ベルソムラは夢を見る

緋雪

悪夢または深層心理

 少年は純粋ゆえに残虐だった。


 邪気を読めば相手を殺す。

 躊躇いもなく。誰にも気付かれることもなく。

 日課のように人を殺す。


 どのくらいの「悪意」を除いてきただろう。

 どのくらいの「悪人」を除いていくのだろう。


 時々遠くを見る。



 ある日、彼が「仕事」を終え、彼の住む「施設」に帰ると、施設が燃えていた。

「まだ彼が中にいるかもしれません!! あの子だけが見つからないの!!」

そう叫んでいるのは優しい担当スタッフ。


 泣いていた。叫びながら泣いていた。



 彼は身を隠してそれを見ていた。そして逃げた。


 少年はそこから逃げ出せることを望んでいたのかもしれないし、そこから逃げ出せる自由が怖くもあった。



 この世で一番純粋で綺麗な水が飲みたいと思った。


 どこまでも歩き続けて、やがて「水」を見つける。


 ひどく浅い、穏やかで広い湖。

 月が彼と湖面を照らしている。


 彼は手ですくってその水を飲んだ。



 湖の向こうに小さな家があった。


 彼はこの家にも「邪悪」はあるに違いないと思った。そうすれば俺はまたそいつらを殺すのだろう。


 しかしその家からは何の悪い「気」も感じられない。すべてが無垢な笑い声に満ちていた。


 ナイフをしまい、そこを離れた。


………………。


 暗闇の中に声が聞こえる。

 男と女の。

 本能のままの男と女の。


 月明かりが彼らを照らすとき、

 一人の老婆がそれを見ていた。


 肯定するでもなく否定するでもなく、

 優しい笑みを浮かべながら。


………………。


 少女は純粋ゆえに慈愛に満ちていた。


 次々に起こっている犯人不明の殺人事件。その現場の近くを通りながら、今日も心を痛める。


 彼女はどんな人にも嘘のない愛情を与え続ける。


 同情ではなく共感でもなく、とても本能的に。



 世の中には会うことを許されていない人たちがいて、今日は彼女の特殊な力を借りて会うことができた。

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

その人たちは涙を流してそう言った。



「なるほど。そんな風にも使えるんだな」


 声がして、彼女は驚いて振り返った。


 少年が立っていた。



 少年のことを知っていた。

 会ったこともないけれど。

 少年も少女のことを知っていた。

 会ったこともなかったけれど。



 彼女が見せる「奇跡」に彼は同行した。



 途中、自分が人を殺した現場の前を通った。彼は別に何も感じなかった。


 しかし彼女は顔をしかめた。

「誰がなんでこんな酷いことするんだろう?」


 彼は意外な顔をした。

「酷いこと? 奴らはもっと酷いことをしていたのに?」


 彼女は悲しそうに言った。

「きっと違うやりかたもあったはずなのに。」



 そして彼女は彼女なりの「奇跡」を彼に示した。


「お前が気に入った。」

彼は初めて笑った。


………………。


 すべてを老婆が見ていた。

 そして微笑んでいた。


 月が明るくすべてを照らしていた。




※「ベルソムラ」: 不眠症治療薬の一種。不眠症患者に用いられる。依存性は低いが、悪夢を見るという副作用が多く報告されている。

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ベルソムラは夢を見る 緋雪 @hiyuki0714

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