第14話 最強の恋敵
(――悠天兄が増長天だったとかさ。なんだよ! そんなの最強じゃねえか。あの増長天だぞ? 俺に勝ち目あんのかよ?)
唯一、帝釈天の師匠として増長天は、弟子に迎えた帝釈天と一緒の屋敷でいっとき二人きりでも過ごしたりしていた仲だ。
帝釈天は昼夜問わず剣技の鍛錬や医薬学の勉学に励んでいた。日中は主に武術や実践での稽古、俺達と悪鬼退治に出掛けて切磋琢磨しあって、さらに屋敷に帰れば医術や薬の知識を学んで。
あいつの他者を圧倒するほどの強さは、毎日の努力の賜物だよな。
……しっかし、修業の間だけだったとはいえ、増長天は帝釈天に寄り添い指導し、悔しいけれどあの頃あいつの一番近くに居たんだ。今でも悠天兄の、増長天のその気安い兄貴分の立場に俺は嫉妬する。
天上神界での夏衣は増長天には尊敬の念を抱き、かなり心を許していたはずだ。
そういや、増長天の方は帝釈天を亡くなった妹の代わりにするみたいに大切にし、すごく溺愛していたんだった。
「甲斐?」
「悪い、ちょっと動揺しただけだよ」
そうだ、集中を途切れさせるわけにはいかない。
毘沙門天が俺の肩を軽く叩いた。「大丈夫か?」とその顔が気遣わしげで、俺は苦笑いで応える。
「そういや、増長天の方は帝釈天を亡くなった妹の代わりとばかりに、かなり溺愛してたっけな。なあ、お二人さん?」
「……そうだな」
「溺愛か……、私と増長天は厳格な師弟関係だよ。反論するならば、増長天は私にも他の弟子同様にきちんと厳しく指導はされていたし、単なる甘やかしではなかったけれど。過剰に心配してくれていたのは、……そうかもしれない。増長天の幼い妹御は悪鬼に襲われ亡くなった。私達が生まれる前の話とはいえ、救ってあげられなかったことはどうにも切ない」
「一番、増長天が悔しかっただろう。……そんで、帝釈天。これからは軽々しく単なる代わりとは言わんが、お前を慈しんでるっちゅうわけやな」
「かもしれないね」
「住み込みの弟子のお前と遜色ないレベルでもってしごかれた
複数の悪鬼の気配が大きくなってくる。
警戒の念を強く持つ。
だが、まだ禍々しく邪悪な気配だけで明確な悪鬼の姿は見えない。
数分、余裕がありそうだ。
天馬に乗った二人が、増長天である悠天兄と吉祥天であるという春霞姉がゆっくりと地上に降りてきた。
裏京都の渡月橋に降り立った美しい天馬がひと啼きいなないた。
純白に輝く天馬は特別、神々しかった。
あれは増長天の愛馬ムラサメだ。
するりと先に天馬から下りた悠天兄が、春霞姉の手を取りそっと抱えスマートな所作で橋に下ろしてやる。あまりにも優雅に自然に決まる
これが戦いの緊迫さがある今でなければ、見惚れそうなぐらいのシーンである。
天馬ムラサメは眩く光ると聖剣に姿を変えて、悠天兄の開いた手に収まった。
悠天兄と春霞姉の到来を大人しく見つめていた毘沙門天。天上界にいた頃の転生降臨前から変わらずな人懐っこさを発揮し、ずいっと俺達の前に出ると悠天兄と春霞姉の眼前に進んでいった。
そして毘沙門天は両手を広げて……、二人にいっぺんに抱きついた!
「増長天に吉祥天。久方ぶりやのう! お前らとはついさっき天界で別れたような気もするし、なんや変な感じや」
「毘沙門天か。元気そうで何よりだ。……それに力は鈍ってはないようだね」
悠天兄は毘沙門天の背中をそっと叩いて離れた。
毘沙門天の胸にしっかと抱きしめられたままの春霞姉は耳まで真っ赤に染まって、テンパっていた。
「ふひゃあっ! びっ、毘沙門天!? ちょっと……えっと〜」
「久しぶりっ、吉祥天。相変わらず、姉御はええ香りすんなあ」
「毘沙門天……♡ ああ、幸せ」
「んっ、俺もやで。姉御や増長天、それに帝釈天や阿修羅王ともやっとこさ、再会できて幸せや」
「うん、うんっ。……ずっとこうしていたいわ」
「なんや、姉御。久方ぶりやからか? ずいぶんと甘えたがりやなあ。再会のハグずっとしてやってもええねんけんど。まずは悪鬼を倒さなあかんな」
「そっ、そうよね。……ううっ、残念だわ」
――そうだっ、忘れてた!
人間現世界では春霞姉である吉祥天。吉祥天は天上界では毘沙門天にぞっこんで、周囲にバレバレなほどにベタ惚れだったんだった。
地上に下りても、好きな想いっていうのはそうそう変わらないんだよな。
帝釈天にずっと片想いしている俺も、――だし。
吉祥天は幼い頃から毘沙門天に一途に想いを寄せていた。
彼女の健気さが、同じ片想い仲間同士な俺には事あるごとに刺さる。
さり気なく俺が出来うる限りのサポートしたりした。
だが、……毘沙門天はそれに気づいていないというムカつくぐらいの鈍感さである。
毘沙門天は周りの気持ちの機微には鋭いくせに、自分に関する恋模様にはとんと鈍い奴なんだよな。
面倒見の良い吉祥天は皆の癒やしで姉御肌、罪なことに毘沙門天は彼女の恋心を知らないから呑気に、無邪気に懐っこい弟分でいたのだった。
この、ほんわかとした空気に「ごほんっ」と一つ咳払いをしたのは増長天だった。
「二人とも再会のお喋りはまたあとでだ。良いな? 吉祥天、毘沙門天。――帝釈天、阿修羅王。力は遜色ないか? 覚醒は?」
増長天の厳しい声音に、パッと毘沙門天と吉祥天が抱き合っていた身体を離す。
俺は増長天に挑むように視線を向けた。
「たぶん、おおかた戻ってる」
「そうか、良かった。帝釈天は? どうだ? 天界での体調は下天後に影響を及ぼしていたりするか?」
心配そうに増長天が
「大丈夫です、そんなに心配しないでください」
覗き込む増長天の目から逃れるように帝釈天がそっと離れる。
俺は、はっとした。
増長天の顔に寂しげな翳りがはしったからだ。
瞬間で、俺は……、恋敵である増長天の帝釈天への思いの深さを知った。
帝釈天の方の素っ気ない態度はただいつまでも子供扱いされたくないだけだろうに、増長天は帝釈天のちょっとした言動に一喜一憂してそうだ。
「……悠天兄、いや、……増長天。貴男や吉祥天まで下天されていては七天様は誰が守って差し上げているんですか?」
「大丈夫だ。七天様のお傍にはな、広目天や菩薩達もいて。……それから、前線から
夏衣であり帝釈天の表情がぱあっと明るくなった。
「
夏衣の言葉遣いが敬語を多く含むと、俺は胸のあたりがざわざわと荒く波立った。
俺達はもう、ただの中学生じゃないんだ。
この世界の人間でもない。
否が応でも、厳しい現実が俺に突きつけられていた。
帝釈天は独鈷を構え「
横に並び、俺も独鈷を横に構えて帝釈天の後から数秒追うように声を重ねた。
浮いていた木の小箱が光りだす。
放たれた光は俺と帝釈天の全身を覆って、熱い風が包んだ。
――ドクンっ!!
心臓に衝撃が起こった。
早まる鼓動がどくんどくんと脈打つ。
痛いぐらいの力の解放が、体全身に負荷をかける。
さっきまで着ていた中学校の学生服がすぐさま天界武闘の戦向けの聖布の装束に変わり、得意な自然界の加護を纏っていた。
俺は轟雷と爆風の力の加護、帝釈天は火炎滝と氷水流の加護。
独鈷は、懐かしい感触の愛剣に変わる。
そして、木箱から神獣が解き放たれた――!
いよいよ、本格的に始動する。
俺達は、地上を救済するために下天してきた仏神なのだ。
戦いに、身を焦がすのが
俺、阿修羅王の横に並ぶ勇ましくも美しい女神帝釈天は、冴えた凛とした瞳で不敵に笑っていた。
【天炎】この恋が世界を救う力となる〜地上に降りた宿命の二人〜 天雪桃那花(あまゆきもなか) @MOMOMOCHIHARE
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