第16話 キューピットの矢は、消しゴムだった
移った席は、彼女の斜め後ろの二人並びの席で
彼女の座る一人席とは、背中合わせの位置になり
お互いに顔は見えないし、図書館内なので小声で話すから聞こえないが
普通に話せば、伝わる程の距離の座席配置になっている。
藤重は、席を移るなり隣の席で何か作業を始めた。
僕は、周りが静かに読書や勉強をしているなかで
作業を始めた藤重に話しかけるわけにもいかず
曲りなりにも受験生なので、ほぼ形骸化しつつある受験勉強を始めた。
流石に二週間も話すことはないまでも、近くにいることが多かったので
慣れたのか、彼女の側にいても落ち着かず何も手に付かない状態からは
逃れられていた。
10分程たった頃、人の動く気配がして顔を上げると
藤重が後ろを向いて何かを投げている。
僕は、小声で
「お前、何してるんだよ!」
「見ての通りだよ、消しゴム投げてる。」
勿論、投げている先は彼女の背中だ
「止めろって!そんな事して何になるんだよ」
「こんな小さい消しゴムが当たったって痛かぁねぇよ!」
「そんな問題じゃないだろ、何の意味があるんだって聞いてるんだよ!」
「意味?意味なんてねぇよ!きっかけだよ、きっかけ!」
そんな会話を小声で交わしてる間も藤重は、消しゴムを投げ続けた。
いくら小さな消しゴムとはいえ何度か背中に当たれば気付く
気が付いた彼女は、振り返り
いつも以上に優しい微笑みを僕に向けてくれた。
その笑顔は、まるで彼女から発せられる光の様で
僕は只々、その優しい光に照らされて動くことさえ出来ずにいた。
気付くと、彼女と僕は見つめ合っていた。
彼女は、もう一度微笑み掛けると前に向き直した。
勉強に戻った様子だった。
僕も我に返り、前を向き藤重の方を見た。
藤重は、何事もなかったかの様に、素知らぬ顔で前を向いていたが
その机には教材の類は一切なく、あるのは消しゴムとカッターだけだった。
「藤重、彼女に俺が投げたと勘違いされたぞ!」
「なんか問題あるのか?俺がゆきの代わり投げただけだ
彼女、別に怒ってる様子もないだろ?
さっきのゆきへの笑顔を考えれば、彼女も声掛けられるの待ってるんだよ
お前、解ってないのかよ!
それにお前がそれに気付いて自分でやるの待ってたら、
お前の人生も彼女の人生も終わっちまうぞ!」
「…」
返す言葉もなかった。
そんなやり取りが彼女に聞こえていたとは思えないが、
彼女が席を立ち僕の後ろを通り過ぎる際、何かを投げた。
紙飛行機だった。
その紙飛行機は、僕の座る頭上を超え
対面座席との仕切りの衝立に当たって机の上に落ちた。
驚いていると、何かを察したのか藤重が
「ゆき、その紙飛行機開いてみろよ!」
と言い出した。
開くと、そこには名前と電話番号が書いてあった。
ーーーーーーーーーー
今日子
0274-63-****
ーーーーーーーーーー
僕は嬉しさのあまり飛び上がりそうになった。
いや、飛び上がった。急いで図書館を出て中庭で…
見つめ合った後、僕は彼女が勉強に戻ったと思ったが
彼女はこのメモを書き、飛行機を折っていたのだった。
彼女も恥ずかしいのか、暫く席に戻って来なかったので
その間に僕も自分の名前と電話番号を書いたメモを、
そっと彼女の席の机の上に置いてきた。
そして、恋のキューピット藤重に伝えた
「ありがとう、君のお蔭です。」 と
運命の人 Person of destiny @yuki9s
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。運命の人 Person of destinyの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます