。
その時、工房のドアが開いた。正人がニコニコと笑みを浮かべて歩み寄ってくる。その手にあるものを見て、美葉は思わず胸を熱くした。
ミニチュアサイズのベッドを正人が抱えていたのだ。
「折角東京から来て頂いたのに、ただお断りするのは気が引けて……」
そういってポリポリと頬を掻く。
こういうところが愛しいのだと、美葉は思う。
「あ、じゃあ私、二人の人形を作ろうかな」
パチンと美葉は両手を叩いた。モアから拓三という男性の写真を見せて貰ったので、二人の人形はそれらしく作れそうだ。彼氏は百九十㎝を越える長身で、オレンジ色の瞳をしている。
「北海道の美味しい物も、一緒に送ろうか。今ならミズダコの燻製なんか、いいかもね」
「い、いや! ミズダコはやめましょう!」
美葉が言うと、正人は慌てて両手を振った。額に汗が滲んでいる。ミズダコは巨大な蛸で、足を広げると五メートルほどになる。スーパーでは足を何分の一かに刻んだ状態で売っている。北海道で「タコ」と言えばこのミズダコを示す。淡泊で歯ごたえがあり、生でもしゃぶしゃぶにしても美味しくいただける。足一本を丸まま使ったミズダコの燻製は、北海道土産の中でもかなりインパクトがある。
「何となく、蛸は駄目な気がします。何となくなんですけど……」
正人が手の甲で汗を拭う。人間離れした感覚を持つ正人がそう言うのだから、従った方がいいのだろう。自分の事を「地球を征服しに来た」と称するちょっとやばい面がある女性だし、怒らせてはいけない気がするのも確かだ。何故蛸で怒るのかは、よく分からないが。
ミニチュアのベッドと二人の人形に、当別名物のスマイルポークの詰め合わせを添えよう。そして、彼女の話に負けないくらい長いお礼の手紙を書こう。
そんなことを考えていると、正人と視線が合わさる。自然と笑みが浮ぶ。彼女と見た向日葵畑の写真も添えようかなと、美葉は思った。
(了)
解説
安藤モアは本名をアングルモアと言い、ノストラダムスの大予言に出てくる恐怖の大王の使者として地球を滅ぼしにやって来ました。
実際の姿は人間サイズのタコです。コズミックパワーという不思議な力で姿を自在に代える事ができます。
コズミックパワーはなんでもありな力のようです。ベッドを運ぶくらいなんてことはないでしょう。
北の国から届けたいもの 堀井菖蒲 @holyayame
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