6:祭壇に戻ってやり直し

 戻ってきてしまった祭壇のある湖の畔。水面は穏やかで、星影がくっきりと映る。周囲の森も静かで、あらゆる生物たちが眠ってしまっているかのようだ。

 さてと。これから龍神様をお迎えしなくっちゃ。

 私は深呼吸をして気を引き締めた。


「ねぇ、ザクロさん? まずは何をしたらいいのかしら?」


 適度な緊張感がこもった台詞。私の問いに、ザクロはにっこりと微笑んだ。


「最初の儀式は鉱石探しだ」

「鉱石探し?」

「あぁ、そうだ。この山の中のどこかにある鉱石を探すのさ」

「えっと……」


 さらりと言ってくれたが、見渡す限りのそのすべてが対象の山だ。しかも、鉱石という指定はあれど、具体的な指定はない。どんな色で、どんな大きさで、どんな特性を持ったものだというのだろうか。


「範囲も大雑把だけど、鉱石って何よ? その辺の石でも構わないの?」

「金属が含まれているようなもんならいいんじゃないか?」

「質問を質問で返してくるし……」


 むすっとして、私は辺りをきょろきょろと見てみる。

 夜を映す暗い湖。星影に照らされる木々。地面は角灯の照らす狭い部分しか把握できない。

 そういう儀式ならもっと早く説明してくれたら良かったのに。ここで探すよりも、山道の途中の方が見つけやすかったんじゃないの?

 私の不満な気持ちを察したのだろうか。ザクロが腕を組んで、ふと口を開いた。


「――そうだなぁ。俺が聞いた話では、地面を掘ったら出てきたとかどうとかつー話だったか」


 大きな独り言だ。ザクロの台詞に私は思わず目を向けた。


「掘った? この山の中を適当に掘ってそんなものが出てくるの?」


 私はぽかんとした顔で訊ねる。当てもなくそんな方法で鉱石を見つけ出したと言うのか。いや、そんなはずがない。何らかの方法があるはずだ。術を使うのと同じで、何か引っかかりになるものがあるはずだ。

 しかしザクロは私の期待をよそに、肩を竦めて続ける。


「伝説だよ、伝説。『龍の繰り人』なら、そのくらい簡単にやってのけるってことだろ?」

「ちょ……私、好きで『龍の繰り人』候補になったわけじゃないんだけど」


 期待しすぎた。所詮彼は一般の村人だということだろう。ここの龍を呼び出す儀式についての知識は、あくまでも噂程度に知っているに過ぎないのだ。

 そんな自分の感情に苛立ってむすっとすると、けしかけるようにザクロは続けた。


「じゃあ諦めて、ぱくっとされるのをおとなしく待っていたらどうだ? 俺で良ければ見届けてやるぜ?」

「――やる。やればいいんでしょ? 何もしないでいるよりは、意味がないかもしれなくてもやったほうがマシっ!」


 文句を並べていたところで先に進まない。ザクロがニヤニヤしているのが気に喰わないが、言われた通りにやることにしよう。あれはあれで、私のために助言してくれているには違いないのだ。

 私は落ちていた枝を拾うと、掘りやすそうな柔らかい地面を探して突いてみる。鉱石だなんて簡単に見つかるわけがない。土の中からそれっぽい石ころが出てくればそれでよしとするか、などと思いながら掘り進めていく。

 すると――。


「ん……?」


 がつんと何かに当たった。変な感触。

 私はすぐにしゃがみこみ、土の中から小さく顔を出しているものの周囲を丁寧に掘る。

 まさか……

 優しく掻き分け、卵大の塊を掘り出した。手でこすってやると表面は滑らかで、天にかざせばかすかに光を反射した。

 どうしてこんなところにこんなふうに埋もれているわけ?

 かなり不自然だ。

 珠のように磨かれた石は手のひらですっぽりと包めるくらいの、私には握りやすいものだ。試しにつま先でこの石が出てきた周囲を掘り返してみるが、他に似たような石も小石さえも出てはこなかった。

 本当に私、『龍の繰り人』になれるの……?

 候補に選ばれた――それが本当なのかどうか。ザクロがそう言っているだけであるので疑わしく思っていたが、こんな感じの奇跡がもしも続くようなら信じられなくもない。

 まさか、ね……私はただ、赤の龍神様と話をするためにこの儀式をやっているだけなんですもの。そんな『龍の繰り人』だなんて、ねぇ、関係ないでしょ、きっと。

 胸の鼓動が早くなっている。それをごまかすために、私は水辺から離れた位置で様子を窺っているザクロに身体を向けた。


「ザクロさんっ! こんなんで良いのかしら?」


 ほいと勢いよく光沢を持つ石を投げてやる。ザクロは私が放った石をしっかりと受け止めた。なかなか良い反射神経だ。

 さて、なんと言われるやら……

 彼がよしと言えばこの儀式を終えたことにしてしまおうと思った。こんな石がほかにもごろごろ出てくるとは想像しにくい。却下されたら、また別の方法を考えよう――そんなことを巡らせていると、ザクロの嘆息が耳に入った。


「へぇ……。驚いた。案外と出てくるもんなんだな」


 まったく期待していなかったらしい。彼は心底驚いたような様子で感想を漏らし、まじまじと手の中の小石を見ている。


「そんなので良いなら、次の儀式に行くわよ」


 私は手を軽く叩くと、ザクロの傍に戻ったのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る