第4話 反撃

「キジ吉!どうしたんだっ!すごい怪我じゃないか!」

「サル吉、ワン吉と緑鬼が危ないッス。今すぐ助けてくれ...ッス...」

「もういい、しゃべるな!まずはお前からだ。黄鬼、まずはあるだけの傷薬をたのむ。おれはきび団子をつくるっ!」

「合点承知でごわす。桃太郎さまがいなくとも、頑張るでごわす!」

茅葺きやねの家が点在する小さな集落の中の、ひときわ大きな建物。桃太郎が人と鬼との交流のためにと建設した集会所に、血だらけのキジが帰還した。ハチマキをした料理上手のサル、サル吉。鬼の中でもおおきいが、優しさも人一倍の黄鬼。今日はこの二人が集会所に集まっていた。

「大変な怪我だ。富士の山にはどれ程の驚異があったというのだっ!」

傷だらけの体で、キジがうめく。

「赤鬼が...赤鬼が...」

「赤鬼が、生きていたでごわすか!?」

ビックリした黄鬼は、両手いっぱいに抱えた傷薬の袋が全て落ちるのではないかと思うほど仰天した。しかし、表面から一つ二つ、こぼれ落ちるだけですんだ。

「それは大変でごわす。赤鬼さんも、なにかと戦っていたんでごわすか?」

キジたちが赤鬼と再開し、彼と一緒に戦っていると思った黄鬼は嬉しそうにキジに聞いたが、キジはこたえない。出血で呻くキジ吉に、黄鬼はすぐさま木の棒で薬袋から軟膏状の薬をだし、傷口に塗った。染みる痛みで体がそのたびごとにピクピクと動いたが、痛みが癒えたことからかすぐに落ち着きを取り戻し、過呼吸からゆっくりと落ち着いた呼吸になった。

「とにかく、大変で...実は、こういうことがあったんス。一刻を争う事態なんで、よく聞いておくれっス。俺は前もって聞いていたことを基に古びた小屋を探し当てて、中に入ったんス。だけど全然気配がなかったから、赤鬼さんの名前を呼んでみたんスけど、返事はなかったんス。そうしたらいきなり赤鬼さんが出て来て喜んだのも束の間、血走った目でいきなり襲いかかられたんスよ!怖くなってワン吉と緑鬼のところまで飛んでいったら二人を巻き込んでしまって、俺とワン吉は、戦いの余波で大ケガを負ってしまったッス。二人が危ないッス!」

「なるほど。事態は飲み込めたっ!俺は引き続き桃太郎印のきび団子作りを継続しつつ、鬼を集める。その間に黄鬼は、傷薬ををもって現場に向かってくれ!」

「まさかそんな、赤鬼が?でもそんなに危険な状態なら行くしかないでごわすね...」

「おいらは、どうすれば?」

「キジ吉は、まだ怪我の治療に専念するんだ」

「不甲斐ないッス。こんな時に...」

「不甲斐ないなどということはないっ、よくぞ知らせに来てくれた。必ずや、この頑張りに報いて見せよう」

「よぉぉーし!じゃ、早速いってくるでごわす!うぉぉぉぉぉぉん!」

気合い十分、雄叫びを上げた黄鬼が、集会所の木の扉を真っ二つにするほどの勢いで、しかし扉は丁寧に開けて、傷薬その他を持って飛び出していった。

「よし。いってらっしゃ...って、待て!黄鬼っ!金棒を置いたままにしているぞ!」

脅威への対抗手段を忘れた黄鬼に対し、サル吉は大きな声で叫び、呼び止めた。しかし、その叫びも虚しく、黄鬼は全速力で山へ向かっていぬ。

「うう、俺の速度ではあやつには追い付けない。うっかりなのが珠に傷であるな。これでは赤鬼を止められないのではないか?」

呆れと心配がまざった気持ちで、黄鬼の走っていった方向を眺める。清々しいまでにまっすぐとついた足跡が、富士山麓に向かって延びていた。そして、黄鬼が向かったその先では、

「お待たせ、兎さん!反撃の時間だ!....いってててててててててー!いたい!痛いよ!」

かっこいい台詞の直後、狸はこれでもかというほど情けなく叫び、空中で二、三度回転して着地した兎を呆れさせていた。金棒になった狸はよく見ると黒光りした金属の中に所々茶色のまだら模様で、完全に変身できたわけではないようだ。

「まあ、不完全でも上等。おい、狸!オレの元に来い!」

「いや、刺さっちゃって上手く動けないんだ。だから、取りに来てほしい!あ、待ってぶたないで...ひゃあ!」容赦ない赤鬼の一撃が斑模様の金棒を叩き、吹き飛ばす。そして、

「うおっと!あぶね」

ずどおぉおぉぉぉぉおん!!と派手な音を立てめ、身を翻した兎の近くに飛んできた。

「ら、ラッキー...」

恐怖で苦笑いを浮かべながら、兎は金棒を地面から引っこ抜こうとしたが、

「っ!重てえ!」

抜けなかった。

「そ、そぉりゃぁ、金棒、でぇすもの。...えっへん」

「ドヤるな!まともに喋れねえ状況の癖によ!どうにかなんないのかよこれ!」

狸はなんとか正気に戻りつつ、説明する。

「まっ....まぁあ、ただぁ、ただ、金属を振り回すよりかなり楽だよ?お狸さまの不思議な力があるから。でも僕金棒になっちゃって上手く動けないぶん、相応の負担は兎さんにかかるけどね」

「くそっ。おばあさんたちに助けられた命、こんなところでっ!終わらせてたまるかっ、ふぉぉぉぉぉぉぉぁぉ!」

狙いを兎に定め直した鬼が、今まさに兎を吹き飛ばそうとする。

「ぐぁぁぁぁぁぁ!」

兎の細い腕が、金棒を地面から引っこ抜く。地面が割れ、土の地面がえぐれてめくれ、大小様々な破片が飛び散った。金棒を持ち上げ空へとまっすぐ伸ばすうさぎの僅かな筋肉は少ないながらも最大限まで隆起し、その顔から放たれる気迫は、目の前に迫る鬼の数倍はあった。

「ぐぁぁっ!?」

その気迫に押され、赤鬼が怯む。

「今だよ、兎さん!」

「わかってるぜクソ狸!もし奴が男なら、弱者たる俺たちでもこの戦いを早急に終わらせられる手段はただ一つ!」

「それはっ!」

「ここだぁぁぁぁ!」

二人の息がぴったりと合い、奇跡の一撃を生み出す。下段からの、上に振りかぶる攻撃。トゲだらけの金棒が赤鬼の下半身に食い込む。完全ではない金棒はある程度の柔軟性をもってしなり、それが威力の増大に一役買った。それは間違いなく致命の一撃となり、赤鬼を地面に倒れ伏せさせるには、充分すぎるほどの威力だった。耳を覆いたくなるほどの鈍い音がして、赤鬼がその場に倒れた。

「はぁ.....はぁ.....勝った....のか?」

舞い上がる粉塵は収まる様子を見せず、二匹のまわりの視界をふさいだ。兎は目に砂ぼこりが入っているはずなのに、血走った目で赤鬼が倒れた方向を見つめ続けていた。

「兎さん、勝ったのか?だなんていったらまた起き上がるかもよ」

「るせーー.....」

人生、いや兎生の中では最大級に重いものを持ち上げた兎の筋肉は今にもはち切れそうになり、兎は酸素が身体中を、かつて無いほどのペースで循環していることをはっきりと感じていた。息を飲みながら両者が見つめる中、粉塵が少しずつ収まり、その中を太陽が照らし出す。そしてそこには大ダメージを受けてピクリとも動かない赤鬼の姿があった。

「や、やったぜぇぇ...ふひぃ...」

気の抜けた声で地面にへたりこむ兎に、変身したままの狸は兎が握りしめている手持ち部分に対して反対側にビヨーン、ビヨーンと伸びながら、不満を漏らす。

「ねー兎さん。離して、そろそろもとの姿に戻るから。汗臭いし」

「ああん?.....おらぁ!」

「うわあ、何すんのさ!」

戦いで疲労と粉塵による目の痒みと狸のトロさでストレスマックスだった兎は、汗臭いの一言がトリガーとなって、金棒を放り投げた。そこに、どちらの方向に投げたら良いかなどという気遣いは全くなく、

「うわあ!」

それなりにとがった岩のあるところに吹き飛ばされた狸の体に、それなりに痛々しい傷跡を作ることとなった。

「い、いってててて...ちょっとは気をつかってくれたっていいじゃん?僕は確かに君にとっては恨む対象かもしれないけど、ねえ。ん?」

「なんだ」

「どうしたのさ、鬼のこしみのなんかまさぐって」

「いや...」

傷をさすりながら立ち上がり兎のもとに歩み寄った狸は、彼の奇行の真意を理解できないでいた。こしみのの中に手を突っ込み、収納スペースを探っている。

「いや、噂があってな。蓬莱は...」

この山に潜むという怪物が守っているという噂があるんだそうだ。そう言いきる前に、

「ひいい!」

現場に勢いよくやって来た黄鬼が、とても男前な声で、とても情けない声を発した。倒れた赤鬼の持ち物を物色する、血走った目をした兎。倒れている緑鬼とワン吉。そんな状況にも関わらず、にこにこ笑顔を絶やさない傷だらけの狸。

「とんだ悪夢でごわすー!お前たちが、赤鬼やワン吉たちをやったんでごわすね!ああ、金棒が無い!でも立ち向かうでござる!」

「兎さん、なんか、すごく誤解されてるみたいだけど」

その光景は壮大な誤解を生み出し、それを解くための説明に数分を要することとなった。それと平行して、二匹は傷を癒した。

「....と言うわけなんだ。この兎さんはね、悪い人じゃないんだよ」

「いやあ、誤解していて悪かったでごわす。あまりに恐ろしい光景だったもんで」

薬袋を抱えたまま、黄鬼がふーーーっと大きく息をはいた。恐れびびる黄鬼を狸が優しく説き伏せ、自分の目が疲労で凄いことになっていることに気付いた兎があとから事情を説明する下りがあってから、少しお互いの情報を共有したあとのことだった。

「ようやく誤解が解けたか。んで、どうよ、連れの犬と鬼の様子は」

「まだ意識を失ってるでごわすが、術後経過は良好でござる。なんとかなりそうでごわす」

「なんとかなりそう?あの大怪我がか?」

「これでもおいどん、優秀なドクターなんでごわすよ?」

「優秀な、ドクターねぇ」

兎はへたりこんだまま、自分の六倍は大きい鬼を恐れることもなく見上げる。そして、その顔見てしばし思案した後、目を見開いて手を打った。

「あぁっ、あんたもしかして!」

その見開いた目を見て、鬼もまた目を見開いて口を手でおさえた。

「まさか...あんさん、あのときの兎でごわすか!!元気そうで何よりでごわす!」

「ああ、俺もこんなところで会うとは思わなかった。改めて感謝する」

「おいどんこそ、術後経過が良好と知れて嬉しいでごわす!で、あのときの、連れてきてくれた方は今何をなさって?」

兎は、一瞬目を泳がせる。それから、すこしうつむき顔になりつつも鬼に目線をあわせ、ぼそぼそと呟いた。

「...あれから会ってねえ。何をしているかは知らないよ」

「そうでごわすか。込み入ったことを聞いてしまったなら、撤回するでごわす」

「ああ、いいんだ。そいつはきっと今も元気だから」

狸は、その話をただ黙って聞く。足元の岩場を眺める彼の表情は、大きな笠に覆われてすっかり見えなくなっていたのを、兎は横目で確認した。そしてため息を1つつき、すこし重苦しい空気を弾いて飛ばすかのように、二度、手を叩いた。

「よっしゃ!!俺たち疲れてるし、休もうぜ。気持ちばっかり急いでても仕方ねえ。雑談でもしながらさ」

「そうでごわすね!」

「...賛成」

戦いでできた窪みの中に、兎、狸、鬼は腰を落ち着け、互いのことを話し合っていた。大ケガを負った犬と緑鬼は黄鬼の横に寝かされ、傷薬を塗られ、包帯で巻かれている。

「それにしてもひどい怪我でごわす。優しい赤鬼さんがこんなことをするなんて、信じられないでごわす...」

「まあ、俺も事情はよく知らねえが、生き物ってのは変わるもんだぜ。あ、俺たちにも傷薬くれねえか。痛くてしょうがないんだ」

「いやあ、僕も。骨がおれちゃって」

「は、お前骨折れてたの?なんか飄々としてたからてっきり何事もなかったもんかと」

「多分戦いで興奮してたんだろうね。急に痛みが来たよ」

その様子を見て、黄鬼が頷く。

「なるほど。幸い傷薬はたくさん持ってきているでごわす。今サル吉が村を回って鬼を集めてる最中だから、救援物資は後からもっと増えるでごわすよ」

「助かる。そういや、あれ、赤鬼か。ほっといて大丈夫か?いくら疲れはてた上に俺たちが適度にボコしたとは言え、いずれ起きてくるんじゃないか?」

薬を塗られ包帯を巻かれながら、兎が質問する。大きな手で器用に治療を進めながら、黄鬼が答える。

「その点は心配無用でごわす。さっき、早めに効く睡眠薬を飲ませたから、しばらく寝たまんまでごわす。しかし、すごいでごわすね!小柄な二人が赤鬼さんを倒すとは」

「ま、あの鬼、事前にそこの緑鬼と戦ってだいぶ消耗してたし」

「それに、僕たちの息もぴったりだったし!」

「俺はあんなところで息があって実に虚しかったよ」

「あんなところってなんだよぅ。あれ以上に良い倒しかた、なかったでしょ?」

「そうかもしれないけど納得いかねえもんはいかねえ。とにかく、俺たちはもうしばらくはまともに動けそうにない。ここで1日休んだのち、また山頂を目指す」

「なるほど。でも確かお二人は、おばあさんのためにホウライを取りに行くんでごわしたね?そんな危険をおかさなくとも、おいどんがお手伝いするでごわす!病状はどんなでごわすか?」

「それが、元々の持病や歳もある上に、そこに大ケガをしちまって、もう起き上がることすらままならねぇ。...あの狸のせいだ」

「そっ、そうだけどさ。この通り、手を貸すからそんな怒んないでよ!」

狸は片方だけ上がった口角でヘラヘラと笑いながら、笠の隙間から出てくる汗を拭く。

「そうでごわすか。なら、桃太郎印のきび団子でもダメそうでごわすね...」

「え、何々?その、桃太郎なんとかって」

狸が楽しそうに聞くのを、兎は心底腹立たしそうに眺めていた。一度一緒に戦ってなんとなく絆が芽生えたような気がしていたが、もとはといえば全てこいつの悪戯のせいである。それなのに何故こんなにも楽しそうなのか、と兎は思っていた。

「桃太郎印のきび団子、でごわす。元々桃太郎さんのところにいたおばあさんが作っていたものを、我々が真似て作ってみたみたものでごわす。最初は中々上手くいかなかったけど、最近になってようやく、近いものを再現できるようになったでごわす。これを食べると元気百倍!それこそ鬼をも倒せるでごわすよ」

「なるほどな。もしホウライの入手が叶わなけりゃ、お土産にいくつか貰いたいもんだ」

「でもまあ、一度にはそんなにたくさん作れないでごわす。出来立てをサル吉が持ってくるとおもうでごわすが、重症な緑鬼とワン吉に食べさせてやって欲しいでごわす」

「ああ、それは譲らざるを得ないな。けど、ホウライはこっちでもらうぜ」

「もちろんでごわす。さ、日も暮れかけだし、今夜はこの窪みで一晩過ごすでごわす。身を隠すにもちょうど良いでごわすよ」

「そうだな。まずは、飯だ。腹減ってしかたねえ」

「おにぎりを持ってきているでごわす。好きなだけ食べるでごわす」

「おう。じゃ、遠慮なく...っ、いてぇ...」

金棒をふるい、怪我を負った兎の体は、本人が思う以上にいうことを聞かず、手に取ったおにぎりを落としてしまった。おにぎりは斜面をころがり、どこかへ去っていってしまった。

「あまり無理するなでごわす。ここはおいどんに任せて!はい、あーーーーん」

「何があーん、だ!子供扱いすんなよ!」

「もー、そんなこと言ったらボクが食べちゃうぞ?ぱく」

横から割り込んできた狸が大きく口を開けて、一口で飲み込む。

「うん、おかか美味しい!」

「てめえこのやろ...」

「ふぁっひ、ふぉふぉふぉはぁふはいひはいっへひっはへふぉ」

兎が怒りの言葉を口にする前に、狸がほっぺたに米粒を張り付けたまま質問した。

「ああ、そうだ」

さっき、子供扱いしないでって言ったけど。そう狸は言っていて、兎もまた前後の情報から言いたいことを汲み取り、返答する。

「歳、いくつなのさ」

おかかのおにぎりで口をもしゃもしゃと動かしながら、狸が質問した。

「違う動物同士でそんなこと聞いてどうすんだよ」

ウサギが狸の口元を恨めしそうに眺めながらぶっきらぼうに返し、

「どうするかは、聞いた後決まることだよ」

目をつむって幸せそうな顔でおにぎりを堪能していた狸は、いたずらっぽくそれに応えた。

「なんで俺が教えなきゃなんないんだ」

「ボクが知りたいから」

「けっ。そうかよ。教えてやる。0歳以上百歳以下だ」

露出した岩肌に座って喧嘩をする二人に割って入り、

「お二人、甘いものは好きでごわすか?甘い醤油で味付けした団子も持ってきたでごわす」

黄鬼が声をかけた。その言葉に兎の首が、金棒を避けていたときよりもはやく反応し、目が見開いた。

「いいのか?お茶は?」

「あったかいのがあるでごわす」

「両方くれ!」

「えええ?甘いもの嫌いなんじゃなかったっけ!?」

甘いものはすべて苦手と聞いていた狸が心底困惑し、

「黙れ!あれはな、めんどくさいからそう言っただけで...」

兎が必死に弁解する。

「そうでごわすかー。じゃ、おいどんと狸さんの二人で食べるでごわす」

黄鬼がわざとらしく言い、

「ちっ...違...悪い冗談だ!前言撤回!甘いもの好き!」

兎が本気で噛みついた。その様子を見て、狸が笑い声を上げた。そうこうしているうちに日はくれて夜になった。駆けつけたサル吉がきび団子を配り、同伴してきた他の鬼たちは彼らから少し離れた場所に寝床を取った。そして彼らを見つめる影が、ひとつ。

「絶対に、蓬莱には辿り着かせない...」

ガタガタになった地形を見下ろして呟く。そして影は再び、草むらの中へと隠れていった。

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