3:暗い山道で遭難……ですかね?
星がゆるやかに移動する。
暗い山道を角灯の光を頼りに進んできたわけだが、なんだか様子がおかしい。あまりにも景色が変わらないのだ。
「妙だな」
ようやくザクロは立ち止まった。周囲を見渡し、空を見上げる。
「どうかしたの?」
彼を信じきっていただけに、そんなことを言って場所を確認し始められると不安と苛立ちの気持ちが増してくる。私の問い掛けの声にはそれがあからさまに出ていた。
「いや、な。この道をそのまま進んでいけばそろそろ里に着くはずなんだが、行けども行けども見えてこない。こんなことは初めてだ」
「って、道に迷ったってこと?! ちょっと、案内するって言ったのはそっちなんだからねっ! しっかりしてよっ!」
あまりにもザクロがあっさり言ってくれるので、私は自分の気持ちを抑えずに怒鳴った。
「あぁ、もううっさいな。建設的な意見が出せないなら黙っていてくれ。里が見えないのには何か理由があるはずなんだ」
「む……」
文句を言って怒りをぶつけてみたところで解決するわけがない。それはザクロの言うとおりだ。
私は疲れていたので道の端に腰を下ろす。
そういえば、まだまともに休めていないんだったわね。
村に着いてすぐに接待されて、気付けばぐるぐる巻きで放置されていたわけで。身体がだるいのも当然だ。
しかし、あの場所から出してくれたとはいえ、彼を信じてついていっても良いものなのかしら?
案内すると親切で言ってくれたのだと素直に信じていたが、実は他の目的があってあの場所から連れ出しどこかに向かおうとしているのかもしれない。道に迷ったといってここで立ち止まったのも、他に仲間がいて合流するためなのかも――
そこまで考えて、身体が小さく震えた。
さ、山賊はこの周辺にいないって聞いていたけど、大丈夫よね?
一応神聖な山である。そんな場所に不徳な輩はいないだろうし、実際に調査委員会からは安全であるという報告は受けていた。多少の獣は出る可能性はあるとしても、治安は悪くない、と。
うん、きっと大丈夫。もし何かあっても、逃げ切れるわよ。
自分を勇気付けて、ともにここまでやってきたザクロを見やる。
ザクロさんって、何してる人なんだろ? この辺は農村だから、普段は畑でも耕してるのかな?
ザクロのがっちりとした体格を見てそんなことを思う。
鍛えているらしく、腕も太いし胸周りもある。同じ文化調査員の男たちのごつい感じに近い。獣が出てきてもある程度戦えそうだ。
とはいえ、何の武器も携帯していないのは気になった。腕っ節に自信があるとしても、何かしらの武器は持って山に入ると思うのだが。
「ねぇ、ザクロさん? もう無理して里に出なくても、明け方になるまで待機で構わないわよ? 明るくなってくれば、まわりもよく見えるだろうし。あなたの都合が悪いって言うなら、別に私を放置して里に帰ってもいいから」
出会ったばかりの赤の他人だ。付き合わせる義理もない。私はなかなか次の行動に出ないザクロに提案する。
彼は私に目を向けた。面白くなさそうな顔をして返す。
「見捨てて帰るわけにゃいかんだろ? 案内すると言ったのは俺だ。それに君は女の子だ。こんなところに放置して君にもしものことがあったらなんと思われるか」
思ったよりも責任感のある男のようだ。私は感心しながらも話を続ける。何も彼を試すつもりでそんな提案をしたわけではないのだ。
「でもこのままじゃ埒が明かないと思うのよ。案外と私をおいていったら、あなただけでも里に帰れるかもしれないし」
その意見に何か思うところがあったようだ。ザクロははっとした顔をして、私にずいっと近づいてきた。
「な、何?」
勢いよく私の前にやってきたので、思わず身体を引いてしまう。しゃがんでいる私の前に立つ大きな身体は威圧感があった。
「確認させてくれないか?」
「何を?」
見下ろされてると緊張でドキドキする。私は彼が何を確認しようとしているのかさっぱり見当がつかない。じっと見つめていると、ザクロもしゃがんで私と目の高さを合わせてくれた。
どこかほっとしたのも束の間、彼の手が私の襟元に伸びた。
「ほえあっ!?」
咄嗟のことで抵抗することができなかった。重なっていた襟元がずらされ、鎖骨が、そして胸の上の部分が角灯の光に晒される。
「もしかして君は――」
「なにすんじゃーっ!!!」
私はザクロの腕を掴むと、ていっと投げた。ちょっとした体術である。
投げられたザクロは受け身を取って軽く着地をした。大きな図体にしてはなかなか機敏な身のこなしである。
――って、そうじゃない。
綺麗に着地したザクロに感心している場合ではない。私は胸元を押さえ、全身を真っ赤にしながら涙目で彼を睨んだ。
「い、いきなり服を脱がしに掛かるだなんてっ! 痴漢っ変態っ!」
「し、心配するな、肝心なところは見ちゃいねぇ」
「見たとか見ないとか関係ないわよっ! どさくさに紛れて何してくれんのっ! 信じられないっ!」
「悪かった。行為については謝る。もう君に触れるような真似はしないと誓う。――その上で聞いて欲しい」
両手を挙げて手を出さないことを宣言するザクロに、私は立ち上がって警戒しつつ睨む。
くぅぅっ油断したっ。乙女の肌を見られるとはっ……
私は非難する言葉が混乱して思い浮かばず、ただ黙ってザクロの言動を待つ。
そんな私の様子を、彼の要求を飲んだのだと判断したのだろう。ザクロは話を続ける。
「その赤い髪、赤い瞳を見てもしかしてと思ったのだが、その胸の痣を見て確信した。君はおそらく『龍の繰り人』だ」
「胸の痣……?」
覚えのない指摘をされて、私はザクロに背を向けると自身の胸元を見る。薄暗くてよく見えないんじゃないかと思ったものの確認せずにはいられない。見れば左胸の上、鎖骨の下辺りがぼんやりと赤く光っている。炎の形に見えた。
何、これ……
今までそんなものがあるだなんて知らなかった。鏡を見ることはあるというのに、これほど目立つ痣に気付かないとは。
「なんだ、知らなかったのか?」
私の背中に問い掛けてくる意外そうなザクロの声。
「えぇ、まったく……。――って、さらりと流しそうになったけど、私が『龍の繰り人』ですって?」
本気でそんなことを考えているのか疑い、胸元を整えるとザクロと対峙して続ける。
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