第3話 桜
中学2年生になる年の、春。
まだ桜の咲く前の頃でした。
祖父は、もう起き上がることすらできず、会話するのも辛そうで、いつ亡くなってもおかしくない状態でした。親戚一同が祖父のいる部屋に集まる中、私はというと、反抗期のピークで、とりあえず顔は出したけれど別に全然悲しくないし、なんて部屋の隅っこで強がっていました。
そんな祖父が「桜子と、二人で話がしたい」と言い出しました。
「どうしたの。」
「桜子、サクラを呼んできてくれるか」
私は一瞬戸惑いましたが、玄関で寝ていたサクラを祖父のいる部屋まで連れていきました。
「おじいちゃん、サクラ、連れてきたよ」
「…」
祖父は、黙ってサクラの頭を撫でていました。
サクラは、祖父のことを嫌ったままだと思っていました。けれどサクラは、くぅ、くぅ、と鳴くだけで、それ以上のことはなにもしませんでした。
(結局話ってなんなんだよ…なんだこの時間)
しばらくサクラを撫でた後、
「桜子はな、本当は優しい子なんだよ…だから、ちゃんと元に戻って欲しいんだ」なんてことをいいました。
そして私の方を向いて
「サクラ…桜子のこと、頼んだぞ…」
この時、祖父が体調を崩してから初めて、私は泣きました。あんなに私のことを思って叱ってくれていたのに。なんて、薄情な孫なんでしょうか。
(おじいちゃん、もう私とサクラの違いも分かんないんだ…もう、ホントにダメなんだ…)
祖父は、その後はなにも言わず、私も、なにも言えませんでした。
翌朝、祖父は亡くなりました。
その後、庭の桜が何度目かの満開を迎えた日、祖母はいつものように「桜子ちゃん、桜の木にありがとうしようね」と言ってきました。色々ぐちゃぐちゃになっていた私は、つい
「何がありがとうなの?!おじいちゃん死んじゃったんだよ!?おばあちゃんは毎日その木にお祈りしてたみたいだけどさ!結局なんの意味もなかったじゃん!」
そういって、桜の木の枝の一本を折ってしまいました。
次の瞬間、祖母は私の頬に平手打ちをしていました。
「何してるの!!この桜は桜子ちゃんの大事な桜なのよ!?!」
「は?!意味分かんないんだけど!!もういい、私、この後友達と遊ぶ約束してるから!!しばらく帰らないし、ご飯もいらないから!!!」
そういって、私は祖母の家を飛び出しました。
本当はそんな約束していないのに。
「!!桜子ちゃん!!ごめんね?!痛かったね?!」
遠くで泣きながら謝っている祖母の声を聞いているのがとても辛くて、私は行くアテもなく、走り出しました。
数時間後、冷静になった私は、こっそりと祖母の家に戻ってきました。折れた桜の枝のところには、何かよく分からないボロ布のようなものが巻かれていました。
「おばあちゃん…ただいま…」
家の鍵は開いていたのでチャイムは鳴らさず、入りました。玄関ではすっかりおばあちゃんになってしまったサクラが、何か言いたげに、くぅ、くぅ、と鳴きながらうつ伏せのままこちらを見ていました。
「お帰りなさい、桜子ちゃん。さっきは叩いたりして、ごめんねぇ。ご飯、今から作るからね」
「うん…私こそ、ごめんなさい」
少し遅めの夕飯のあと、祖母は庭の桜の木と、私が産まれたときのことを話してくれました。
私が産まれる前、この家には犬がいたそうです。
名前を、サクラ、といいます。
ちんちゃん @skrkmkm
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