もみじ山

双町マチノスケ

怪談「もみじ山」

 幼い頃、よく祖母が聞かせてくれたうたがありました。



 夕暮れの もみじの下で 呟いた


 落ちた葉は 一体どこへ いくのかな


 枝離れ 舞い散る葉見て 呟いた


 きっと お空に溶けるんだ そんで お空の色になる


 夕暮れの もみじの下で 微笑んだ



 祖母は「秋の夕暮れは、色が濃いだろう?散ったもみじ達が空に溶けていっているからなんだよ」と言いながら、穏やかな声でこの詩を聞かせてくれました。






 私の地元は紅葉で有名なんです。小さな町を囲む山々が落葉樹の林になっていて、秋になると山全体が真っ赤に色づくんです。紅葉の色づき方には地域差があるそうですね。日照時間や気温が関係してるんだとか。地元の山は、一般的な紅葉の赤より少し暗く落ち着いた「茜色あかねいろ」と言うべき美しい赤に染まります。鮮やかに目に焼きつくのではなく、深く目に滲んで見惚れてしまうような……そんな色です。山に生えている落葉樹は何種類かあるのですが、圧倒的に多いのがヤマモミジです。だからその山は「もみじ山」という愛称で、地元の人からも観光客からも親しまれています。

 秋の夕暮れ時、もみじ山を見ながら祖母が聞かせてくれたのが、この詩でした。祖母はこうも言っていました。


「これには続きがあるんだけど忘れちゃってねぇ、また思い出したら教えてあげるね」


 でも、祖母が続きを語ることはありませんでした。思い出せなかったのか、思い出せたけど今度は教えることを忘れてしまったのか。私もそれほど気になっていたわけでもなく、確かめる機会もないまま五年ほど前に祖母は亡くなりました。






 ──今更その続きが気になりだしたのには、理由があるんです。


 去年の春、大学進学を機に上京して一人暮らしを始めました。それまで地元から出ることがなかった私は、初めて外の人からもみじ山の話を聞くことになったんです。私にとってのもみじ山は、ただ「地元にある紅葉が有名な山」でした。勿論それは正しかったんですが、それと一緒に何というか……変な噂も耳にするようになったんです。







「もみじ山は、訪れたあと行方不明になる人が多い」


「行方不明になれば遺体も痕跡も、何もかもが見つからない」




 噂と呼ぶにはあまりに情報と信憑性が乏しく、半ば都市伝説のようなものでした。もちろん身内や他の地元民からは聞いたことがない話でしたし、そんな奇怪な事件が起きているなら報道の一つや二つされているはずです。

 もし、話がこれで終わっていたなら。決して気分のいいものではありませんが、誰かが作ったデマが広がっただけだと笑い飛ばしていたと思います。祖母が聞かせてくれた、あの詩の続きが気になることもありませんでした。











 私自身が、体験していなければ。


 大学に入ってからできた友人に、オカルト好きな人がいたんです。彼も勿論もみじ山の噂を知っていました。初秋のある日、その話題になった時「この秋に紅葉の観光がてら調査するから一緒に行かないか」と言ってきたんです。噂が本当か確かめると言うよりは、その噂が発生した謂れ等がないかを文献や聞き取りで調べるんだとか。私に案内役でも頼みたかったのでしょうか。私は当然信じてませんでしたし、地元民が知らない独り歩きしている噂の時点で、大した情報も得られないと思いました。何より自分の出身を馬鹿にされたようで気分を害し、到底行く気になれず一人で行けと突っぱねてしまいました。逆に彼は気を悪くすることなく「悪かった、俺だけで行ってくるよ」と苦笑いしていました。

 そして彼は、もみじ山に行きました。彼とは連絡を取っていましたが、当日の時点で特におかしな事はありませんでした。ただ、その日の夜遅くに彼から電話がかかってきたんです。何か満足する情報があったのか、何もなかったから普通に紅葉の感想を言いにかけたのか。普段電話なんてしないから少し変だと思いつつも、とりあえず楽しめたのかなと思って電話に出ました。そうしたら











 なんか、笑い声が聞こえてきたんです。彼の。


 笑いながら、ブツブツ何か言ってるんです。


「……じ…ま ひひっ ……じさま」


 彼はオカルト好きですが、根は真面目でしたから冗談でもこんなタチの悪いイタズラをする人じゃないんです。心のどこかで不安だった私は本当に怖くなって、何も言えなくなって。それで黙っていると、彼がなんて言っているのか分かったんです。






「もみじさま」


 彼はそう言っていました。

 笑いながら、何度も何度も。


 私はもう耐えられなくなって「ちょ、ちょっといい加減にしてよ!」と叫んでしまいました。すると突然、彼の声がピタッと止んだんです。


 数秒の沈黙のあと、ただ一言











「とけたい」


 ぞっとするほど抑揚のない声を残して、電話が切れました。


 私はもう何も考えられなくなりました。考えたくありませんでした。これは何か悪い夢でも見てるんだと無理矢理に自分を納得させました。




 次の日、彼は大学に来ませんでした。それどころか、






 誰も彼のことを覚えていませんでした。周りに聞いても、まるで最初からそんな人いないかのような反応をされました。彼と一緒に受けていた講義の履修登録者の一覧から、彼の名前が消えていました。携帯に入っていた彼の電話番号もメールアドレスも、いつの間にか消えていました。彼が住んでいたアパートを訪ねても、彼の部屋はずっと空き部屋だと言われました。


 彼に関わる何もかもが、なかったことになっていました。




 探したかったけど、捜索届が出せませんでした。当たり前です。私以外、誰も彼を認識していないのですから。「いなかったことになった」なんて言ったって、信じてもらえるはずがありません。そのうち私も、彼のことを思い出せなくなっていきました。

 そんな時、あの詩を思い出したんです。あれだって今考えれば変なんです。あれは地元に伝わる、もみじ山の民話みたいなものだと思っていました。でも祖母以外にあの詩を知っていた人が、誰もいないんです。祖母はいったい誰から、どうやって聞いたんでしょうか……その事が、そもそもあれが彼の失踪と関係あるのかなんて分かりません。分からないのに、何か嫌な想像ばかりしてしまうんです。あの出来事があってから、もみじ山が忌々しいものにしか見えなくなりました。今ではもう、彼の顔すら朧げです。


 今年も秋が、もみじ山が色づく季節がやってきますね。あの茜色が年々深く美しくなっていると、愛好家たちの間で話題だそうです。


 あの出来事が、どうか何かの間違いでありますように。もみじ山が、どうか紅葉が有名なだけの普通の山であり続けますように。そして……あの詩の続きが、どうか穏やかなものでありますように。


 ──そんなことを、祈るばかりです。






──────────────────────────



 夕暮れの もみじの下で 呟いた


 落ちた葉は 一体どこへ いくのかな


 枝離れ 舞い散る葉見て 呟いた


 きっと お空に溶けるんだ そんで お空の色になる


 夕暮れの もみじの下で 微笑んだ




 もみじさま なんでそんなに きれいなの


 夕暮れの もみじの元に 囁いた


 艶やかな もみじの色香 魅入られて


 ささげ もみじに溶けるんだ そんで もみじの色になる


 夕暮れの もみじの木々が 微笑んだ




 秋に色づく もみじ山


 茜に色づく あの お山


 もみじの色は 茜色
















 茜は血の色 骸色むくろいろ

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もみじ山 双町マチノスケ @machi52310

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