第2話 『ちんちゃん』
『ちんちゃん』は、サクラの顔をしていました。
でも、首から下は、毛に覆われた人間のようなカタチをしていました。
『ちんちゃん』は、暗いところにいました。
家の外。机の下。階段の上。布団の中。
夢の中で私は、祖父母の家にいました。
楽しく家族で話したり、布団で寝たりしていると、いつのまにか『ちんちゃん』はいました。
私以外には見えていませんでした。
『ちんちゃん』は、私の腕や足をものすごい力で掴んで、暗闇の中に引きずりこもうとします。すごく痛くて、苦しくて、けれど声も出せず、他の家族は私まで見えなくなってしまったようで、助けてくれません。
なぜ『ちんちゃん』という名前なのかですか?
さぁ、何故でしょう。なにか意味のある言葉なのか。どこかで聞いた言葉なのか。それともなんの意味もないのか。私には未だに分かりません。
ただ、『ちんちゃん』がひたすらそう叫ぶので、いつのまにかそう呼んでいました。
あと少しで完全に引きずりこまれる!
もう嫌だ!苦しい!こわい!やめて!助けて!
気付くと朝になっていました。
こんな夢を、月に3回は見るようになりました。
私は余計にサクラが怖くなってしまい、結局次にサクラに会ったのはその年のお盆の頃でした。
毎年お盆には、昔からお世話になっているお寺の住職さんに来てもらってお経をあげてもらっていました。
「桜子ちゃん、また大きくなったねぇ」
「桜子ちゃん、かわいくなったねぇ」
会うたびに優しく話しかけてくれる住職さんでしたが、この年は
「桜子ちゃん…久しぶりだね…最近、元気かな?」
と、どこか様子が違っていました。
(あぁ、こんな久しぶりに会う人にも分かっちゃうんだ…)
5年生になってから、私のクラスでは思春期だの反抗期だので、男女の仲がとても悪くなってしまっていました。担任の先生の相性も悪く、いわゆる学級崩壊を起こしていたのです。その影響で、私は軽いイジメのようなものの標的の1人になってしまっていたのでした。きっかけは分かりません。
特に気にすることもないような些細な嫌がらせをたまにされるぐらいだったのですが、私の心は少しずつ荒んでいきました。
成績が落ちました。
何もかも上手くいかなくなりました。
両親がよく喧嘩をするようになりました。
『ちんちゃん』は頻繁に夢に現れるようになりました。
夏休み前に担任の先生はついにノイローゼになってしまい、夏休みが明けてからはどこか別の学校から赴任してきた別の先生が担任になりました。
後から聞いた話では、どうやらた学級崩壊の対処専門?の先生だとかなんとか。
お陰でどうにか私のクラスはおちつきを取り戻したかに思えました。しかし、大人の目の届かない所ではイジメがひっそりと続いていました。
翌年の担任の先生は、男女問わず、問題を起こした生徒を大勢の前で怒鳴りつけてその場しのぎの解決をするタイプでした。イジメはより陰湿になりました。
結局、卒業するまで解決はしませんでした。
私はいつの間にか、被害者であり加害者でもありました。恐らくほとんどの生徒がそうだったと思いますが。
この年も、桜の木に「ありがとう」を言うことはありませんでした。
中学校に進学してからは、みんな小学校で起きていたことなどすっかり忘れて新しい関係性を構築していました。
私も、そうしたかった。
バドミントン部に入部した私は、些細なすれ違いから
部員の同級生から、『からかって遊んでもいい子』
の枠に入れられてしまいました。
夏も終わる頃、ランニング中に部員の1人が私の上履きを学校の敷地の外に放り捨てました。
我慢の限界が急に来てしまった私は、ランニングシューズを脱いで同級生に投げつけて、フェンスをよじのぼって敷地の外に出て上履きを拾い、通学に使っていた自転車も置いてそのまま歩いて家に帰りました。
私は退部届すら出さずに、部活に顔を出すのを辞めました。
あまり評判の良くない友人が増えました。
サクラとお揃いだった黒髪を、茶色く染めました。
両親が離婚しました。
母と同じ家にいるのが辛くて、祖父母の家にいる時間が増えました。
サクラは、なんだか元気がなさそうでした。
『ちんちゃん』の嫌がらせには、もう何も感じなくなりました
サクラのことも、なんとも思わなくなりました。
散歩も、二人きりでできるようになったのに。
祖父は私のことを叱りましたが、あまり強くはいえないようでした。
祖母は会うたびに
「桜子ちゃん、桜の木にありがとうしておいで」
とうるさかったですが、それ以外はとても優しくしてくれました。
その年の冬。
祖父の体調が急激に悪くなりました。
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