5:儀式を始めましょう。
ザクロいわく、世界を構成する要素にちなんだ儀式を順番に行うことで、龍神を呼び寄せることができるのだと言う。
ならばということで、私たちは儀式を行える場所を確保するため、ここまで歩いてきた道を戻ることにした。祭壇があった湖の畔、そこなら龍神様が現れても問題ないくらい広く、ゆえに逃げ場所もある。安全性を考えるなら、里に続く山道の途中なんかよりもずっと適当だと言う結論だ。
「――はぁ。儀式くらい調べて来いよ。仮にもここへ派遣された文化調査員なんだろ?」
角灯が照らす道を歩いて戻り始めたとたんにザクロがため息をついた。
「う、うるさいわねっ! まさか龍神様をお呼びしなければならない事態になるだなんて思っていなかったのよ」
そうは言ったものの、何の知識も無しにここへ来たわけではなかった。
ザクロが説明したことに似た話は聞いたことがある。ただしその知識は龍神を呼び出すための話ではなく、私が得意とする魔術に関した知識だ。ここにはないものを呼び出すと言う点では似通っているだろうか。
そんな繋がりがあるからか、魔術知識を深めるための文献調査の中で、これらの魔術が龍神様を呼び出す際に行われる儀式を元にしているという記述を見かけていたのだった。
それでもザクロに説明を願ったのは、この土地にはこの土地の仕来りなどがあるわけで、それに倣うのがその土地に住まう龍神に対しての接し方だと思ったからだ。決して、何も知らなかったから彼に聞いたと言うわけではない。
「ったく、想定しておけよ。何がどうなるか分からない危険な仕事なんだろ? 準備しておいてなんぼじゃないのか? いつか怪我するぞ」
心配しての台詞ではないらしく、からかいが滲んだ調子で言われてしまう。
「私が怪我する分には構わないわよ。準備不足が原因だったって素直に認めて、全部受けいれるわ」
きっぱりはっきり言ってやる。そのくらいの覚悟はできているつもりだ。今回みたいに、不意打ちされた上に生け贄にされたのは不本意ではあるが、戦って抗って、その結果であるなら受け入れる。自分の責任だからだ。
……ん?
すぐに反論してくるかと思ったのに、妙に静かになった。からかうようでもなく、だからといって非難するようでもなく。彼の横顔が少し変わった。
「――そうやって君は、自分を犠牲にして生きるつもりなのか?」
ぼそりと呟かれた台詞。それはとても真面目な声色で、私に問い掛けているのかどうか判断に困るようなものだった。
私は聞いていない振りをする。そんな私に、彼はまた小声で囁いた。
「――君を守ろうとしてきた人たちに対して、それはひどい仕打ちになるんじゃないか?」
「……え?」
さすがに無視できなかった。私が声を漏らすと、はっとしたような顔をしてこちらを見た。
「あ、いや。ちょっと別のことを考えていた。忘れてくれ」
そう言って苦笑すると、ザクロは私よりも少し前を歩いて足を速めた。
な、何なのよ……
意味深な発言に疑問を覚えながらも、私はそれ以上問わなかった。
そんなやり取りのあとは真夜中の山道をただ黙々と歩いた。
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