第6話 地下へ
翌朝、太陽が顔を出してすぐの時刻。涼しい風が吹き、わずかばかりのすじ雲が浮かぶ快晴の空の下、集まった動物たちは起床して各々の朝を過ごしていた。ある鬼は金棒を素振りし、怪我をしたものたちは体を休めるなど、会話のない穏やかな時間が続いていたが、ワン吉が全体によく通る声で、動物たちを収集した。
「おはようございます。朝は早いですが、皆さんにお話ししておきたいことがいくつかありますので集まってください」
それを聞いて、平たくて少し高い岩の上にいるワン吉を囲むように、鬼たちや、あとから合流していたサル吉、キジ吉、も集まった。最後に起きた狸は自分だけが寝床についていることを悟ると、あわてて皆が集まっている方に駆け出していく。ワン吉は狸の姿をみとめると、小さく首を動かして会釈をし、狸も同じように返した。そしてワン吉は全体を見渡し、小さく咳払いをした。
「改めまして皆様、お早うございます。今日お集まりいただいたのはほかでもありません。赤鬼さんを狂わせた原因を知り、彼を救い出すために皆さんに協力していただきたいのです」
彼がそう話すと、鬼たちはうんうん、と強くうなずいた。赤鬼を助けたい仲間意識もあるのだろうが、ワン吉の全体をまとめあげる力は相当なもんだな、とうさぎは思った。
「早速ですが、赤鬼さんを狂わせた物に対してある程度の推測を立てました。彼はなんの前触れもなく金棒を振り回すような鬼ではない。ですから彼は、何者かの手によって狂わされた可能性が高い」
「確かにあの血走った目は、そうそうお目にかかるもんじゃないねぇ。おお、怖い怖い」
狸が軽口を叩き、鬼たちが睨んだ。萎縮した狸は肩をすぼめ、目線を下におとした。ワン吉は続ける。
「しかし、妙なんです。彼の足跡は突然現れたり消えたり。どうも足取りがつかめない」
「じゃあ、犯人探すのは難しいってことか?」
朝早く起きたが狸が起きる直前まで二度寝していた兎が、眠たい目を擦りながら質問した。右手には支給品のあんこたっぷりの串団子が握られている。口元の汚れを見るに、すでに数本食べたようである。
「いや、なんとかなるかもしれない。あの赤鬼に、ほんの僅かだが陸亀の臭いがついていました。もしかしたら真犯人はそっちかもしれません。第二の手懸かりになるはずです」
げえっ、亀かよ。よりによってちょっとトラウマじゃねえか。声にこそ出さなかったが兎がそう表情に出したのを、少し距離をおいて隣に立っていた狸は見ていた。ざわつく鬼たちの中、黄鬼が大きな声をあげる。
「ということは、そいつの居場所を突き止めて締め上げればいいでごわすな!」
「そんなに単純な話ではない...と言いたいところですが、まあ実際その通り。臭いは私が辿りますから、皆さんはついてきて下さい」
「おう!」
うわ、鬼たち、一斉に叫ぶとうるさっ。昨日の戦いより鼓膜が破れそうだぜ。と兎が顔をしかめているのを、狸は見ていた。
「兎と狸のお二人はどうしますか?目的は我々と違うようですが」
思いがけず向けられた言葉に対して一瞬兎は鼻をひくつかせたが、ワン吉に向き直って、真剣な口調で話す。
「俺たちは俺たちの目的があるから山頂に向かう。...と言いたいところだが、昨日の傷が癒えきらないし、今この山は危険だ。ある程度お前らについていくことにして、その後山頂に向かう。いいか、クソ狸」
「あっ、うん。僕も同意。美味しいご飯も、甘ーいお菓子も食べられるし、ね」
兎の団子にチラッと目をやり、兎は不服そうな表情を浮かべる。うさぎは、
「うるせえ」
とそっけなく返したが、やはりすぐ食べたかったのか、モソモソと口を動かして団子を食べた。そしてその会話を聞いていた黄鬼が、嬉しそうに微笑んだ。
「なるほど。しかしもし危険なことがあれば、二人にはお力添えいただくことになるかと。赤鬼を倒したなら、これ以上頼もしいことはありませんからね。それでもよろしいですか?」
「もちろん。ボクたち二人は息ぴったり!」
「あれはたまたまだろ」
「そう、二つの意味でね」
「下ネタかよ。もうお前黙れ」
眠たいこともあって狸のうざがらみを本気で嫌がる兎は、串団子で目潰ししてやろうかと本気で考えたが、それはやめにした。それを見た狸はどういうわけか、少しニコッと笑った。そんな二人の様子をみて、ワン吉はうんうん、とうなずく。
「では、決まりですね。朝食、片付けの後、半刻後に出発です。それでは皆様、良い朝を」
「おーう!」
いやクソ狸、お前も言うのかよ。兎は心のなかでそんなことを思いながら、包帯ぐるぐる巻きのワン吉に質問した。
「なあワン吉、昨日まで腹に穴空いてたよな?お前今日動けんのかよ」
「まだ多少痛みますが問題ありません。我々は桃太郎さまの従者ですからね。貴殿方こそ、激しく戦ったようですからあまり無理はなさらないように」
「無茶苦茶だ...」
その後一行は朝食を取った。鬼たちが持ってきた桃太郎印のきび団子は、その美味しさでうさぎと狸を驚かせた。
「確かにこりゃ、元気になるぜ」
「甘くて美味しいっ!」
きび団子のほかにも、おにぎりや漬け物がたくさん運ばれてきていた。山盛りだった食べ物があっという間に食い尽くされたあとは、火の始末などの片付けを済ませ、ワン吉を先頭に富士山を歩いていった。
「緑鬼、大丈夫か?壮絶な殴り合いだったんだろ?」
「ありがとよ、紫鬼。きび団子のお陰もあって、幸い歩くことくらいはできるよ。」
「赤鬼をあんな風にした犯人、許しがたいでごわす。その甲羅、かちわってやりたいくらいでごわす!」
「いやあ黄鬼さん、まだその陸亀が犯人って決まった訳じゃないッスよ...」
ワン吉が臭いを辿りながらゆっくりと登ることもあって、動物たち一行は雑談をしながら歩みを進めていった。そしてある時、急に列の動きが止まった。
「まずいことになりした」
「どうしたンスか、ワン吉さん」
包帯ぐるぐるまきのキジ吉が、ホバリングしながらワン吉に聞く。
「この背丈の低い草むらの中で、陸亀の臭いが途絶えています」
「ええ、それじゃ、手掛かりなしでごわすか?」
ざわ、ざわ。鬼たちや周りが騒ぐなか、狸がじっと地面を見つめているのを、隣で歩いていたうさぎが見ていた。
「どうした、狸」
「ふんふん。なるほどなるほど」
「なんだよ」
「うさぎさん、あそこ見える?ほら、ちょっと隙間がある」
「ほんとか?」
そう言われて兎は、草むらのなかを凝視する。すると本当に、僅かに隙間が空いているではないか。
「よくわかったな。言われなきゃ気づけないというか、言われても気づけないレベルだそ、ありゃ。どうして気がついた?」
「ボクはいたずら大好き、狸だからね。あれ、すごく巧妙でわかり辛いけど、そういう仕掛けだよ。ここは任せて」
狸は兎に呟いた。そしてざわざわと騒ぐ仲間たちに割って入って、わざとらしく咳払いをした。
「ごほん。ごほんごほん。えー、ここは100年に一度の世紀の罠師、この狸にお任せあれ!」
「何か、わかったのですか?」
困り顔だったワン吉が期待に瞳を煌めかせ、反応した。
「ボク、作ろうとしたことがあるからわかる。これは隠し扉だよ」
「ええ!?ただの地面にしか見えませんが...」
ざわ、ざわざわざわ。先程よりもどよめきが大きくなり、本当か?信じられない。嘘をついているんじゃないか?なんて言葉が混じって聞こえる。
「論より証拠。ちょっと時間をもらうよ。では失礼して。」
ざわつく鬼たちをかき分けると、ワン吉もどうぞ、と手振りで示しながら後ろに下がった。そして狸が穴があるとおぼしき場所の前に座り込む。
「ここをこうして、こうして...あれ、ちょっと仕掛けが違うかな...」
そうして狸は少しずつ仕掛けを解いていった。しかしそれには時間がかかり、最初は好奇の目で見守っていた鬼たちも、少しずつ不穏な表情を浮かべはじめた。
「おい、そこの狸。まさか俺たちを化かそうとしてるのか」
鬼の中の一匹が狸を指差して言う。
「俺たちの目の前で地面いじりをして無駄に時間を稼ごうってんなら、ここで頭をかちわるぞ」
「そ、そこまで言わなくとも」
ワン吉が言い、
「そうでごわす。ゆっくりまつでごわす」
黄鬼が支援に回った。しかし、それでも紫鬼は一歩も引くことなく狸に迫った。
「おい、そこの狸の兄ちゃんよぉ。噂で聞いたことあるぜ?おまえ、かちかち山のクソ狸んとこの、せがれだろう」
その言葉に、狸は明らかに体を震わせ硬直した。それは一瞬のことで、狸はすぐ作業に戻ったが、その手先は明らかに震えている。
「シカトか?はっ、まあいいぜ。言いたくないことも多いだろうからなぁ?あんたの親父、色んなところで散々悪事を働いて、ウサギに泥舟に沈められて死んだそうじゃないか。ん?その息子も案の定いたずら小僧に成り下がり、罠を仕掛けてはいたずら三昧だって、俺は聞いたぜ」
ざわめきが鬼から鬼へ、次々と広がる。ウサギはその様子を、気に食わない表情で睨んでいた。
「おまえ、そこの兎と一緒に赤鬼の野郎を打ち負かしたそうじゃねえか。とんだことをする野郎だな、ええ?ちまちま道具いじりは勝手だがなぁ、俺たちをだまくらかそうってんなら容赦しねえぞ」
そうだそうだ、という声が他の鬼からも少しずつ上がり始め、やがて全体を包んでいった。ワン吉や一部の鬼たちがたじろぎ、今にも鬼たちが本当に殴りかかるのではないかと思うほど、場は憤怒に包まれていた。鬼たちに背を向け穴に向かい続けている狸の表情は伺えないが、やはり焦りを感じているのか、手に持っていた工具を落とした。
「皆さん、やめてください!」
「そうでごわす。きっとあとちょっとで...」
ざわつく鬼たちを、桃太郎の従者たちや一部の鬼たちが止めに入るが、騒ぎはおさまらない。その時だった。
「おい」
兎が静かに、しかしよく通る声で短く言葉を発した。
「なんだあ兎。お前まで狸に化かされたのか」
あっはっはっはっ。不快な笑い声が鬼たちからあがる。
「お前ら。狸は、誰かを化かすもんだと思うか」
「当たり前だろ?昔から狸なんてのはそんなもんよ」
「なぜそう思う?」
「それは...島のやつらも、島の外のやつらだって、そう言ってる」
「なるほどな。そういうことか」
「なんだあ?お前、俺たちにむかって説教でもする気かよ。狸はそんなやつらじゃねえって」
「別に。お前みたいな短気に説教する気なんざ起きねえよ」
「てめえ、言わせておけば...」
拳を握りしめる紫鬼の前に、ワン吉が厳しい表情で割って入り、牽制する。
「俺は、こいつ以外の狸をよく知らない。だがこいつは、誰かを騙すような器じゃないぜ」
「そいつはどういう了見だ」
ウサギは震える手で作業を進める狸をちらりと見やり、その瞳を再び鬼たちに向けた。
「こいつは変身もろくにできない、道具いじりしか取り柄のないクソ狸だ。だから、こんなところでウソをついて俺たちを足止めするほどの脳みそはねえ。おれが保証する。だから待ってくれねえかなぁ、鬼さんたちよ」
不敵な笑みを浮かべながら、ウサギは怯むことなく十数人の鬼の前に立ちふさがった。
「はん。まあいい。午の刻までは待ってやる。それまでにできなきゃ...わかってるな」
「ああ、わかった。できるな、狸」
狸はうさぎを振り返り、彼だけに見えるよう、小さくグーサインを出した。うさぎはうなずきをもって応え、そして彼もまたグーサインを出した。それからはその場にいる誰もが、ただ黙って狸の作業を見守った。その間にも太陽が動いて、少しずつ頂点に近づいていたが、狸は落ち着きを取り戻し、淡々と作業を進める。隙間に工具を差し込んだり、あるいはその工具を回してみたり、様々に工夫を凝らしているようだったが、その内容を理解できるものは居なかった。そして太陽が真南の頂点に上る頃、狸がふぅと一息ついて、工具を持ったてで額を拭った。
「はいできた。それではどうぞ、ご覧あれ」
そういうと狸は小さな手で、よっこらしょと扉を持ち上げた。鬼たちの提案を受け入れたはいいものの太陽が昇って内心焦っていたうさぎはその場でとび跳ねて、狸を称賛した。
「通路になってやがる。でかしたぞクソ狸!」
でかした、のあと本当に指パッチンする生き物がいたとはね。ワン吉はそんなことを思ったが、優先すべきであろう別のことを口にする。
「しかしここ、狭いですね。鬼の皆さんは入れそうにない」
「なあに。ちっちゃい組でもなんとかなるだろ。地上は任せたぜ」
「しかし、ここまで付き合わせてしまって良かったのでしょうか」
ワン吉が少々申し訳なさそうに言ったが、
「今更引かねえよ。おばあさんも助けるけど」
兎が言い、
「"お力添え"するって言ったでしょ?」
狸が続いた。それを聞いてワン吉が微笑みながら応える。
「ふっ...そうでしたね。では、キジ吉さん、サル吉さん、そして兎さんと狸さん。行きましょう」
「わかったッス!」
「わかった、共に行こう!」
「まかせろ」
「ふふん、地下探検だね!」
各々がバラバラに返事をして、ちっちゃい組は地下へと向かった。地上に残された鬼たちは申し訳なさそうな表情を浮かべたが、地上に残り闘う意思を表明した。
「危険なことがあれば遠吠えします。まあもっとも地上に届けばの話ですが...そのときは村に知らせを」
「わかった。今の俺でも、走ることくらいはできる」
「了解でごわす!」
緑鬼が、続いて黄鬼が答え、狸は地下室の扉を閉じた。その瞬間、
「ホウライを守る怪物。その正体を突き止めてやる」
と兎が呟いたのだが、その声は雑踏にかき消され、誰かに届くことは無かった。
「狭めぇ...」
「でも、床や壁はしっかり作られています」
地下は太陽の光が届かない場所だったが、所々ろうそくがおいてあったり、日光の反射光を取り入れる仕掛けがあるお陰で歩ける程度には明るかった。そしてそれらはそこに、高い知性をもった生き物がいることを如実に語っていた。
「なにやら、薬の臭いが強くなってきています。しかしこれは中々に強烈で...うっ、鼻にきます」
「確かに、特別鼻がいいわけじゃない俺も少々鼻につく臭いだな。」
植物を煮詰めた、ツンとした刺激臭。僅かなものとはいえ、匂いに敏感なワン吉にとっては辛いものがあった。
「ワン吉、お前は地上に帰ったらどうだ。あまり無理をしても、お前が足手まといになるぞ」
サル吉が言い、
「その手も確かにありますが...」
ワン吉はどうすべきか思考を巡らせた。
「急ぐ旅ではないッス。」
キジ吉がフォローし、
「俺たちは、結構急ぐ旅だけどな」
「確かにね」
うさぎと狸の二匹も、会話に加わる。結局その会話は流れていき、ワン吉もともに通路を奥へ奥へと進んでいった。狸は狭い地下回廊を巡りながら、壁に手を這わせる。
(壁はただの土だけど、しっかりと固めてある。ちょっとやそっとで砕けるようなやわな壁じゃあない)
続いて、金属の囲いでできたランプや、壁を這うチューブを見る。
(照明もあるし、あの管は...中の空気を外に押し出している?でも、あんなからくりを動かすためにはよっぽどの労働力が必要なはず)
人を暴走させるものの調合、一匹の動物ではなし得ない大規模な設備。
「ねえ、兎さん、みんな」
「おう、なんだクソ狸」
「なんでしょう」
「ここ、きっと囚われてる生き物がたくさんいるよ。助けないと」
「その心は?」
唐突なことを言い出した狸に、兎が疑問を呈した。
「ここを照らしているろうそくの数を見てよ。こんな閉じ込められてるところで炎をたくさん焚いてたんじゃ、息が詰まっちゃうでしょ?」
「なるほどな。だが、それと囚われの奴らとどう関係があるんだよ」
「そうだね、きっとここには大規模な空調装置があって、そのからくりを...具体的に内容はわからないけど...例えば車輪回しをしたりとか、それをたくさんの動物を使って動かしてるはずなんだ」
「なるほどっ!薬を調合するほどの奴だ。だからそういうこともお茶の子さいさいってわけか」
「本当だとしたら中々にえげつないッス」
「いよいよ、黒に限りなく近いですね。一体敵はどんな奴なんでしょう」
桃太郎の従者たちも、納得し、賛同、便乗、質問をそれぞれ口にした。うさぎは狭苦しい通路を見渡して、思い浮かんだイメージを口にする。
「でもよ、ここを通れるやつならたいして大きくねえだろ。少なくとも鬼一匹倒すよりは楽なんじゃね?だって陸亀なんだろ、敵は」
「しかし、曲がりくねって先が見えないな。道がわからなくなりそうだぜっ!」
「道はオイラが覚えておくから問題ないッス。ちなみにこの真上の当たり、赤鬼さんが出てきた例のぼろ小屋の真下当たりッスよ。行ってみるっすか?」
「いや、殆ど全員怪我をした後の病み上がりですから、基本的には集団行動を心がけましょう。しかしそれが本当だとしたら、いよいよ真の敵が迫っているようですね」
それから一行は地下通路をゆっくりと進み、左右上下に曲がる通路を歩いた。所々暗くなっていたり小部屋があったりして、その度にワン吉が解析をしていた。野性動物が襲ってきたときは元気なサル吉やフットワークの軽い兎が迎撃し、キジ吉が道を覚えて同じところを通ったりしないよう指示を出していた。太陽を見ることなく、どれだけ歩いたかわからなくなり、一行にも少しずつ疲れが見えはじめていた。そしてこれで数部屋目となる小部屋にたどり着いた。岩盤を掘って広げた空間に、簡素な机とランプ、筆記用具一式と使い古した紙切れがある、簡素な部屋だった。机の上の紙束を手に取り、ワン吉が口を開く。
「これ、ここの主とおぼしき者の日記ですね。薬の匂いも付着しています。しかしながらこの文字、私は読めないのですが皆さんはどうですか?」
「おいらも全然...」
「ボクもからっきし」
「わからんっ!」
キジ、狸、サルが次々と答えるなか、兎が答える。
「ん、いや、ちょっと読めるかも。」
「え、そうなんですか?」
「ああ。この文字、少し見覚えがある。俺と競争した陸亀が仲間内で使ってた文字だ」
「競争した?亀とォ?」
サル吉がバカにしたニュアンスを薄めずに直球ストレートな疑問をぶつけてきたことに、兎は少々苛立ったが、状況が状況なので反論はせず続けた。
「ああ。油断して負けちまったんだよ。急に眠くなって...いや、今そんなことはどうでもいいな。俺、他の動物にちょっかいかけてたの、一度や二度じゃねーんだよな。で、あの辺の亀が使ってたこの文字、ほんの僅かだけだけど知ってる」
「ほほう。じゃ、ここにはなんて書いてあるの?」
「あーいや、全部はわかんないな。うーん....ごめん、やっぱわかんねえわ」
狸がツッコミをいれる。
「いや、わかんないんかーい!」
そのあまりにも微妙なリアクションにどことなく気まずい空気が流れたので、ワン吉がその場をまとめた。
「ここにいても敵の尻尾はつかめまそうにないですね。先に進みましょうか」
「後悔...か」
兎が一人呟いた。
「兎さん、何か言いましたか?」
「いや、なにも」
「そうですか」
「俺、この日記を持ってくよ。なんとか解読する」
「わかりました」
ウサギの呟きの内容は誰かに知れ渡ることはなく、一行は先を目指した。太陽を見ることができない彼らには具体的な時間はわからなかったが、黙々と歩き続けるうちに体感時間では夕方、あるいは夜を迎えた。
「中々、疲れた。ここ、まじで息が詰まるぜ!」
「僕も。ごはん食べたい...」
「オイラも同じくッス」
「一度地上へ脱出したのち、作戦を立て直しましょうか。」
「ああ、そうだな。それが賢明だ」
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