第8話 うさぎと亀

「おっ、ようよう。『燃えッ子のユキ』。元気してる?今日も自分より遅い動物見つけてかけっこ勝負かな?」

「...うるせぇ。お前なんかより、俺の方がよっぽど勤勉だぜ。見ろ」

「おおっ、何だ何だ?...ははーん。まさか、闘った相手を絵にしてるのかぁ?んで、勝ったらバツ印つけてんの。ご苦労なこった!んで、その絵を見るに、次の相手は亀...ぷっ!」

「何がおかしい」

「何がって!!お前、お前...!お前、ほんとおもしれーなぁ!だって亀だぞ、亀!あんなに遅いやつ、寝てても勝てるだろ?」

「...どっか行け。不快の極みだ」

「はいはい。孤高の一匹狼ですもんね、燃えッ子のユキ様は。ウサギのクセにな!」

「黙れ。もうお前の顔は拝みたくない。どっか行け」

「はいよ。ああ、そうだ。同じウサギのよしみで警告しといてやるよ。この辺の亀の集まりにはな、ちょっとヤバい噂があるんだと」

「へえ。興味ないな」

「ちぇ。つれないなぁ。ま、せいぜい亀ごときに負けないよう頑張れよー」

「...」

俺のことを面白がってちょっかいをかけてくるやつは大勢いた。でも、すぐ離れていった。その時の俺は、その事を肯定的に捉えてすらいた。そうでもしないと俺は、自尊心を満たせなかったんだろうな。

なるほど、そうなんですね。そういえば、一発でわかってもらえたんですね

何がだよ?

その、伝えるのに使った絵ですよ。亀であることがすぐ伝わるなんて、上手かったんですね。

まあ、絵は趣味だ。長いこと一人だったし、よく地面に木の棒で...って、その話はどうでもいいんだよ。それで俺は翌日、亀に近づいた。それも、自然を装って勝負に勝つためにな。

「おい、そこの亀」

「なんですか?」

「お前、俺と勝負しろ」

「なんですか?唐突に」

「のろまなんだろ?そんなだから、バカにされるんだよ。何処へ行くにもちんたらちんたら、それではいくら長生きでも日が暮れてしまう」

「のろま...なるほど」

「あんだよ」

「わかりました。そこまで言うのなら、明日勝負しましょう。ここから、あの山のてっぺんまで」

「わかった。逃げるなよ」

ああ...

どうしたんですか?頭を抱えて

我ながら、器ちいせぇな、って思ってな。多分こん時はもっと...酷いこと言ってたと思うんだよな

自省できるのは良いことです。その時からあなたは変われていると言うことですから

ありがとうな。んで、その翌日の話だ。俺は勝負に負けた

どうしてでしょう?あなたは走り続けたんですよね?なら正直なところ、あなたに負ける要素があるとは思えません。

寝ちまった。

え?

寝ちまったんだよ、ゴールの目の前で。前日、ここまで見栄を切った手前負けられないといつもより短く寝たのが原因かと思っていんだ。それにしては寝すぎたような気がするがな。

寝すぎ、ですか。

ああ。普段、おれはそんなに長くは寝ない。その時の俺は勝負に負けたショックばかりに気を取られていた。が、あの時、午の刻に寝始めた俺が目覚めたのは兎の刻だった...

「これで、僕の勝ちです」

「てめぇ...亀の癖に!!今のは実質俺の勝ちだろ!おい待て、どこへ行く!俺の話を最後まで聴け!!」

あいつは、亀は、近くの草むらの中に溶けて消えるように居なくなった。あの、笑うことも卑下することもしないあの表情が今でも忘れられないよ。そして、亀に敗けた俺は群れを出た。もう全部、どうでもいいと思った。死のうという考えが頭をよぎっては、俺はそれを頭の外へ捨てようとした。

「それほどまでに追い詰められて、よくぞここまで立ち直りましたね。さすがです」

「ま、俺も色々とあってな。俺は、修行を積むことにしたんだ。富士の麓にある魔境、あの、化け物がひしめく魔窟の森で」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

兎と亀とホウライの伝説 芽福 @bloomingmebuku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ